◇4.罪の意識を抱えたままの七年目の春
――ニO◇◇年・現在・四月一日――
「と、言うわけなんだよっ」
「ふ~ん、なるほどね~」
夕暮れの美しい光が射し込む丘の上にある公園のブランコに、少年が二人腰かけていた。
右側のブランコに座る少年の名は、
小さな身の丈、狭いおでこが覗くサラサラとした黒髪に加え、童顔な誠也は、今でも中学生に間違えられることがあるほどだ。
左側のブランコに座っている少年の名は、
賢成も誠也と同じく黒髪だが、全体的にカットは短めで、背丈は誠也より十センチほど高い。
「まあ、その、なるほどね~なんだけどさ~、結構怪し気だよね~、それ」
賢成は、誠也が両腕で抱きしめている本を指差してきた。
「そう、怪しいの」
「認めてるんだね~」
「でも、怪しいからこそなんだよ! だって《ここ》で落ちてきたんだよ? しかも、僕にしか見えなかったんだ」
「それが何でか分からないけど、俺にも見えてるもんね~」
「だから、
「こんなオカルトみたいなことってあるのかねぇ~」
賢成は誠也から先程手渡された透明な腕時計を見て苦笑いを浮かべている。
その様子に、誠也は頬を軽く膨らませた。
「成くんは僕が嘘をついてると思ってるの?」
「や、そうじゃないよ~。だけどさ、信じがたいよね~」
「やっぱ信じてないじゃんっ、もうっ」
「あはは、冗談。ま、真実は……自分の目で確かめるとしますかね~」
「さっすが成くん。そうこなくっちゃ」
「
ブランコから立ち上がり、賢成はふわっと振り返ってきた。
その賢成の表情を見て、誠也の瞳には憂いを帯びた影がかかる。
「ここでそれが落ちてきたこと、俺も引っかかるしね~」
「……時間が経つのって、恐ろしいくらいに早いよね」
ひらひらと、薄ピンクの桜の花びらが風に踊らされ、舞い落ちてきた。
「もう、七年目の春だよ。いなくなって……」
「早いね~……七年目か~」
いつの間にか誠也の前髪にひっついていたらしい花びらは、柔らかな微笑みを浮かべている賢成の指に、そっと摘まれた。
「僕、バカだよね。こんなことで、期待してしまうなんて……」
「そんなことないよ」
「ごめんね。成くん」
「何言ってるの、お互い様だよ。それに、俺は誠を信じるよ」
「ありがとう……」
ふと、接近してくる人の影に気がついた賢成が、そちらを見やった。
「あ! 先輩! お疲れ様です!」
誠也はブランコから立ち上がって、頭を下げた。賢成は、ぽけーっとした顔をしている。
スラッと高身長。賢そうな顔つきに爽やかを極めた笑顔。ふんわりとパーマがかった洒落たヘアスタイルをしている典型的なモテ男のお手本である“先輩”は、手を振りながら小走りで近寄ってきた。
「あ、成くんびっくりさせてごめんね。
「お~、そうなんだね。あ、初めまして、白草賢成です。誠とは中学の同級生です」
賢成が軽く頭を下げると、乱れた呼吸を整えながら輝紀も頭を下げた。
「初めまして、西条輝紀です。紹介は、誠也くんからあった通りかな」
「なんだか素敵なかただな~。そしてなるほど~、見える人なんですね、それ」
賢成が誠也の持つ本を悪戯小僧のような表情で指すと、輝紀は頷いた。
「え! 何で!? 僕まだ何も言ってないのにっ、よく分かったね成くん」
「や、どう考えてもそういう状況だよね~これ」
「もうっ、いつも鋭い成くん。やだ~」
「今のは絶対誰でも分かるよ~」
二人のやり取りを見、輝紀はクスクスと笑い始めた。
「ははは……仲良しなんだね、二人。微笑ましいよ」
「かれこれもう中学二年の時からの付き合いなんですよ」
「それじゃぁ、何でも分かっちゃうかもね」
「そうかもですね~。じゃ、俺はこの辺で失礼しますね~」
話しの流れに軽やかに乗り込むようにして歩き出した賢成の腕を、ガシッと誠也が掴み止めた。
「ちょっと待って。どこいくのさ」
「どこって~、いつものに決まってるじゃない♪」
「え?」
「Wandering travel (さすらいの旅)♪」
「それ今度でいいからさ、今日このあと、先輩と会いにいってみる予定なの。他の人達にさ。だから成くんも一緒に……」
「いずれ会うからまた今度でいいさ~、じゃねっ」
「あっ!」
一瞬の隙を突き誠也の手から逃れると、賢成は全力で丘を駆け下りていく。
「もー! 常々だけど! 自由すぎーっ!」
寸秒で賢成の姿は見えなくなってしまった。
誠也が溜息を深くつくと、我慢が解けたかのようにケラケラと輝紀は笑い出した。
「本当にっ、仲良しだね」
「すみません……恥ずかしいやり取りを晒してしまいましたね」
「そんなことないよ。素敵なお友達だね」
輝紀は誠也に明るく声をかけると、空席になった左側のブランコにそっと着座した。
「あの、先輩。改めて本当にお時間作って頂いて、ありがとうございます」
「そんな、全然。礼儀正しすぎるよ誠也くん。それに僕のほうこそ遅れてしまってごめんね」
謙遜し、ぶんぶんと首を横に振る誠也に、輝紀は優しい眼差しを向けた。
「とりあえず、僕の知っている彼は、誠也くんと同い年なんだけど社会人なんだ。もう随分会っていないから、今もそこで働いているかは分からないんだけど」
「中学の時の、後輩でしたっけ?」
「そう、確か高校の時にガソリンスタンドでアルバイトをしていて、そのままそこで就職したって風の便りに聞いたんだ」
「そうなんですね。転職していなければそこにいるってことですよね」
徐に、誠也がそれをパッと開く。パラパラと捲られていく白さの目立つページ。
「そうそう。この子も後輩なんだけど、もしかしたら今はそこには住んでいないかもしれない」
「地元を出てるってことですか?」
「うーん、まぁ彼にも会えることを願って、いってみようか」
「はいっ。本当に、ありがとうございます」
「うん。じゃぁ、ぼちぼちいこうか」
「はいっ」
パタンと、再びそれを閉じると誠也は鞄に片づけた。
二人は腰を上げると、肩を並べてゆっくり丘を下り始める。
緑の草原からアスファルトへ切り替わる線を跨ぎ、二つの背中はどんどん、どんどん小さくなっていった。
その様子を、
「……」
大きな木の陰に隠れながら、賢成が見送っていた。
その瞳の色は、色濃く、影っていた。
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