断章

鳴りやまぬ電話

 刃こぼれした幾つかの仕事道具。事前に手配され、そしてなくなり、追加され、また足りなくなった睡眠薬。幾つかの消耗品。

 その替えを求めて、ブラックバードは医大を訪れていた。

 ひとりの老人に会うためだった。

 談話室のまえで、幾人かの患者とすれ違う。

 すっかり元気になったのか、黒い義肢を振り回す彼らを見とめて、ブラックバードは僅かに相合を崩した。

 義肢の精巧さを一目見たことに満足し、ブラックバードがその場から立ち去ろうとしたとき、それは起きた。


 ジリリ……

 ジリリリリ……


 その場に居合わせた全員の視線が、へと向く。

 既に街中では、まったく見ることができなくなった、旧時代の遺物。

 こんな、電波を飛ばすことが推奨されない環境下でのみ生き残る、有線の筐体きょうたい

 

 本来ならばかかってくるはずもないものだ。

 だが、それはいま確かに、ブラックバードのまえで着信の音色を喧しく奏でている。

 周囲がにわかに騒然となる。

 嗚呼、とつぶやいたのは誰だったのか。

 観念したように、ブラックバード緑の筐体へと歩み寄った。

 受話器を取り上げ、右耳へと当てる。

 長い、長い沈黙の末に、


『おまえの願いは、このままでは果たされない。時間を必要とするならば、周囲を嗅ぎまわる刑事を殺せ。その失墜した正義、歪んだ切望。急ぐことだ、驕り高ぶった犯罪王が、すべてをご破算にする前に』


 その忠告──悪魔の諫言を聞き終えて。

 沈黙の後、ブラックバードは一度だけ問うた。

 震えた声で、こう尋ねた。


 ──おまえは、いったい何者なのかと。


 答える。

 受話器の向こうで、その男は。


『またも問うか──片羽根の比翼よ』


 男は、言った。


『否戌仏朗──正義と偽善を──否定し尽くすものだ』


 通話が途切れる。

 ブラックバードは受話器を置いた。

 その瞳には──

 もはや止まることをよしとしない、決意の色があった。

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