魔術師がやってきた1-2
放課後、ソラは一人でさっそく幽霊屋敷へやってきた。
改めて幽霊屋敷を見上げてみると、思ったほどボロボロではなかった。
一応は入居者を募集していたので、定期的に清掃などされていたようだ。しかし、雰囲気は幽霊屋敷そのもので、屋敷が暗い色をしており、元々このような雰囲気だったのか。それとも月日と共に色あせてしまったのか――そんなことは今のソラには全く関係のない話で、頭の中はここに住む住人のことでいっぱいだ。
既に引っ越しの作業が終わっているのかトラックの姿も、業者の姿も見当たらない。
屋敷の中からは物音一つ聞こえてこないのだ。静けさがやけに不気味である。
「ええっと、インターホンインターホン」
自転車から降りて玄関へと近づく。屋敷の周りに駐輪場や駐車場などは見当たらなかったのでとりあえずは玄関の目の前に駐輪している。普段は鍵をきちんとかけるのだが、今日のソラは鍵をかけることを忘れた。
それだけ楽しみにしているのか、インターホンを押そうとした――がとあることに気が付いた。
インターホンの上に、普通なら表札がある場所。そこに名前ではなく『相談屋』と書かれた札が掛けてあった。
相談屋という職業をソラは知らない。雰囲気だけで考えるんならカウンセリングのようなものなのだろうと考えた。つまり、ここの家主は人のお話を聞いて、心のケアをしてあげる――そのように考えた。
それ以上は特に何も思わなかったのか、迷わずインターホンを押した。
ピンポーンと聞きなれた音が鳴った。しかし、ドアの向こう側から返事は来ない。
「留守……でしょうか?」
もう一度鳴らすが、それでも返事はなかった。
本来ならここであきらめて帰るのが常識人なのだが、中原空はそこから逸脱している。
一度決めたことは達成するまであきらめない――住人となんとかコンタクトを取ろうと家の周りをぐるっと一周することにした。
家の側面までくると、窓は全てカーテンで閉ざされ中は見れないことが確認できた。こちら側も老朽化の所為なのか、所々壁の色が変色している。シミが人の顔に見える――幽霊屋敷らしさが伝わった。
さらに進んで家の真裏に来ると――予想外の光景が広がっていた。
家の裏はどうやら庭になっているようで、小さな畑や、家主の引っ越してきたときに出たであろうダンボールの山が積まれていた。そしてそのダンボールの山の中で埋もれる――誰かが居た。
ダンボールの山に頭から突っ込み、体の半分以上が埋もれている状態だった。足だけが伸び、動く気配はない。ジーンズとスニーカーだけが不自然に見えている光景は、それはそれは驚くことだろう。
「……は! だ、大丈夫ですか!」
慌てて駆け寄り、迷わず足を掴み引っ張った。しかし、普通の女子高生が人間一人引っ張り出すことが簡単にいくわけもなく、ズルズルと地面を引きずりながら救い出す感じになった。
埋もれていた人物は仰向けの状態で出てきて、隠れていた素顔を表す。
青年――若い男性だ。
耳が少し隠れるほどの黒髪と、長めのまつ毛。足を掴んだ時に思ったのだが、全体的に線が細い。上は白いカッターシャツを着ているようだが、土とダンボールの汚れで所々ドット柄のように黒い。
年齢は見た目高校生三年生ほどで、ソラはあまり年が離れていないように思った。
「起きてください! 私の声、届いていますか!」
目覚めない家主であろう人物の肩を揺らす。座り込んで彼の顔を覗き込んだ。顔は整っているものの、少々痩せていて不健康に見える。ソラはどちらかというと健康的な肉付きをしており、自分とは対照的だと比較した。
「うう………あれ?」
「起きましたか!」
青年は体をゆっくり起こすと、隣に座っているソラへ顔を向けた。
半開きの目はどこか眠たそうである。
(まさか、普通に寝ていただけ……とかないですよね?)
心の中の質問に青年が答えてくれるわけもなく、むしろ逆に言葉を投げかけられた。
「君は…………誰?」
幼い子供のように首をかしげる。ソラは一瞬、答えに詰まった。何故ならそれはこちらが聞きたいことであって、自分が答える内容ではないと思ったからだ。しかしながら、青年からしても目覚めたら知らない女子高生が隣に座っているのだから、なんら不思議なことではない。
「私は――私は中原空っていいます。ここよりもう少し山を登ったところに住んでいます」
「ああ。となるとご近所さんってことになるのか」
青年は納得したのか、ぽんっと右手を拳にして、左手の手のひらを叩いた。
それから大きなあくびを一回して、「うんうん」と頷く。
「態々あいさつに?」
「ええっと、そんな感じです。学校帰りに寄ってみようかと。朝、上から引っ越しのトラックが見えたので」
「これはこれはご丁寧に」
「あの………ところで、どうしてダンボールの山に埋もれていたのですか?」
「うん?」
ソラが青年を引きずり出したダンボールの山を指さす。
青年をどかしたことによって、山は形を変えて、更に平らになっていた。
「ああ、これね。実は引っ越しのゴミをまとめようとしていたんだけど、途中からどこまで高く積み上げられるかなってね。どんどん高くしていったら、バランスが崩れてそのまま飲み込まれた――のかな?」
「のかなって……」
「いやー、実は記憶がちょっと飛んでて。たぶん、崩れた時に頭を打ったのか、気絶してたみたい。あははは」
「笑い事じゃないですよ……」
どうやらこの青年、かなり能天気らしい。
ソラも家族や友人から言わせれば、マイペースでどこかネジが一本足りない人間だ。
だが青年は、ネジが一本どころではなく、二本三本と足りないパーツが多いようだ。
「おっとと。僕の紹介が遅れたね」
青年は汚れていた右手をジーンズで軽くふいて、差し出す。
「僕は
「全然構いませんよ! ええっと………」
「アマキでも、イマミツでも、好きなように呼んでいいよ」
「では、アマキさん。私もソラと呼んでください。この町、似たような苗字の人が多いから名前で呼んでもらった方がうれしいかもです」
「そうなの? なら、ソラちゃん。今後とも宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします!」
互いに力強く握手をして、にっこりと笑った。
アマキが思った以上に温和な性格のようだ。それは握った手の温かみでソラは悟る。
「さてと、お客さんをこんな場所で座らせておくのもあれだし、お茶でもしてく? まだ全然片付いていないけど」
「いいんですか!」
「一応、ご両親には連絡してね。警察沙汰とか、僕も困るし」
「分かりました!」
ソラはすぐさまスマートフォンを取り出して母親にメールを送る。
内容は「今日、お引越ししてきた友人のお家でお茶するので、少し遅くなります」というものだった。
流石に知らない男性の家に転がり込むというのは何と言われるかわからない。ソラは悩みながらも文を書いたが、嘘ではないと一人で納得した。
返信も一分経たないほどで帰って来た。
こちらも「あまり遅くならないように」と簡単なものだ。
「大丈夫です! 連絡終わりました!」
「よし、それじゃぁ玄関から行こうか。裏口はダンボールが邪魔で入りにくいし」
二人はぐるっと家の周りを歩いて、正面の玄関までやってくる。
ソラはもう一度「相談屋」という札が目に留まり、じーっとそれを見つめた。
その間にアマキは扉の鍵を開けて、ゆっくりと開いた。
「ささ、あがってあがって。全然荷物片付いていないから汚いだろうけど」
「い、いえ! 私も突然お伺いして……!」
「ひとまず部屋まで案内するから。こっちこっち」
生まれた時から幽霊屋敷を見てきたソラだったが、中に入るのは初めてだった。
きちんと戸締りもされており、中に入る場所などどこにもなかった。昔、ちょっと悪戯好きの男の子が石で窓を割って入ろうとしたことがあった。
不思議と窓は割れず、逆に男の子が持ってた石が真っ二つになった……という話は昔から聞いている。
それに似たような怪奇現象(?)をこの屋敷で体験した子供や大人たちが『幽霊屋敷』と呼び、それが起源となった。
「お邪魔しまーす………」
噂を思い出したソラは少し身震いしながらも、屋敷の中へと足を踏み込んだ。西洋風のお屋敷だからこそ、靴は脱がずにそのまま進むらしい。
アマキの後ろをついて行きながら、廊下をきょろきょろと見渡す。
特に変わったところもなく、外見とは裏腹に内装は綺麗に整備されている。壁紙も新品のようだ。
廊下の奥には扉が一つだけ。曇りガラスが備え付けられており、ぼんやりと向こう側が見える。
ソラはアマキの後ろから少し身を乗り出して扉の向こうをただ一点だけ見つめる。興味津々の表情に、ちらっと振り返ったアマキが微笑む。
「そんなに期待した目を向けても、特に面白い物はないよ」
「へ? あ、いや……子供の頃からこのお屋敷を見てきて、初めて中を見たものですから、つい」
「ふーん。ソラちゃんにとっても思い出の場所なんだね」
「そう、なんでしょうか?」
「うん、きっとそうだよ」
アマキはもう一度くしゃっと笑うと、唯一の扉へ手を掛けて――開いた。
「………わー! わぁー! すごい!」
部屋の中に入ったソラが見たのは――大量の本だった。まるで図書館に来たような錯覚に陥るほど、大量の本が部屋中に敷き詰められている。
壁の四方は本棚で埋め尽くされ、唯一の隙間は窓がある部分だけだろうか。
先ほど述べたように部屋は本で埋め尽くされている――壁も、床も。
本棚はびっしりと本で埋め尽くされ、床にはダンボールから取り出され、山積みとなった本が広がっていた。ソラの腰ほどの高さがある本の山が、床覆いつくし足の踏み場もない。
よくよく見ると部屋の奥にはまだ開封されていないダンボールが十箱以上ある。
この部屋は中々に広く、一人暮らしには持ったない。
二階へと続く階段は、部屋のまた奥にある扉の向こう側らしい。扉が開けっ放しで、ソラの目で会談を確認できたからだ。
また、部屋の中心には高級そうな黒のソファーが一つと、正方形の形をしたテーブルが一つ。そして折りたたまれたパイプ椅子が二つある。その場所だけが本の侵入を許しておらず、まるでスポットライトの当てられた舞台だ。
「ごめんね。予想以上に本が多くて……。二階へ床の本は全部持っていく予定なんだけど、今日は勘弁して」
「構いません! むしろなんだかファンタジーの世界に来たみたいで幻想的です!」
「ありがとう。僕もそう言ってもらえれば気が楽だよ」
と、アマキは部屋の中心に置かれたソファーを指さす。
「あそこに座って待ってて。台所二階なんだよね。ちょっとお茶用意してくるから」
「あ、分かりました。ええっと、本とか見て大丈夫ですか?」
「いいけど、あまり面白い物はないよ?」
「大丈夫です! 私、本はなんでも好きなんです!」
これは嘘である。中原空という少女は見た目は清楚系真面目少女でも、中身はパワフルなスポーツマンだ。長い黒髪を揺らしながら町中を走り回っている光景はよく彼女の友人たちは目にする。
本だって、漫画や携帯小説は読むが、純文学や歴史書などなどそういったものとは無縁である。
だが、彼女のワクワクが「本を見なさい!」と訴えかけてくるのだ。
「そうかい? じゃあ自由に見ていいよ」
アマキはソラにそう伝えると、本の海をゆっくりと渡り、向こう側の扉へ歩く。ソラも途中まで彼の背中を追い、ソファーの近くまで来ると、適当な本を手に取って座った。
座った瞬間、アマキが階段を上る様子が伺えた。二階からお茶を持って、本の中をかいくぐり、テーブルまで持ってくるのは大変ではなかろうかとも思ったが、すぐさま手に持っていた本へと興味が移る。
適当に持ったとはいえ、もちろん惹かれる理由があったからだ。
表紙に描かれているのはソラが見たこともないような幾何学模様。まるで魔法陣である。
真っ黒いカバーに、白い線で描かれた魔法陣はソラの心を鷲掴みにした。
もう一つ理由がある。それはタイトルだ。
ソラは、本の表紙を右手でなぞりながら、小さな声でゆっくりとタイトルを読み上げる。
「――誰でもわかる魔術の基本、初級編……か」
期待を込めて、ソラは本を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます