放課 ~Mary, Mary, quite contr~

茨棘の王冠

「犯罪とは、至高にして思考の芸術でなければならない。また、殺人とは、その最たるものとして、芸術以外の理由で行われることは赦されない」


 逆光のなか、自らに背を向けて、いわおのような声音で語るその人物を、少年はただ見詰めている。


「このあらゆる概念が矮小化した世界において、『正義である、悪である』という定義を持ちだすのは、愚者以前の、盲目暗愚もうもくあんぐ無知蒙昧むちもうまいやから所業しょぎょうである。正義とは、悪とは、どちらも詭弁きべんであり、表裏であり、不可分であり、いずれにせよ現代では大義名分以上の意味合いを持ち合わせない、無価値な代物であるからだ」


 巌のような男性は、黒一色の格好をしている。

 少年にはそれが、喪服と呼ばれる類のものであることが解っていた。

 自らも同じものを身にまとうがゆえに、知っていた。


「正義はなく、悪はなく、同時に確固たる正義があり、悪もある。だが、それらすべては都合の良い解釈によって捻じ曲げられ、根源的な意味合いを現代では失ってしまっている。本来定義された数学的で有機的な美しさなど、遠い昔、緒元の始まりに喪失してしまったのだから。しかし、もし、原理をただそうとするのならば、生命にとって生きることこそが正しく、それを奪うすべてが悪であると詭弁を弄するしかない」


 その詭弁、大義名分ゆえに、他の命を貪らねば生き永らえぬすべての生物は悪であり、命を糧に生きるからこそ、終わりを迎える刹那まで足掻き、苦しみ、生存し続けなければならない呪いにかかっているのだと、その男性は硬く、揺るがない口調で語った。

 少年は、それを無言で見詰めている。


「命が生きることは正しく、その正しさを貫くためには悪をさねばならない。罪深き仔羊ストレイ・シープの、それが宿命だからだ。ゆえに、殺人は芸術でなくてはならない。数理のように、美々びびしき方程式で等号を結ばねばならない。芸術以外の理由で、人間は人間を殺めてはならない」


 男性が、振り返る。

 逆光の中で、その双眸が──燃え盛るような黄金の瞳が、少年を射抜くように見据えていた。


「許せ、愛しい息子よ。オレは、おまえを赦せない。この世の誰も、もはやおまえを赦すことはない」


 少年は。


あがないに生きよ、望むがままに死に刃向え。その魂の呪縛を知りながら、その魂のあるがままに、死すら救いにならないおまえは、死ぬまで生き続けろ」


 少年は。


「問おう──おまえは、何者か」


 少年は、答えた。



「僕は、森屋帝司郎。犯罪王の──名を受け継ぐ者」



 かくして少年は、その黄金の魂に、純白の王冠を抱く。

 それが。

 棘茨つみの王冠と知りながら──

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