西田家の日常

晃哉

第1話

 日曜日。午前十一時。

 西田家にて。

 ―—事件発覚。


 それはごく普通の日曜日だった。

 俺は楽しみにしていた物を取りに行くために、茶の間を通過し、キッチンの戸棚を開いた。


 ……が。


「あれ?」


 そこにはあるべき本来の姿から、まるで切り取られたかのように、すっぽりと消え去っていた。


「ないっ! なんで? さっきまであったのに!」


 すると、次男である清が面倒くさそうに頭を掻きながら、キッチンに入ってくる。


「正兄ぃ、うるさいよ。昼間っから何?」


 すらっとした身長。

 爽やかなイケメン面にイケメンボイス。

 短く切り揃えられた髪は、セットしていないはずなのに整っている。

 気を抜いたスエット姿なのに、様になっているのが腹立たしい。

 清は眼鏡の真ん中を、すっと中指で押し上げて顔をしかめている。


 ……おかしい。

 俺は本当に、こいつと血が繋がっているんだろうか?

 というか、本当に双子なんだろうか?

 今まで十六年、人生を生きてきたが一度も双子だと思われたことはない。

 きっとこいつは、他のお宅から拾われたに違いない。


 それは幼少時から何度も考えたことだ。

 結局は、兄弟の比率から見て、俺の方が拾われた可能性が高くなったので、考えることを止めた。


 っと、話がそれてしまった。

 今は、そんなことを考えている暇はない。

 事件は既に起こっているのだ。


「……清。今月の小遣いをはたいて買った、文藝堂のシュークリームがないんだ」

「え? あるじゃん、何言ってんのさ?」

「数が減ってるんだよ。十時に見た時は、五個あったんだぞっ。今は四個しかない」

「別に、一個くらい良いじゃん。シュークリームくらい」

「馬鹿言うな。高いんだぞっ! ……もしかして、清。お前が食ったのか?」

「冗談。俺、和菓子派だっての。正兄ぃも知ってるだろ? クリームなんて、頼まれたって食わないよ」


 ふっと、短く息を吐いて、爽やかな笑顔を浮かべる清。


 いちいち、腹が立つ奴だ。

 家で、そんな笑みはいらないんだよ。


「ああ。そうだったな。その辺、双子なのに好み合わないよな」

「まあね」


 そんな時、トタトタとミラが部屋に入ってくる。

 ミラは十歳の三毛猫で、その体は細く引き締まっていて、小さいヒョウのようだ。


「にゃー」

「おっ、ミラ、どうした……」

「にゃーん」

「うおっ、危ねえ」


 ミラがジャンプして戸棚を開け、爪で引っ掻いて、猫缶を落とす。

 実に器用な猫である。

 着地し、猫缶の蓋を爪で引っ掛けて開けて食べ始めるミラ。


「なあ、清。自分で戸棚開けて、猫缶取って食べる猫って、どうよ?」

「この前の餓死寸前事件が、きいてるんじゃない? たくましくなったよね。実際」

「餓死寸前って……。三日、餌やり忘れただけだろ」


 そんな時、今度は四男の隆が部屋に入ってくる。

 まだ五歳の隆は可愛らしく、小さい。

 よく、近所のお姉さんとかに連れ去られそうになっている。


「正志お兄ちゃん。虫取り網知らない?」

「……なあ、隆。お前、お兄ちゃんのシュークリーム食べなかったか?」

「え? 食べてないよ」

「止めなよ、正兄ぃ。大体、隆じゃ、その戸棚に手が届かないだろ?」

「ああ。それもそうだな。……ミラは届くのにな。ごめんな、隆」

「虫取り網なら、物置にあるよ」

「ありがとう。清お兄ちゃん」


 隆がトタトタと走ってキッチンを出ていく。


「隆も違うとなると……。残された容疑者は、あいつだけだな」


 俺が見事な推理を展開していると、玄関のドアが開く。

 ドカドカと三男の総士がキッチンに入ってくる。

 総士は中学生とは思えないほどのしっかりとした体つきをしている。

 ……当然、俺よりも背が高い。

 総士は野球部で、ユニフォームは汗と土で汚れている。


「ただいまぁ~」

「総士! お前が犯人だっ!」

「は? 何の話?」



 茶の間では、興味を失った清がソファーに寝転がり、テレビを見ている。

 その横で、俺は総士と論争を広げている最中だ。


「俺が、兄貴のシュークリーム食っただぁ? そんなの、言いがかりだ」

「お前じゃなきゃ、誰だよ。え? 言ってみろ」

「知らねえよ。なあ、きよ兄ぃも、テレビ見てないで、何とか言ってくれよ」


 清は寝転がったまま、顔だけをこっちに向けてくる。


「……正兄ぃ。総士には、犯行は無理だよ」

「は? なんでだよ?」

「正兄ぃは十時の段階じゃ、シュークリームは減ってなかったって言ってたよね?」

「ああ」

「総士は、九時から部活の練習で、家を出て、今帰ってきた。そうだよね?」

「ああ。そうだよ」


 当然だと言わんばかりに総士が頷く。


「……となると、総士にはアリバイがある」

「あっ!」

「よし、これで容疑は晴れたな。じゃ、俺、シャワー浴びてくるわ」


 総士が茶の間を出ていってしまう。


「くそぉ。捜査は難航だ。迷宮入りか?」


 俺が頭を抱えていると一際大きく、テレビの音楽が茶の間に響いた。

 清がテレビのボリュームを上げたんだろう。


「おい、清。テレビなんか見てないで、お前も考えてくれよ」

「あっ、B・L・Cだ。和沙ちゃん、可愛いなぁ」

「あれ? また、変わったのか? お前、前は恵蓮ちゃん派だったよな?」

「正兄ぃ。好みってのは、変わっていくもんなんだよ」

「お前の場合、コロコロ変わり過ぎんだよ。まあ、俺は舞ちゃん派だけどな」

「正兄ぃとは、ホント、好み合わないよね」

「まあな……。ん? 好み?」

「……なに? どうかした?」

「あっ、いや、なんでもない。ちょっと、部屋で考えてみる」

「あんまり、思いつめることでもないと思うけどね……」


 さっそく閃いた策を講じる為に、一旦部屋へと戻る。


 俺の推理が正しければ、これで犯人が炙り出せるはずだ。


 部屋に入り、さっそく机の中を漁る。

 すると、目的のものがすぐに見つかった。

 小学校の時に、昆虫採集のために買ってもらった、採集セットだ。


「あった。注射器。これで犯人を……」


 くっくっく。待ってろ。

 すぐに地獄を見せてやる。



 深夜。

 外では、蛙と鈴虫が鳴いている。

 ふと、誰かがドアをこっそりと開ける音がする。

 そして、ゆっくりと階段を下りていく気配。


「動いたな」


 俺は慎重にベッドから起きたのだった。



 人影は、茶の間のドアを開き、忍び足でキッチンへと向かっている。

 戸棚を開け、袋を破ってシュークリームをパクリと食べた。


 その瞬間――


「うわぁっ! 何だこれ? 辛い!」


 人影は悶絶して、咳き込む。

 俺はここぞとばかりに、キッチンの電気をつける。


「やっぱり、お前だったか」


 そこには涙目でむせている清の姿があった。


「ま……さ……兄ぃ」

「最近、お前は何かと、好みが変わってきていた。……お前、洋菓子に目覚めたな?」

「ち、違っ!」

「シュークリームの中にからしを入れておいた。涙目でむせている時点で、お前は自分が犯人と自白してるんだよ」

「違うよ! これは、ほんの出来心なんだ。朝のは、俺じゃない」

「うるさい。往生際が悪いぞ。観念しろ」


 こうして、一連の事件は俺の華麗な推理のおかげで、解決した。

 ……と、思ったのだが。



 次の日。

 俺はさっそく、シュークリームを食べる為にキッチンへと向かった。


「……え? また減ってる」


 茶の間の風鈴がチリンと鳴る。


「くそぉ。清の奴、また、証拠にもなく」

「にゃーん」


 ミラがトタトタと歩いてくる。


「ん? ミラ? どうした?」

「にゃーん」


 俺の前で立ち止まったミラは、ジャンプして戸棚を開ける。

 そして、『シュークリーム』を落とす。


「なっ!」


 ミラが軽やかに着地し、袋を爪で刺して開けて、中のシュークリームを食べる。


「お、お前、だったのか……。昨日の朝、シュークリームを食べたのは?」

「にゃーん」


 こうして、事件は意外な展開で幕を閉じた。

 ……くそぉ。今度からは、もっと高い戸棚にしまうことにしよう。

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西田家の日常 晃哉 @kouya_37

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