非認識性犯罪

「連続殺人として見ていないとは?」

「そのままの意味です。手口が同じ事件が立て続けに起こっていながら、それが同一犯によるものだと認識されていないのです」


 私は、見計らったように同僚である蜜夜へと視線を向けた。

 彼女は難しい表情で頷き、バッグからタブレットPCを取り出して見せる。


「今日も、本来なら壬澄とこの件で話をするはずだったのよ。だから用意してきたのだけど……被害者は現在わかっている範囲で6名。その誰もが、この街以外にも影響力を持つ大物よ」


 言いながら、彼女はタブレットPCを操作し、いくつかのドキュメントファイルと、そして画像を表示させる。


「仮定される第一の被害者は、やなぎ忠利ただとし市会議員。企業の財政介入を強固に反発することで有名な人物で、先月の半ば、市議会の発議中、突如議員席で死体となって発見されたわ」


 一枚目の写真には、髪を綺麗になでつけた壮年の男性──柳忠利の顔写真が映っている。

 蜜夜の細い指がディスプレイを撫で、次に表示されたのは目を追いたくなるほど無残な写真だった。


「被害者の、これが発見時の状況よ」


 議員席に腰掛ける男性の、しかしその両足は存在しない。

 左足は、まるで獣に噛み千切られたように、乱雑な切断面を覗かせている。

 また、写真からみえる右腕にも同じような傷口があり、肩から先が喪失していた。左腕も見当たらない。


「四肢が切断されているが、これはすべて同じタイミングでなされたものかね?」

「さすが鋭い、鋭いわねショタは。やはり格が違った」

「話を進めてください、ミッちゃん」

「……この、乱暴な切断面──というより破断というべきかしら、恐らくとてつもない力で引き千切られたものだと私たちは仮定しているのだけど──これが見えている部分。左足と右腕は死後に切断されたものよ。生活反応がなかったから。でも……」


 同僚が、言葉を濁す。

 その瞳が、言葉を探すように右上へと向かう。

 そのルージュで彩られた口唇が開く。


「厳密にいうと、この遺体の臨場に私は立ち合っていない。解剖にもそうだし、死体検案調書を読んだだけなの。だから確かなことはいえないのだけれど……右足と左腕は、生前切断されたものじゃないかと、考えられているわ」

「どういうことですか?」


 私が尋ねると、彼女はさらに厳しい表情を浮かべ、首を振る。

 私と蜜夜の関係性ですら、情報の共有化がこれほどまでにできていない証左だった。


「生活反応があったのよ。そして、止血のあとも。それから……ここ、見て欲しいのだけど……」


 そっと、彼女の細い指先が示したのは、被害者の頭部だった。

 目は恐怖か、それともほかの感情か、ともかく激情に見開かれ血走り、同時に表情はだらりと弛緩しているのが見て取れる。

 しかし、その指先が真に指示したのは、表情ではなく首許だった。


「この無数の刺し傷。ひとつが首の大動脈を切断していて、おそらく致命傷とされているわ。そして、この傷を作ったと思われる刃物は、右足、そして左腕を切断したと思われる凶器、そして右足、左腕の傷口、そのどれとも一致しない」


 つまり、まったく別の凶器が使われたのではないかと推定されているのだと、彼女は言った。


「もう一枚の写真が分かりやすいわね、別角度から撮ったものよ。これを見れば一目瞭然なのだけど、死後に裂断されたと思わしき傷の粗雑さと比べてこっちは」

「……まるで手慣れたものですね」

「そして首筋」

「こちらは……なんというか、憎悪が見えるようです」


 私は唸り声を上げた。

 右足と左腕の傷口は、まるで医療用のメスで切断されたかのように、ひどくな代物だったにもかかわらず、首の傷は過剰な意志が込められているようにすら見て取れる。

 モノを殺し慣れていない人間は、不手際をさらすものだ。死んだかどうかの判断が付かず、何度も凶器を突き立ててしまう。

 その傷には、加えて殺意が滲んでいるようでもあった。

 それほどまでに、傷の数が多かったのである。滅多切りと言ってもいい。

 明らかに、他ふたつの傷とは趣が違った。

 いや、強いていうのなら、死後の傷もまた、ある程度の損壊──遺体を破壊するという意図が見て取れるのだが……


「防御傷……被害者が自らを庇った形跡は?」

「ないわ。あるわけない。だって、抵抗なんてできなかったはずだから」

「……?」

「被害者の血液中からは睡眠薬が検出されているの。それも、かなり高濃度の、日本未認可の薬物がね。つまり致命傷には生活反応があって」


 だから、抵抗できたわけがないのだと、彼女は言った。


「種類は?」

「バルビツール酸系の薬品よ。えっと、欧米では比較的入手が容易くって……この海外サイトで購入できるのだけど……」


 そう言いながら、蜜夜が呼びだしたサイトを見て、私は目を見開く。

 帝司郎少年が、訝しそうに私を見た。

 無言で意見を促される。


「こ、このサイトは、形川リナが毒物を購入した裏サイトの入り口なんです。ここからある工程を経てリンクを飛んでいくと、そのサイトに辿り着きます」

「海外では有名なサイトでしょ? 偶然じゃないの?」

「──いや」


 さしたる問題ではないとする親友に対し、犯罪王は表情をいくぶん難しいものに変えて見せた。


「意図的なものだろうね。。それで、このような事件があと5件起きているということかね?」


 彼の言葉に、私たちは頷く。

 同様の事件が、場所だけを変えながら、このひと月、立て続けに起きているのである。


 永崎で大手の医療メーカーである有田総合医療事業の有田ありたきよし副社長。

 永崎銀行頭取である扶桑ふそう小太郎こたろう

 政治家や財界人が集う秘密クラブのオーナー、徳井とくい泰治やすはる

 県議員秘書の野杖のづえ満智みち


「そして、現状最後の被害者が、永崎大学付属病院の医師、花木はなぎ辰巳たつみ。この6名が同様の方法で四肢を切断され、引き千切られ、首を滅多刺しにされて亡くなられています」

「違和感がぬぐえないわ。延命のための適切な止血がされた傷口と、そんなことには興味などないような滅茶苦茶な死後の傷口に、加えて明確な殺意あるトドメが同居する遺体……はっきりいって、まるでダブルスタンダードよ。なにを考えてこんな殺しをやったのか、理解できない。どの事件も、手口が同一なだけにね」

「同一……本当に同一でしょうか? 上層部がこれだけ下の意見を無視するのです。同一ではないという、確固たる証拠を握っているという線はないでしょうか? 実際、切断の部位と、裂断の部位は異なるわけでしょう?」


 私が自分の意見を自分で否定するようなことを口にすると、蜜夜は困惑したように首を振ってみせた。


「若干の際は確かにあるわ。でも、これを同一犯ではないとするには、よほどの証拠が必要。そのぐらい手口は似通っている。もっとも、最後の事件だけは少し引っかかる部分があるのだけれどね。でも、それこそ誤差の範囲内よ」

「……では、凶器の特定は? 鑑識の方で出来ましたか?」


 もし凶器が同じなら、同一犯であるという確証は増す。

 そんな意図のもとに投げた私の問いに、優秀な同僚は苦渋に満ちた様子で首を横に振ってみせた。


「残念ながら特定には至っていないわ。でも、鋭利な切断面の凶器が同一であることはたしかよ。たとえば、ナイフ……それよりも小さくて、切れ味のよい刃物ね。そこは間違いない。だから、通常であればこの事件、とっくに連続殺人事件として処理されていてもおかしくないの。なのに、不自然なほど第一係は現場に立ち会えていないし、情報が共有できていない」

「発見時の周囲の状況はどうだったのだね?」


 森屋帝司郎の問いかけに、私が代わって答える。

 先に述べたとおり、蜜夜は臨場──現場にほとんど立ち合えていないからだ。


「騒然としていたそうです。しかし、件の歌が聞こえるまで、誰一人としてその遺体には気が付いておらず、そして明確に認識した後も、わからなくなるといった報告が上がっています」

?」


 首を傾げた彼に、私も同様の表情で答える。

 そう、この事件のもっとも異常な部分はそこなのだ。

 これだけセンセーショナルな、異常な殺人が目の前で起きているにもかかわらず、誰も気が付きはせず、そして

 まるでわれ関せず。

 それにより通報が遅れ、初動捜査はろくに展開できていないのが実情である。

 認識の阻害、共有されない情報。

 結果、数日前に私と蜜夜が偶然事件の話を持ち出すまで、誰一人として連続殺人事件であることに気が付いているものはいなかった。

 いまでさえ、対策本部を立てるべきだという上層部への私の意見具申は、御手洗部長の上で、まったく関連性が見られないと一蹴されている。同僚たちでさえも、私の言葉を信じてはくれない。蜜夜だって、私が言いだすまでは信じてくれなかった。


「これは警察の内部以外──外部のマスメディアコミュニケーションでも言えることです。これだけの異常な事件が連続しているのに、それを関連付けて報じるニュースはありません。ネットニュースでさえです。。だから、これは非認識性事件とでもいうべき不可能犯罪だと私は仮定します。ゆえに」


 私は、言った。


「ゆえに、犯罪曲芸集団事件と同じなんです。これは──!」

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