六月二十四日金曜日
再会
いつものように桐生と一緒に登校して、学校の近くで出雲と合流して、そしてジメジメとした暑さから逃れるように教室へと入っていった私は、すぐにとある席に注目した。
出席番号四十番の、渡辺会子ちゃんの席には、イヤホンを付けた女の子が座っていた。紛れもなく渡辺会子ちゃん本人だった。
本人の姿を確認して涙腺が緩みかけたのをキュッと結ぶ。泣いちゃだめだ。泣いたら変に思われるし、何より出雲や桐生に心配をかけてしまう。
すぐにでも駆けつけて抱き着きたくなる衝動を抑えつつ、一旦自分の席にカバンを置いてから、努めて冷静に、そして普段通りのつもりで渡辺ちゃんに声をかける。イヤホンをしているからトントンと肩を叩いて、こちらの存在に気付いてから挨拶をした。
「おはよう、渡辺ちゃん!」
「おはよう……」
片耳だけイヤホンを外して抑揚のない声で挨拶を返してくれた。普通なら素っ気ない対応で気分を悪くする人もいるかもしれない対応なのに、その返し方が渡辺ちゃんであることを強く認識してくれるため、また涙が零れそうになった。このちょっとめんどくさそうに挨拶するのが渡辺ちゃんなんだよと、再び渡辺ちゃんと挨拶ができたことに感動していた。
「……どうしたの?」
「あ、いや、何でもないよ! それよりもまた新曲聞こうよ!」
「そう? じゃあ聞こうか、『欺瞞』」
挨拶してから急に無言になってしまって、渡辺ちゃんに疑問を持たれてしまった。慌てて何とか話題を逸らしたけど、それが上手くいったみたいでそれ以上は特に何も聞いてこなかった。一昨日発売されたばかりのR.W.Sの新曲『欺瞞』を二人でイヤホンを分け合って聞くことにした。
「やっぱりこのサビのシャウトが良いよね。本当に心から叫んでる感じが堪らないよ。『欺瞞』っていうのは人の目をごまかして騙すっていう意味があるんだけど、それは何も他人に限らないっていう着眼点もかっこいいよね。自分で自分の事を騙してしまう、そういう矛盾に対する悔しさとかやりきれなさを見事に表現し切ってるよね」
もうすでに昨日も同じやり取りをしているけど、渡辺ちゃんはまだまだ新曲について語り足りないと言った感じで話し始めた。普段ののっぺらぼうのような無表情からは考えられない恍惚とした笑みを浮かべて、饒舌に話す渡辺ちゃんを見て、私はホッとするのと同時に言い様のない不安に駆られていた。
こんなにも好きなアーティストの事を楽しそうに話している渡辺ちゃんに、一週間後に自殺を図るほどの悩みがあるとは思えなかったからだ。
自殺を止めるためにも、その自殺の原因を早く突き止めたい。いくら何度もやり直せると言っても友達が死ぬという状況に何度も居合わせたくはない。私はこの一回で渡辺ちゃんを絶対助け出すつもりでいた。
だから、いつもと同じではダメだと思った。
「このCメロの歌詞の矛盾が特に良いんだよね。二年前の『矛盾』とリンクさせていて……」
「渡辺ちゃん、ちょっと良いかな?」
まだまだ話は尽きない様子を見せる渡辺ちゃんの言葉を一回遮る。渡辺ちゃんは急に話を遮られたにも関わらず特に嫌な顔をせずにこっちの言葉に耳を傾けてくれた。
「もっとR.W.Sの事知りたいからさ、放課後渡辺ちゃんの家に遊びに行ってみたいんだけど、ダメ?」
断る理由なんかないと言わんばかりの笑顔を見せてくれた。私が今までに見たことがない、満面の笑みだった。
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