答え合わせ

◎◎



 あれからの出来事が、どれほど大変だったか、きっとは知りもしないだろう。

 ことが済んだらそのまま忽然こつぜんと姿を消してしまった彼らに、責任感だとか事後処理だとか、そんなことをどうこうしようという感覚は皆無だったに違いない。

 だから、苦労したのは私だ。

 他の誰でもなく、この斑目壬澄だ。

 結果として、それでも被害者を出したことに変わりはない。

 私は犯罪者を逮捕できなかったし、件の事件は不可能犯罪として――現在でいう超常犯罪として闇から闇にほうむられた。

 無論のこと、その背景には紅奈岐財団の財政力が関与している。

 ただひとり、私という人間をだますために仕組まれた事件はあまりに大掛かりで、だからこそ警察は考慮しなければならなかった。

 人心に与える不安、政治的なバランス、そして森屋帝司郎の存在。

 そのすべてに考慮しなければならなかった。

 あの頃の私はまったくもって無知だったのだけれど、森屋帝司郎はその界隈では有名な存在だった。

 私があのあと、名実ともに超常犯罪の専門家になったのに対し、彼はあの時点で、すべてのナーサリークライムに対する天敵だったのだ。

 その彼とは、まあ、刑事という立場を別にしても、いまは仲良くさせてもらっているのだけれど、そりゃあもう色々とあった。

 その色々について語るのは別の機会に譲るとして、今日はいい加減、主賓しゅひんの登場を願わなければならないだろう。

 五年もかかったんだぞ、に行きつくまで。

 愚痴ぐらい言わせてほしいし、ちゃんと質問に答えてくださいよ?




















「そうね。何から聴きたいのかしら?」


















 彼女に指定された豪奢ごうしゃなカフェテラス。

 そこで、私の対面に座る女性は、気品ある口調でそう問うてきた。

 私は訊ねる。

 聴きたいことは、ふたつだけだ。


「じゃあ、ひとつ目から聴きましょう」


 うん、じゃあ、どうして形川リナだったんですか?

 私はあの時点では、彼女の正確な背格好なんて知らなかったのだから、だいたいの数字の上での背格好しか知らなかったのだから、該当する超常犯罪者なんて、他にもたくさん適任がいたでしょうに。


「だって、名前が素敵じゃない。彼女、芸名じゃなくて本名でしたのよ? 形川リナ――肩代かたがわりな、なんて」


 ……。

 まさかの駄洒落か。

 そんな結末か。

 そりゃあ、調べても解らないわけだ。

 私は嘆息し、ふたつ目の――最後の質問をした。

 どうして。

 本当はどうして――あの事件を起こしたんですか?


「あなたに会いたかったのは、本当よ? あわよくば私の冤罪えんざいを解決してほしかったの。たくさんいわれのない罪をかぶされてきたのだから無罪放免になりたかったのね。でも、まあ……それは建前で。本当はね――」


 彼女は。

 茜色の髪に、赤い瞳の妙齢の女性は。


「共謀だったとはいえ、森屋帝司郎に殺されたってあなたが証言してくれれば、さすがに誰も、私があの島から逃げ出したことには気が付かないでしょう……? 二重のアリバイが欲しかったのよ」


 紅奈岐美鳥は、あでやかに微笑んで、こう結んでみせた。



「あのとき言った通り――美しい鳥は、巣立ちたかっただけなのよ」



 私は嘆息し、諸手をあげる。

 かくして、5年ぶりに追い詰めた犯罪者は、うるわしい笑みとともに私の手からすり抜けていくのだった



 砕けた卵は戻らない。

 ひな鳥は、犯罪王が焼き直した二度目の翼で羽ばたき始める。

 その手で掴み取った、自由への翼で。

 何処までも、何処までも、二度とひとの手が及ばない彼方かなたへ、飛んで行くのだった――








 ハンプティ・ダンプティ=エクスチェンジ 講義終了。

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