◇2.青の少年は海沿いを走る

 


 はきらきらと光る海を望みながら、乗り慣れたバイクを走らせていた。


 少年がエンジンを切った場所には“cafe greenhouse sea(海の温室)”と白のチョークで書かれた木造りの看板。


 薄っすらと染まった水色の欧風を意識した三角屋根。テラス席はあまり見かけぬ珍しいビニールハウスのようなデザインになっており、天候に関係なくいつでも満足に海を眺めることが出来る。もちろん、その奥に併設されている全体が木で造られている温かみのある店内で過ごすことも可能だ。


 都会から離れた地域だからであろうか、こんなに素敵なカフェなのにいつきてもほどよい客入りであるところが気に入り、少年は頻繁に足を運んでいた。


 少年は慣れた様子でテラス席を越え、木造りの扉を押し開ける。


 ちりんちりんっと扉につけられている小さな可愛らしい鈴が音を立てた。


「いらっしゃいませ、こんにちは」


 聞き慣れた綺麗な透き通った声。


 声の主は水色のネームプレートを左胸につけ、黒のエプロンを着用している女性店員だ。


 小さくて細身な身体、ふんわりとしたアッシュベージュの髪の毛はいつも太めの緩いおさげに結われている。真っ白な青み系の肌に、潤みを持った大きな瞳(ひとみ)が印象的だ。


 少年は笑顔の女性店員と目が合うと、軽く会釈した。

 

 ポケットから財布を取り出しながら注文カウンターへと向かっていく。


「……あ、えーと」


 カウンターに辿り着き、メニューも見ず口を軽く開いた瞬間だった。


「ブラックの、ホットですよね?」


 突然のことに少年は口をぴったりと閉じ込んだ。その少年の目を女性店員の潤む瞳(ひとみ)が捉えている。


「……あ、はい、そう、です」


 一瞬の間ののちに繋がれた少年の言葉に、女性店員はほっとした様子だ。


「よかったあ~、とても驚かれていたので間違えてしまったかと思って焦りました。すぐご用意致しますね」


 そう言うと女性店員は慣れた手つきであっという間にを木造りのトレーにのせ、両手で持ち上げた。


「お席までお持ちしますよ」

「……え、あ、そうですか、ありがとうございます」


 女性店員に続き歩いていくと、トレーが席へとそっと置かれた。


「いつもこちらのお席ですよね」

「……はい、そうです」

「すみません。何度もきていただいているなと思いつつも、もし声をかけて違っていたらどうしようと思うと緊張してしまって、中々お声をかけることが出来なかったんです。今日は、ちょっと、勇気を出してみました」


 少し恥ずかしそうに笑う女性店員に、少年はフッと微笑み返す。


「いつもご利用ありがとうございます。今日もごゆっくりなさっていってくださっ……」


 ガシャーンと大きな音が女性店員の声を遮った。


「失礼いたしました!」

 

 二人の間に散らばった数種類のカトラリー。


「すみませんっ、お使いにならないと思って片づけようとしたら……」


 女性店員が慌てて拾い始めると、少年もゆっくりと腰を下ろした。


「……拾いますよ」

「あっ、いいですそんなっ、お客様に拾っていただくなんてとんでもないです」

「……や、全然、大丈夫です……」


 ひとつのスプーンに伸び、触れ合った二人の手。

 

 伝わり合う微かな温もりに重なり合う互いの視線。

 

 より一層潤みを帯びた麗しい瞳(ひとみ)に、少年は自身の鼓動が少し早くなるのを感じた。


「……すみません」

「ごめんなさい……」


 静かに、手を引き合う。


 無言のまま手早くカトラリーを全て拾い、二人は立ち上がった。

 

 女性店員がぺこっと頭を下げる。


「ありがとうございます。助かりました」

「……いえ」


 ふわっと、潮風が店内に入り込んできた。


「……ここから見える海、綺麗ですよね」

「そうですね」

「……俺、海が好きで……よく海沿いをバイクツーリングしてるんです」

「そうなんですねっ。ここまでもバイクでいらして下さってるんですか?」

「……はい、今日もこのあと走ろうかと。その前にここで一休みしようかと思って……すみません。無駄な話ですね」

「いえ。本当に、いつもありがとうございます。今度こそ、ごゆっくりなさっていって下さいね」


 女性店員の顔に満面の笑顔が浮かぶと共に、潮風は再び優しく吹き込んでいた。


「……はい」

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