◇6.Crystalに選ばれし者達だから


 ガソリンスタンドからわたるの家まではそう遠くない。


 潮風を浴びながら航とゆうが先頭を歩き、その後ろに優がピカピカに磨いてくれたバイクを満たされた表情で押しながら歩くつばさ誠也せいや輝紀てるきが続く。


 コンビニへ寄り道し、缶ビールやチューハイ、梅酒、間休み用のソフトドリンクと水、適当なつまみを追加で買い込んで、いくつか角を曲がってしばらく歩き続けると、三つの丸く平べったい石で構成された階段が見えてきた。


「あ、翼くん。バイクはそっちに停めといてくれたらいいよ」


 航の指示通り、石段の左横辺りにあるガレージへ、翼はバイクを停めた。


 誠也は物珍しいのか、キョロキョロと小宮家の建物から周囲にまで興味津津のようで、ぴょんぴょんっと跳ねながら石段を上って後ろを振り返った。


 広がるのは大きく、どこまでも続く海洋。


 夜の暗さにより黒色に染められたその姿は、全てを吸い込んでしまうブラックホールのようだ。


 見つめて何を思うのか――深く呼吸を繰り返しながら、誠也は黙ったまま、揺れる水面をひとみに映し続ける。



「海、好きか?」



 優が声をかけたことに驚いたようだ。誠也は緊張気味に表情を硬くした。


「あ、う、うん……でも、なかなか、見れる機会がなくって、こんなお家、素敵だなぁって」

「ふーん、そっか。じゃぁ今日よかったな、こここれて」

「えっ、うんっ、あ、ありがとう」

「そんな緊張しなくていいぜ? 誠也の隣にいるやつ見てみろ」


 誠也が視線をずらした先では、仁王立ちした翼が、同じように海を眺めていた。


「……海、俺も好きだぞ」

「聞いてねぇわ!」


 どことなくドヤ顔の翼に対し、すかさずツッコミを入れる優に、誠也は笑いを零す。


「二人さ、初対面同士だとは、全く思えないよね」

「……初見ですが何か」

「はいっ、誠也そのフリアウト~! 新堂しんどう調子に乗せるで賞だな」

「えっ、ご、ごめんっ」

「……貴様もアウトだな、色々」

「おめぇにだけは言われたくねぇよ! そもそも意味不明じゃねぇか! 色々で濁してんじゃねぇよ!」


 優が翼にガミガミと文句を吐き続けていると、石ころをじゃりじゃりと蹴りながら、航が駆け戻ってきた。


「お待たせーっ! みなさんどうぞっ、お上がりくださいっ」


 促されて玄関を潜った先には航の母親が立っていた。各自「こんばんは」と挨拶をして、「お邪魔します」と靴を揃える。


「こんな夜分からすみません」


 輝紀が申し訳なさそうな表情をしながら、母親の正面に立ち、もう一度深くお辞儀をした。そんな輝紀の手を、母親はうっとりとした顔をしてとった。


「いえいえ~っ、全然お構いなくっ。それにしても輝紀くん初めまして~。航から昔よくお話聞いていたんですよ~。とても格好よくて頭のいい先輩がいるって。そのまま育ったのねえ、素敵だわ~身長も高いし。あっ、これは何? 天然? おしゃれパーマ?……」


 折角やってきてくれたイケメンを堪能したいが故に、延々と繰り出される母親の熱を帯びたおしゃべりは凄まじい。


 目配せをし、そろ~っと残りの四人は階段を上がり、航の部屋の引き戸を開けると、忍ぶように入り込んだ。


「相変わらずだよな、航の母ちゃん。イケメン見ると止まらねぇもんな」

「も~恥ずかしいほんとっ。ちょっと俺止めてくるから、三人は適当に飲んだり食べたりしててっ」


 一度ピシャっと航により閉められた引き戸だったが、ガラッとまた直ぐに開かれた。


「翼くん、帰り、気をつけてね!」


 明日の朝のご忠告。もう一度引き戸を閉めると、航はバタバタバタと勢い任せに階段を駆け下りていった。


 部屋の窓を網戸にし、クローゼットから慣れた様子でスウェットを取り出し着替えを済ませ、自分の部屋であるかのように堂々とベッドへダイブした優に、翼の無言の視線が突き刺さる。


「や、何で見てんの? 俺も寝そべりたいけど的な?」

「……貴様、エスパーだな」

「お前ほんっと分かりやすいよな。クールな感じ押し出してるわりに、それに反するように感情剥き出しだもんな」


 その横でガサガサとコンビニ袋の中を漁りだした誠也は、三百五十ミリリットルの缶ビールを三本手にすると、こちらへ差し出してきた。


「ちょ、え! 誠也! ダメじゃね?」

「へ?」

「お前未成年だろ?」


 慌てた優が缶ビールを誠也から奪おうとすると、たちまち彼の顔は真っ赤に染まった。


「ちっ、違うよ! こう見えても、は、二十歳だよっ!」

「え、まじか! わ、わりぃ。悪気はなかったんだ!」

「……先程、大学の後輩だとご紹介があっただろう」

「そ、そうだったっけか~? いや、でも、二十歳とは言ってなかった! な、ほら、若く見えるんだよ、いいことじゃねぇかっ、なっ!」


 ポンッと誠也の肩に手を置き宥める優を見て、溜息混じりにスルメの袋を開封すると、翼は一本摘まみ出し、誠也の口元へ近づけた。


「……失礼な男だろう。可哀想にな。ほら、食べさせてやる、元気を出せ」

「てめぇは悪ノリがすぎるんだよ......!?」


 優と翼の顔に、卒然とかかってきた影。


 二人の視線は自然な流れで上向いた。


「……え」


 そこには缶ビールを三百五十ミリリットルから五百ミリリットルへと持ちかえ、腰に手をあて小さい身体ながらに大きくそびえ立っている誠也がいた。


 意を決した表情でプシュッと勢いよく缶を開けると、誠也はぐびぐびと喉の音を故意に鳴らして一気に流し込んでいく。


「ちょ! 誠也! バカ! 止めろ、何考えてんだ!」


 またしても見た目となるが、酒の強い顔ではないと判断し、優は制止に入ったが、誠也の勢いは止まらない。


「……お前が子供扱いしたのが癇に障ったのだろう。どん・まい」


 犬に餌をやるように翼が真顔で突きつけてきたスルメを捥ぎ取るように奪うと、優は口に放り込んだ。


 空になった缶を床に転がし、満足気にちょこんと正座をした誠也の顔は、先刻までとは別の様子で真っ赤に染まり、目はとろんと気だるげな雰囲気を醸し出し始めている。


 再び缶ビールに伸ばされた誠也の手を、今度こそ瞬間的に優は捕え、小さな膝小僧の上へと強制的に乗せさせた。


「誠也、分かった。悪かった。謝る。お前は大人だってこと、よく分かったから」


 誠也を制止するために夢中でベッドから降りていたことにようやく気がつき、くるっとそちらを向くと、そこは翼に陣取られていた。


 ゴロゴロと見せつけるようにくつろぐ翼に、優の眉間には深めの皺が寄っていく。


「てか、よく考えりゃ誠也と先輩は良いとして結局お前きてるし、まじ何なんだよこの展開。今日はとんでもねぇ日だわ」


 優の発言に、翼の表情はムッとしたものに変化した。


「……椿だって初見ではないか。俺と椿の差は何だ、説明必須」

「ん~そうだなぁ、腹がすっげー立つか、全く立たないかの違いかな?」


 ふいに流れ始めたのは、場の空気にそぐわぬ愉快なメロディ。


 ハッとし、その音の出所である壁かけ時計を見上げると、針は午前〇時ジャストを指していた。


「お、もうこんな時間か。航と先輩大丈夫かな、ちょっと見てくるわ」


 そう言い、優が立ち上がろうとしたその時だった。


「いや……」


 優のその行動を遮るように言葉を発した誠也。アルコールが体内を巡っている彼の雰囲気に似つかわしくないしっかりとした声に、視線は誘導される。



「この展開は、偶然じゃないと思うんだ」



 誠也の言葉は重みを持ち、粘質に、部屋の隅々まで行き渡った。



「もし、この出会いが偶然じゃなくて必然だったとしたら、二人はそれを、受け入れてくれる……?」



 打って変わってしまった部屋の空気。優と翼は誠也から目が離せなくなっていた。


 誠也は自身の鞄を開くと、その中へ手を突っ込んだ。


「僕は今日、君達に会いたくてここにきた。そう言ったよね」


 トットットッと、階段を上がる足音が近づくが、誰の耳にも入らない。


 誠也が取り出したものは投げられ、床にバンッと転がった。



 それは、古びた不気味な雰囲気を纏う、一冊の本。



 どれほど前から存在しているものなのであろうか。全体的に茶色く、汚い黄ばみを帯びている。


 表紙に描かれているのは、真っ直ぐと何か助けを求めるように伸ばした人間の片手。その手の色は普通でなく、腐敗したような灰色で塗られており、その上からは、刃物のようなものでつけられた無数の傷跡が生々しく再現されている。


 さらに、これだけでは満たされず、不気味さを増したかったようだ。その表紙の上部に刻まれているのは、古びた本の雰囲気と全くマッチしていない透明に輝く水晶で作られたタイトル文字。




 #Crystal#




 ズキッ



 その文字に視線を合わせた瞬間、優の左目の奥は、先程と同じく疼き始めた。



 ズキズキズキズキ



 その痛みは増し、続いていく。


(いっ……くそっ……さっきから何だよこれ!)


 ズキズキズキズキズキズキズキ


(止まれ!)


 バッと潰すように、左目を左手で覆う。


 ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ


(止まってくれ!)



 ガラッ


 引き戸の開く音。


 その音に驚いたのか、パチッと何もなかったように痛みは逃げ去った。


 解放された反動で、ポカーンと半開きになってしまった優の口元。


「優くん?」


 航の呼び声にハッと我に返った優の目は、その本を映す。それは航の視界にも映ったようで、無意識に一歩、彼があとずさりをしたのが分かった。


 そんな航に対し、輝紀は一歩、前に踏み出した。その本を拾い上げ小さく肩を竦めると、キッとキツく自身を睨みつけてきた誠也の蒸気している頬を見て苦笑いをしてから、口元をへの字に曲げた。


「うん。誠也くん、この勢いなら僕の助けがなくてもだね」

「先輩、その、持ってるやつ、何なんっすか?」

「やっぱり、見えるんだね、優くん」


 誠也の視線はゾクゾクとするほどに、鋭いものを持ち合わせている。


「見える……? どういうことぉ?」

「あぁ、見えてるんだ。やっぱり、航も」


 困惑している航には、呟くように輝紀が投げてきた言葉のせいで、さらに困惑が重なった。


 輝紀の手元から本を手に取ると、誠也は部屋の中をゆっくりと歩き始めた。



「僕は君達に会いたくてここにきた。今日、四月一日、僕達が出会うのは、必然だった。決められていたんだ。そう、僕達は……」



 誠也はニヤリと、怪しく口角を上げた。





Crystalクリスタルに選ばれし者達だから」






 


 ◇Next Start◇第二章:Crystalニ選バレシ者タチ

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