魔術師がやってきた1-3

 魔術とは、奇跡や妖術、仙術、はたまた呪術などの総名でありファンタジー世界などで描写される不思議な術の事である。所謂、科学技術ではなく、超常的なものであり、現実では考えることのできない「あっ」と驚くような――そんなモノである。


 色々な定義が存在し、またこれらを扱う者たちを「魔術師」「魔法使い」「魔女」と呼ぶ。

 彼らの存在こそも超常的であり、非現実的、ファンタジー世界のみで肯定される人物だ。


 ソラも魔術や魔術師の存在を信じてはいない。むしろ、そのように呼ばれていた人々は現代のマジシャン、手品師と呼ばれる人々のことを示していたのではないかと考えていた。


 「誰でもわかる魔術の基本―初級編―」の本の一ページ目には魔術の起源や、種類などに関する簡単な事ばかり書かれていた。所謂「前書き」という奴で、本編にはまだ辿り着いていない。

 だが、この前書きが面白く、ソラは読み飛ばすことなく夢中になっていた。


「…………うん?」


 本を読み始めて三分ほどで前書きのすべてに目を通し終わった。早速本編へ進もうとした時、足元に何かがリズムよくぶつかっている事が分かる。

 ぶつかると表現したが、感触は柔らかい何かがポンポンと足をくすぐっている。


 正体は――三毛猫だ。三毛猫がしっぽを動かして、ソラの足に自分がいることをアピールしている。

 猫特有のビー玉のような瞳がじっとソラを見つめる。目と目が合うと、三毛猫は「ニャー」と小さく鳴いた。


「猫だあ! アマキさんが飼ってるのかな?」


 本を一度閉じて、ソファーの上に置く。三毛猫を持ち上げようとする。逃げる素振りは見せず、されるがままに持ち上げられた。


「三毛猫なんて久々見たなあ」

「ニャぁー」

「えへへ、可愛いー」


 ぎゅっと抱きしめて頬ずりをする。これまた嫌がることなく、ソラに身を任せていた。白と黒、そして茶色の毛はシルクのように綺麗で猫を飼ったことのないソラでも大事に育てられていることがすぐに分かった。


「お茶持ってきたよ……って、お? 珍しいお客さんが」


 アマキがお盆にお茶を二杯、湯呑に入れて持って降りてきた。着替えてきたのか、泥だらけの服ではなく、清潔に保たれたジーンズを白いカッターシャツに変わっていた。

 先ほどの格好と変わっていない。引っ越してきたばかりで、他の服をまだダンボールから取り出していないのであろう。


「アマキさん、こちらの猫さんはアマキさんが飼っているんですか?」

「んや、別のところの猫さんだよ。名前は吉田さん。来るならくっるって連絡してくれれば魚の一匹でも買って来たのに」

「吉田さん…………」


 三毛猫――もとい、吉田さんの顔をソラがじっと見つめる。ネーミングセンスもそうだが、アマキが猫に連絡をよこせって言うのも無理な話だと感じた。

 だが、アマキの質問に答える様に吉田さんは返事を返すのだった。


「ニャー……ニャぁー!」

「ああ、はいはい。そこまで気にしなくても大丈夫ですって」

「ニャ。ニャー! ニャぁぁー」

「分かりました分かりました。次着た時に用意しておきますよ。鮎でいいですか?」

「ニャ」

「了解です」


 まるで本当に会話をしているようだ。このやり取りをソラは目を白黒させて、抱きかかえている吉田さんと、こちらに近づて、湯呑をテーブルに置くアマキを何度も交互に見た。


「アマキさんって猫と会話できるんですね……?」

「そりゃあまあ、魔術師だからね」

「魔術師?」

「………………あ」


 ぽろっと漏らした「魔術師」という単語に、アマキは思わず自分の右手で口元を塞いだ。

 しかしばっちりとソラの耳には届いており、目を見開く。

 吉田さんは「あーあ……」と言いたそうにアマキへ憐みの視線を向ける。


「魔術師って、あのファンタジー世界で魔法とか、火とか水とかなんかすごいことする人ですよね!」

「……………ボク、ナニカイッタカナ?」

「もう! 誤魔化さないでください!」


 ソラは勢いよく立ち上がって抗議した。思わず吉田さんを手放してしまったが、流石猫。見事にすたっと着地して、そのままアマキの足元へ走る。

 一方のアマキは汗をダラダラ流しながら目線をソラへ向けられない。


「アマキさん!」

「………………」

「………にゃー」


 思わず吉田さんも「あきらめろ」と鳴いた。

 アマキは大きなため息をついて、首を横に二回振った。


「昔から僕は所々でやっちゃうからな……本当に気を付けないと」

「教えてくれる気になりましたか?」

「……今から話すことは誰にも言っちゃ駄目だからね?」

「はい!」


 アマキはパイプ椅子を一つ広げて、ソファーと対面するように置いて、ゆっくりと座った。彼の膝の上に吉田さんが飛び乗ると、体を丸くして昼寝を始めてしまう。

 吉田さんの背中を撫でながら、アマキは「ふうー」と息を吐く。


「なんでも質問には答えるよ。でもまず、ソラちゃんは魔術師の存在を信じる? それとも信じない?」

「私は、今までは信じてはいませんでした」

「正直今もじゃない? 僕がぽろっと言ったことは本当に冗談で、ソラちゃんをバカにしているって」

「それはないです。だってアマキさん、本当に『あ、しまった!』って顔をしていましたからね。今だって、ちょっと不安そうな顔をしています」

「そうかい? 個人的にはポーカーフェイスなんだけど……」

「アマキさん、ババ抜き弱そうですもん」


 ソラの笑顔に、アマキはもう一度ため息を吐いた。

 普通の人であれば、「魔術師」ということを冗談と受け止める。もしくは聞き間違いだと気にもしない。

 しかしながら、この少女はそんな常識には捕らわれず、興味を持ったことは全て信じ、納得がいくまで問いただすであろう。

 中原空という少女は、そういう人間だ。


「……僕は確かに魔術師だよ。動物の言葉もわかるし、ちょっとした『奇跡』だって起こせる」

「箒で空も飛べますか!?」

「それは魔女の専売特許だよ。魔術師は地に足つけて活動するものさ」


 魔女という言葉に、またソラの瞳がきらりと輝く。

 魔術師に魔女――おとぎ話の中でしか存在しないと思っていた人物が目の前に居る。

 かつてない興奮がソラの体を熱くした。


「私ずっと気になっていたんです。魔術師とか、魔女とか、あと魔法使い。これって何か違いがあるんですか?」

「そんな質問でいいの?」

「他はあとでじっくり聞かせてもらいますから!」

「…………あ、はい」


 何かを諦めたようにアマキは苦笑いをする。


「本質的には違いはない。っていうのも、僕らの業界での話だファンタジー世界とか、物語、外国とかだとちゃんとした定義があるかもしれない。僕らは男は『魔術師』、女性は『魔女』。この二つを総称して『魔法使い』って呼んでいる………よ。こんな感じでいい?」

「勉強になります!」


 何の勉強になるのかはさておき、ソラは質問を続ける。


「魔術師って、なるのは大変なんですか?」

「うんー……ほとんどが血で受け継がれるものだし、生まれつきだからね。大変ではないけど、術を覚えるのは大変だよ」

「へえー。やっぱり魔法学校とかに行くんですか?」

「ないない。あれこそファンタジーの世界だよ。魔法使いの家系はそれぞれ得意な術があってね。その術を途絶えさせないようにするのが使命さ。学校で覚えるんじゃなくて、家で覚える。僕も去年までは高校で勉強していたんだよ?」


 彼の年齢が判明した。今年高校二年生に進級したソラと、去年高校を卒業したアマキ。二歳差となる。

 あと気になることは高校を卒業して、すぐにこの町へ来た理由だろうか。


「つまり、アマキさんは大学へは進学せずに魔術師になってこの町に来たと?」

「なったというか、さっきも言ったけど生まれつきさ。来た理由は、この町の魔術師――先代の相談屋が旅に出ちゃってさ。吉田さんをはじめする他のお客さんが協会にお願いして、僕を派遣したわけ」

「協会?」


 効きなれない単語がまた出てきた。

『協会』という単語に首をかしげていると、アマキは「ああ」と気づき、補足をする。


「僕ら魔法使いの援助や保護をしてくれるところだよ。正式名称は『術式保護協力委員会』――略して協会。ほとんどの魔法使いは協会に属していて、お給料や仕事はここからもらうんだ」

「へー。魔法使いって大変そう」

「そうでもないさ。仕事なんて本当に自由気ままさ。占い師だったり、旅人だったり、鍛冶屋もいれば僕みたいに他人の仕事を任されることもある。協会が仕事と認めれば何でも仕事になるし、その成果を報告すればお金を貰える。一人で生きていくには十分だし、僕ら魔法使いはそうやって術を受け継がなきゃいけないしね」


 要約すると、教会に属してる魔法使いは認めさえされればどんな仕事もできる。もちろんただ旅をするだけでも。報告書を協会へ送ることによってお給料が支払われる。

 もちろん成果が上げられなければお金は支払われない。


「まあ近年、魔法使いは減ってるし協会も若い僕みたいなやつを早く仕事に就かせて一人前にしたい……てこと」

「アマキさんは何かやってみた事でもあったんですか?」

「うーん、実はこれってのはなかったんだけど、実はこの町には来たくてね。協会からの要請にはすぐに答えたんだ」

「みどり町に?」


 町人ですら、町の特産品をまともに答えられる人が少ないこの町にある魅力と言えば自然だ。

 だが、アマキはそれとは別に何か目的があってこの町に来た様子。ソラはアマキの目をじっと見て――見続けた。


「……………」

「…………ソラちゃん、そんなに見つめられても」

「今、アマキさんの心を読もうとしてます」

「へ?」

「でも、全然わかりません」


 ソラの言葉にアマキはクスっと笑う。

 それが気に入らなかったぷうっと頬を膨らませる。


「別に笑わなくてもいいじゃないですか!」

「あはははは、ごめんごめん。魔法使いでも流石に人の心は読めないからさ。ちょっと僕もびっくりしちゃって。あははははは」


 ソラからすれば本当に何が面白いのか理解に苦しむ。

 膝の上で寝ていた吉田さんもアマキの笑い声で目が覚めたのか、それとも今までも起きていたのか、彼の顔をじーっと半目で見ていた。「笑いすぎだよ」と言いたそうである。


「ごめんごめん。うん、そうだ。なら、ソラちゃんに簡単な術を見せてあげるよ」

「え? 本当ですか!」

「うん。魔術師ってバレたわけだし、何か一つ見せてあげないとソラちゃんだって気になっちゃうでしょ?」


 アマキが言い出さなければ、あとで無理にでもお願いするつもりだったのでソラにとってはラッキーな話だ。嬉しさのあまり、ソファーから立ち上がってアマキへ若干ながら近づいた。


「そんなに派手な物じゃないよ?」

「構いません! 見てみたいです! 魔法を!」

「それじゃ――」


 アマキが立ち上がろうとすると吉田さんは床へ飛ぶ。

 着地をし終えると、アマキの顔を見て「ニャー」と一回鳴いた。


「そうだね。吉田さんの言うとりあれが良いよ」

「あれ?」

「ソラちゃん」


 アマキは――こう言った。


「魔術で日常を彩ろう」

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