◇8.突きつけられた課題
『
「まじふざけんな!」
「いって! いい加減に……って!」
優は半分苦笑い気味で頬を引きつらせた。自身を痛めつけてきた犯人は、
誠也は本来の自分を完全に見失っている。
「誠也、おい……」
「だぁぁあぁらっしゃー!」
わけの分からない雄叫びを上げ、誠也は優の腹目がけて突進してきた。
尻餅をついた優に誠也が圧しかかると、二人はそのままドンッと壁にぶつかり倒れ込んでしまった。
「おいっ! このやろっ! 何すんだ離れろ!」
「うるっせーなぁ! 男ならなぁー! 黙って受け入れて戦いますはいって言えってんだよぉ!」
ギャーギャーと取っ組み合う二人の様子に、
「……ずっぷり酔ったな、
「うん……百パーね。と言うかもはや椿かねぇ、あの人」
「……いや、椿は椿だろ。しおらしい椿だ」
「俺はぁ、あれを“しおらしい椿”とはどうしても思いたくないんだけどぉ、何でかなぁ」
目線を逃れることの出来ない右と左の手元に落として深い溜息をついた翼と航の肩を、そっと持ったのは
「誠也くん、今日一日中緊張していたみたい。苦手なお酒も飲んでまでして勢いをつけないと切り出せなかったのかもしれない。どうか、許してやってほしい」
「や、あの、全然怒っているわけじゃないですよっ」
「なぁ」
優は三人に呼びかけ、自身の膝の上を示した。
そこにあるのは、赤らんだ顔をしたまま突拍子もなく深い眠りに落ちてしまった誠也の姿。
翼と航、そして輝紀は苦笑いを浮かべた。
『何はさておき!』
空気を裂くようなフォールンの声が、ガツンと耳の奥に響いてきた。
『あなた達にgame《ゲーム》開始の前置きとして課題を出します』
「課題?」
フォールンは右手のひらをこちらに向け、スーッとスライドさせていく。
瞬間、目に飛び込んできた三名の女性の顔写真に、肩はひくついた。
スクリーンで映し出されたように、ふわふわと宙で浮かんでいるそれらは、またしても信じ難いことだ。
都度驚かされる演出には、中々ついていけない。
『これは、まだ今日の時点で見つけられていない
三名の顔を順々に眺めていく。表記されているのは名前、年齢、大学名など諸々だ。
「いや、これ、見せられても全員知らねぇけど、なあっ?」
そう同意を求めた優を、くるりと真顔で翼と航が振り返ってきた。
「え、な、なんだよ、お前らその顔……ま、まさか」
その、まさかのようである。
こくんと頷く二人に、優が思わず叫び声を上げた途端、ガラッと勢いよく部屋の扉が開いた。
「ちょっと、さっきから叫び声~。まさか不審者でも侵入してきたの~?」
通常であれば、こんな深夜に騒ぎ立てれば怒鳴られて当然であるのだが、航の母親は変わらずのんびりしたテンションで、ひょっこりと顔を覗かせてきた。
「何? ああ、お相撲ごっこでもしてたの? 仲よしで元気な人達ねぇ、ふふっ。ほどほどにしないと近所から怒られちゃうから気をつけてね~」
慌てふためいたせいで、床に散らばってしまった茶色の三つの小箱。
ブックを瞬時に拾い上げて閉じ、床に突っ伏すようにして滑り込んだ航と、その肩を思わず掴んだ翼。航の母親を振り返ったまま動かぬ輝紀。
そして、誠也を膝に乗せたまま、あははと病的な笑い声を繰り返しざるを得ない優の様子に勝手な解釈をしてくれた航の母親は、再び扉を閉めると、階段を下りていった。
「びっくりした……」
航が胸を撫で下ろすと、輝紀も身体を軽く動かし始めた。
「よく考えたら、僕達以外の人には見えないから、こんな変に必死になる必要なかったね」
「あっ、そっかぁ! って、本当に、母さんには見えてないんだ……」
「……お相撲ごっことか、言っていたぞ」
求めてはいなかったのに。確立されてしまった事実に航は身震いし、肩を落とした。
「っつか、本閉じちまったぞ。フォールン? だっけ。消えちまったけど」
「わ! やばっ、どうしよう!」
優の指摘にオタオタとし始めた航からブックを受け取った輝紀が表紙を開き直すと、ぷくっと頬を膨らませて見開きページの上で伏せているフォールンの姿が目に入った。
『んもうっ。いきなり閉じちゃうのは反則ですよっ。潰れちゃうかと思いましたっ』
「ご、ごめんね。悪気はなかったんだけど、つい焦っちゃって」
航が手を合わせて素直に謝罪すると機嫌を直したようで、にこっとフォールンは笑顔になった。
『そう。抵抗せずに、素直にしてくれればいいのです。何も怖いことはございませんよ』
「いや、こえーわ」
すかさずツッコみを入れた優に、フォールンは再びぷくっと膨れたが、先程と同じように写真を三枚浮かび上がらせた。
『ご様子によると、お二人はこの中にご存知のかたがいらっしゃるようですね』
翼と航が視線を逸らすと、フォールンは右人差し指を動かす。ぎょっと引きつる優、翼、航の顔なんて丸無視だ。フォールンの魔法は、各々の右手のひらの上に、茶色の小箱をスイッと乗せ戻した。
『課題は、三名の女性にこの茶色の小箱に入ったACを手渡し
お先真っ暗と言わんばかりの顔をした三人に対し、フォールンは早口に続ける。
『本当は今すぐにでもブックの経緯やらgameの説明やらに移りたいところなのですが、冒頭でも申した通り、二重説明になるのは手間でしょう? と、言うわけで、Member集めてきてください。全てのご説明はこの課題がクリア出来ましたらお話致します。以上っ、何かご質問は?』
急いで授業を無理矢理終わらせようとする教師のようにまとめたフォールンに、優が大きく身を乗り出した。
「質問っつーか何聞いたらいいか分っかんねぇくらい頭ん中はてなマークでいっぱいだわ! 大体わけ分かってねぇのにどうやってこの女達に説明すんだよ! (あ、ねぇ、とりあえず、俺達とCrystalっていうgameやらねぇ?)くらいにしか今この状態じゃ話せねぇし、仮にそれを話せたとしても正常な人間は気持ち悪がって絶対に信じねえだろ!」
『あれ? そこまで言うってことは説得する気があるってことですよね?』
「は!? んなわけねぇだろ!」
『ひとまず、頑張ってきて下さい。きちんと課題をクリアしたその時は、ACからの解放と言う選択肢を与えることも検討致しましょう。では、おやすみなさいっ』
「あ、おい! フォールン!」
素早く身を小さく丸めると、フォールンは三枚の写真を消し去り、自らブックの表紙を閉じてしまった。
優が誠也をごろんっと膝から転げ落とし、有りっ丈の力を込めてブックを開いてやろうとしたが、びくともしない。
「くっそ! 何だよ、まじでありえねぇ!」
「こうなってしまうと、恐らく課題をクリアするまではフォールンはブックの表紙を開けてくれないかもしれない」
輝紀が慰めるように優に声をかけてきた。
「まぁ、どちらにせよ、まだ三人はブックを自分の意思で開くことは出来ないんだけどね」
「っていうか先輩何でそんな冷静なんっすか! このありえないの、受け入れてるってことっすよね!?」
「いや、僕も誠也くんから君達と同じように初めこの時計を渡されて、ブックを開かれてフォールンを見た時は本当に驚いたし、勿論疑ったよ。目の前の光景を信じることは出来ない、そう思った。だけど……」
輝紀の目の色が急に深みを増したのに、優は呼吸を整えながら閉口した。
「だけど、全てを聞くと、信じてみるしかないのかなって、そう、感じたんだ」
三人にはまだ見えないgameとやらの要旨を既に知る輝紀。
翼と航も空気を噛み、部屋の中は外の暗がりに吸い込まれてしまったかのように、静まり返った。
そんな中で、すやすやと眠り続けている誠也の、小さな呼吸だけが響いていた。
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