もうひとつの、はじまりの魔法

白魔女は四畳半に

 それでは――例外のほうが多い新世界を――いま語ろう。



 ◎◎



「決めたわ。私、行火君と自殺する! 心中する! 学校の屋上から飛び降りて、可逆的逃避行リバーシブル・フライアウェイ! 未来に向かって脳味噌完全覚醒アッタマ・アウェイキングするのよ!」


 県立翠城すいじょう学園高等部、夕焼けせまる放課後の中庭で。

 壊れたゼンマイ仕掛けのオモチャみたいに、ピコーン! と立ち上がり、可哀想なことを口走ったのは残念ながら僕のクラスメートだった。

 もっと具体的にいえば、ショートカット眼鏡の似合う、クラス委員長。

 数少ない僕の友人、叢雲むらくも香澄かすみだった。

 左手でサンドウィッチを握りつぶしつつ、グルグルと目の中にらせんを描き、彼女はエキサイト翻訳的な意味不明の文言を吐き出し続ける。


「そうよ私は愛に生きるの! 愛に生き、愛に死ぬ。ああ、行火君、どうしてあなたは行火君なの! あなたが行火君でなかったら、この地獄の道連れになんてしなかったのに!」

「……うん。僕だろうが僕じゃなかろうが、死出の道連れにするのは――勘弁してほしいかな」

「なんでよ!? 童貞だから!?」


 童貞なら、あの世でいくらでも奪ってあげるから一緒に死にましょうよ!

 そんな身もふたもないことを叫ぶ彼女にツッコミをいれたのは、灰がかった瞳の少女だった。


「チッ、阿呆かよ、暴走委員長め。そうだ、童貞なら私が奪ってやる。だから行火否人、心中するなら私と死のう。そっちのやかましいやつより、百倍ましだからな!」


 エッヘンと平坦な胸を張るのは、クラスメートの瀧宮悠希だった。

 彼女もまた、僕の数少ない友人の一人で、実は幼馴染だったりする。

 昔からこういう言動する奴だったけれど、高校に入学して香澄ちゃんと出会ってからは、輪にかけて突飛なことを言うようになってしまった。

 悪影響を受けているのだ……。


「なによ、貧乳。私の方がおっぱいが大きいのだわ」

「だまれ、駄乳。私の方が胸の形がいいと評判だぞ」

「誰に評判なのよ」

「無論、行火否人に、だ。一緒にお風呂に入ったこともあるからな!」

「なによ、私は揉ませたことがあるわよ!」

「「なっ」」


 張り合っていたかと思うと、次の瞬間には絶句する二人。

 ぎろりと、二人が同時に僕を睨む。


「二人とも、仲いいね」


 冷や汗とともに、そんな言葉を紡ぎだすと、


「行火君! 心中よ! 曽根崎心中そねざきしんぢゅうよ!」

「ずるいぞ! 私とだ、私と死のう行火否人!」


 ぎゃーぎゃー、がみがみ、ぶーぶー、ぎゃーすか。

 女三人寄ればかしましいというが、この二人は僕を入れて三人でも十分騒がしい。

 だんだん頭にきた僕は、たまりかねてこう叫んだ。


「心中なんて興味ないよ! 死ぬのなんて大嫌いだ。だけれど、一緒に生きてくれるのなら――」

「「――生きてくれるのなら?」」

「――――」


 声をそろえる二人に、僕はため息を吐き、うんざりと答えた。


「なんだってするよ。なんだって、叶えてみせる。だって二人は――僕の大切な、友達なんだから」


「「イッェーイ!」」


 高らかとハイタッチを決める仲良し二人。

 何だかなぁと僕は空を見上げる。

 突き抜けるように青い空に、純白の雲がぷかぷかと浮かんでいる。



 ◎◎



 学校からの帰り道、僕はひとり歩く。

 二人とは、少し前にわかれた。さすがに帰り道まで一緒じゃない。

 夕焼けの空。

 あいが端々から溢れ出す大空。

 夜へと続く昼の空。

 空を見上げて歩きながら、手持無沙汰てもちぶさたになった僕は、何となく学生服のポケットに手を突っ込んだ。

 指先が、何かに触れてカサリと音をたてる。

 そっと取り出すと、それは一枚の紙切れだった。

 白紙の――いや、白紙なんかじゃない。

 

 それは一枚のチケットだった。

 書かれている住所を見て取り、僕は歩む方向を変える。

 随分と長い時間を歩いて、すっかり日が暮れてしまいそうな時間になって、僕はようやく〝そこ〟へと辿り着いた。


 羽山町三丁目2-6 新武山アパート13号室。


 触れたらいまにも倒壊しそうなおんぼろアパートの一室。

 そこには、同じくおんぼろな木の看板があって、こう書かれている。


『祈望堂』


 祈りと、望みが集う場所。

 僕は、そっと、その部屋の扉に手をかける。

 いつかのような緊張は無い。

 あるのはほんの少しの不安。

 混ざり合った結果がどうなるかなんて、いくらなんでも予測がつかない。

 それでも、僕はゴクリと唾を呑み込んで、ゆっくりと扉をひらく。


「ごめんください」


 きしみをあげ、ゆっくりと開く扉。

 その先から、一瞬の斜陽しゃようが射しこんで僕の眼を焼く。

 それでも、すぐに残光は去って。

 そして――





























 右手側に並ぶのは、作業台とサイケデリックな色合いの無数の液体が封じられた小瓶の棚。





































 左手側に並ぶのは、おびただしい量の書物が納められた黒檀の本棚と着物掛けに止まり木。その上にはミネルさん。







































 そして、そして小さな小さな四角い部屋の中心に、は、胡坐をかいて座っていた。




































「ようこそ、あたしの居城、あたしの最後の領地、愛の巣『祈望堂』へ! 歓迎するよ――!」


































 屈託なく快活に笑う、あの日と同じTシャツにハーフパンツ姿の素敵なお姉さん。







そう、彼女は――

































 ――僕の恋した白魔女は、今日も変わらず、四畳半に住んでいた。



 ◎◎



 かくして僕と彼女は再会を果たす。

 その先の、完全なる未知の世界へと向かって。


 さあ、新しい世界の物語を、いま始めよう――









 ぶらんにゅーわーるど ~ 現代白魔女四畳半 ~

 ー Knockin' on brand new world. -


 Merry Merry HappyEnd!!

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ぶらんにゅーわーるど ~ 現代白魔女四畳半 ~ 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo

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