捜査篇
永崎連続裂断魔事件 ~ケース・ジャック・ザ・リッパー~
このひと月、にわかに永崎の街を席巻する噂がある。
ただの歌なら、永崎のあちこちに溢れている。
街頭のテレビ、家電量販店のパソコン、コンビニの店内BGM、カーラジオ……エトセトラエトセトラ。あげつらえばきりがない。
しかし、その歌声を確かに聴いたというものがいる。
悲しい歌だと言った者がいた。
焦がれるような歌だと言った者がいた。
敵意をぶつけられているようだったと語る者もいた。
なにかを讃えているようだとも。
男性の声だったとも、女性の声だったとも証言される不可思議な歌声。
共通するのは、その歌声を聴いた者が現れた直後に、凄惨な殺され方をした遺体が発見されるということだった。
四肢を、まるで荒ぶる獣が食い千切ったかのように
たとえば、開店間際の銀行。
たとえば、会議が始まる直前の議員会館。
たとえば、就業間際のオフィス。
そしてたとえば──病院の診察室、そのただなかで。
「衆人環視をすり抜ける殺人──これは、不可能犯罪だと考えるしかありません」
私は苦々しい顔で、ここ数日必死に集めていた情報を開示する。
開示する相手は親友の西堂蜜夜と、そしてなんの因果か私たちに協力を申し出た犯罪王森屋帝司郎少年だった。
複雑な心中をとりあえず棚に上げつつ、私は(おもに帝司郎少年に向けて)説明を続ける。
「私が把握している限り、どの事件でも被害者の発見は歌が聞こえた直後。それ以前には影も形も遺体は存在しないんです。誰も認識していないし、記録映像はなぜか残っていない。そして、死体はどれも激しく、その四肢を損壊させている──いえ、厳密には損壊だけではないのですが──とかく、この死者に対する残虐性、そうして衆人監視環境下でありながら認識されないという事件性は」
「君がかつて体験した地獄のような事件──ケース・マーダ―サーカスに酷似すると、そう言いたいのだね、壬澄?」
珍しく笑み以外の表情を浮かべている帝司郎少年に、私は無言で頷きを返す。
そう、あれだ。
あの事件と同じだ。
忘れることなどありえない。この3年間、片時も記憶から忘却されたことなどない悪夢の地獄。
2039年、12月24日。
あの聖夜の夜に、私はひとつの不可能犯罪──いや、超常犯罪に遭遇した。
その場に居合わせた数多の人間が見つめる中で、あの凶行は行われたのだ。あの最悪は、実行されたのだ。
延べ死傷者数48名。
3人の犯罪者の手によって、それだけの人間が気づかれぬままに殺されたのだ。
正しくいうなれば、被害者たち以外には認識されない惨たらしい方法によって、殺された。
私はその事件に居合わせ、そして解決した──ことになっている。
たったひとりの犠牲者も出すことなく、全ての犯人を捕まえたことになっている。
だが、違う。
そんなものは真実ではない。
なぜなら、私は──
「それで、君はどう思っているのかね、壬澄」
胸の裡で燃え盛る、黒々とした情動が、私の意識と心を塗りつぶしかけたその一瞬、魔性を帯びた声音が響いた。
殺人衝動にも似た感情に塗り潰されかけていた脳髄が、あっという間に霧がかり、陶酔をはじめる。
森屋帝司郎。
いま眼前にある犯罪王の美貌が、私を現実へと引き戻したのだった。
「壬澄?」
問われ、魅了されかけたことを恥じ入りながら──しかし確実な安堵とともに──返答する。
「──はい。マーダ―・サーカスと同一犯……と断定することはできません。ですが、同系統の超能力者による事件ではないかと考えています」
「この世に超能力などはない。あるのはナーサリークライムだけだ」
「だとしても、この一連の事件は疑うべきものです。ひとつの事実が、それを示唆しています」
「ふむ……その事実とは?」
理性を取り戻した私は答えた。
それが、親友が犯したのと同じ、職務違反に繋がるものであると理解しながら。
犯罪王の、神算鬼謀を、その邪知を借りるために。
「この事件を──警察上層部は、連続殺人として扱っていないんです」
私は、ただ事実を告げた。
「まったく同じ手口でありながら、連続した事件として認識されていないのです」
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