犯罪王、かく語りき

 そこまで話したところで、ちょうど注文していたメニューが運ばれてきた。

 私はマンデリンのブラックとホットサンド。

 蜜夜はミックスフルーツジュースとパンケーキ。

 帝司郎少年はデボンシャーティー──アッサムティーとスコーンをそれぞれ頼んでいた。


 焼きたてのスコーンを小さく千切り、クロテッドクリームとイチゴのジャムを控えめに塗って、穢れない口腔へと投げ込みながら、森屋帝司郎は呟いた。


「食い散らかされたように、情報が錯綜さくそうしているな」

「はい……」


 答えながら、私は頭を抱える。


「捜査力が皆無に近いのが痛いですね。連続した事件であることは明らかで、だからこそ捜査本部による情報の共有化が絶対に必要です。ですが、上層部は認めてくれません。空転している有様で、初動捜査などお察しです。私が不可能犯罪の専門家という肩書を持っているから──不本意な肩書ではありますが──しかし、だからこそ、辛うじてあちこちの橋渡しは出来ています。それでも、時間が経てばみな素知らぬそぶりをする。はっきりいって、異常ですよ」


 そう、それが最大の問題点だ。

 警察の有能さを、私は知っている。しかし、それは人員が有機的に機能し、情報が集約され、統合的に処理されたときの話である。

 だというのに、この事件に限って警察機構は、素人の探偵事務所以下の捜査力しか発揮できていないのだ。


「こんなこと、ありえません。おそらく、なんらかの不可能犯罪が干渉しています」

「犯罪詩……ナーサリークライムの仕業だと、君は判断しているのか、壬澄。それはいささか短絡的ではないかね。組織を機能させない方法は、君たちのほうがよく知っているだろう。

使


 私は、はっきりとそう言った。

 決然とそう言い放った。

 理由は単純明快だ。私は、知っているのだ。

 これを──この異常を可能にする異能を。

 犯罪者を。


「あなたが言ったんですよ、森屋帝司郎? これはナーサリークライムが関与する事件だと。だからこれは、間違いなくマーダ―サーカス事件の残党によるものなんです!」

「…………」


 突発的に激昂する私を、黄金色の瞳は冷ややかに見つめていた。

 そこに感情と呼べるものはなく、ただただ美しく、されど、ひとを魅了してやまない輝きは存在しなかった。かわりに、金色のもやのような影が、その瞳の中でゆらゆらと揺らいでいるのが見て取れた。


「……わかった。了解した、。僕は状況を理解した」


 やがて、小さな、本当に小さなため息をつき、帝司郎少年はそう呟いた。

 彼は一口、まだ湯気を上げている紅茶を口に含むと──その味が気に食わなかったのか片眉を上げ──不味そうに嚥下して、こう言った。


「では、君たちが知らない、警察機構という組織が本当に隠蔽している事実を教えよう」


 彼は言い放つ。


「僕らが追うべき事件は、この連続殺人事件ではない。僕らが真に追求すべきは──」




 ──それを隠れ蓑にして発生している、連続傷害事件である。




 犯罪王、かく語りき。

 だけれどその気だるげな様子からは、普段の誰をも魅了してやまない魅力が、あの輝きが、微塵も感じとることができなかった。

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