母親
「あらあらまあまあ!」
数日前にボロボロと涙を零して泣いていた顔が記憶に新しい渡辺ちゃんのお母さんが、まるで娘が友達を家に連れてくるのに驚いた風な反応を見せていた。
「あの、会子が、友達を……」
ていうか間違いなくそういう理由で驚いてた。驚きから感動へとシフトしていって徐々に涙目になっていた。その涙目を見たからこそ数日前の表情を思い出したのだ。
「ちょ、ちょっと待っててね。すぐお茶とお菓子を買ってくるから!」
「いいっていいって!」
娘の制止も聞かずに渡辺ちゃんのお母さんは財布を片手に私の横をすり抜けて外へと駆け出して行った。あまりにも軽やかに外へと出て行ったのでお構いなくと言うこともできなかった。
「……ご、ごめんね。なんか騒がしくって」
「う、ううん。全然気にしないで。むしろこっちこそお構いなくって言いたいくらいだったし」
仕方なく、意味もあまりないけど、とりあえず渡辺ちゃんに言った。
「あ、あんまり気にしないで。さ、上がって上がって」
家族の慌ただしい姿を見られて恥ずかしいのか、少し頬を赤らめて早口にしゃべりながら素早く家へと入っていく渡辺ちゃん。それにつられるように私もちょっと慌ただしく中へと入る。
――わかっていたけど、家族に問題はないんだよなぁ。
お母さんの姿だけでなく、涙を堪える気丈なお父さんの姿も思い出した。今日は仕事だろうから家にいないと思うが、それでも今のお母さんとのやり取りと、あの日の両親の涙の事を思えば、家族に問題があって自殺した線は消える。少なくともそっちの心配はないだろう。
だから私はまた焦る。
この子は何で、自殺してしまったのか。
その原因がまだはっきりと見えてこない事に。
リセットボタンは救わない 田渕碧 @emerald3412
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