3丁目の魔術師相談事務所

猫之宮折紙

魔術師がやってきた1-1

  九州の北部に位置する小さな田舎町。近頃は都市化が進み人口も増え、町から市に変わると噂されている。しかしながらかれこれ二、三年は変化がない。町人達もすでに記憶から除外しているのか、他人事のように過ごしていた。


 そんな町の名前は――「みどり町」だ。


 名前の通り緑溢れる町だ。町の中心地から少し行くとすぐさま山々に囲まれ、田舎らしい雰囲気を醸し出してくれる素敵な町。都市化が進んでいる理由は、町の中心部に新幹線基地があり、駅が少し大きいので交通の便が良いことが関係しているだろう。ただ、高層ビルが建ったり、ましてやショッピングモールが町の中に出来た訳でもない。


 数年前に破産したゴルフ場がショッピングモールに建て変わり、出来る出来ると言われ続けていたが、結局は住宅街となり、町人達ががっかりしたのは最近の話だ。


 何はともあれ、みどり町は自然が八割、都市化が二割とバランスの良い田舎だと町人達は言う。やはり人間とはコンクリートジャングルの中で生きていくだけでは心は満たされず、自然と触れ合ってこそ何かしらの価値観を生み出せるのではないのだろうか。


 みどり町で生まれ育った少女を紹介しよう。


 名前は中原空なかばるそら。年齢は十六歳。先週、高校二年生に進級したばかりだ。彼女の特徴を語るのなら、黒髪ヒメカットで瞳が大きいことが特徴的だろう。昔見たマンガのヒロインに憧れてこの髪型にしているらしいのだ。


 性格は意外と活発である。髪型の所為か初対面の人物には大人しい清楚系美人だと思われるのだが、実際は木登りもする、昆虫採取もする、川で泳ぐ、一人で探検することが大好き等々、良くも悪くも両親が頭を抱えるほど元気な少女なのだ。


 ソラは今日も今日とて青空の下で自転車を漕ぎながら、学校へ向かっていた。


「ひゃっほーい」


 彼女の家は町の中心地から離れ、山の中にある一軒家に住んでいる。自転車で山を下るのは大人でも怖がるほどだが、彼女は気にもせず下り坂を滑るように移動していた。


 町に唯一ある高校は女子高で、ソラの家から自転車で三十分ほどかかる。男子は高校へあがると隣の市にある高校へ通う事になる。町では「男子は悲しい宿命を背負っているのだ」と子供のころから聞かされるが、この事とは想像もつかなかっただろう。


「ふふふーんふーん」


 鼻歌交じりで山を下りていくと、とあることにソラは気づいた。


 道の途中で小さな屋敷を見下ろせるポイントがある。屋敷は木々に囲まれ、人を寄せ付けない独特の雰囲気を出している。実際、人はかれこれ三十年近く住んでおらず、町人達からは「幽霊屋敷」と呼ばれそれなりに有名な場所だ。


 その幽霊屋敷に、引っ越し業者のトラックが一台止まっている。


「え、ええええ⁉ 幽霊屋敷にお引越しって……!」


 ソラの瞳がキラリと光る。


 これは彼女にとって重大なニュースである。小さな田舎町では新しい出来事や物事が話のタネになって、一日中その話題で盛り上がることは日常茶飯事。今日の話題は決まったようだ。


「今日はなんだかいいことがありそうです!」


 まずは学校へ向かいビッグニュースを早く話したいと、ソラは自転車のスピードを上げるのであった。


 山道を下り終ると、一本の道路に出た。二車線になっており、車二台がソラの目の前を交差する。ブレーキをかけて一時停止。右、左、もう一度を右を確認し終えると再びペダルを回す。


 道路を横断し、町の中心地へ向かう。しばらく進むと木々と田んぼが減り、今度は川が視界に入る。

 夏になれば川で川遊びをする子供や釣りをする大人たちを見ることがでいる。時期的にはまだ少し早い。水もまだ冷たいのではないのだろうか。


 ソラは風を感じながら、川を横目に自然を感じる。

 彼女はこの街が大好きである。生まれ育ったこの町を――愛していた。

 残念ながら大学がみどり町には存在しない。いつかは町を出ることになるだろう。


 それでもいつかは町へ戻り、町の中で働きたいと考えていた。ただ、その職業が未だに思いつかないのだ。漠然とした目的だけを持っており、そろそろ将来の事を考えなくてはならない時期だろう。

 高校二年生というのはそういう生き物だ。


「おっとと」


 考え事をしていると道も間違えそうになったようで、再び止まる。少し後ろに戻って橋を渡る。橋を行き過ぎてしまえば、また山に逆戻りになるのだ。


 段々と道路も広くなり、建物が増えていく。木造の建物が先ほどまで多かったが(家の数は圧倒的に少ないのだけれども)、今度はコンクリートやレンガなどで作られた物が目立ってきた。

都市化が進み、数年前まではこの辺りも田んぼだったが、埋め立て地となり、家や駐車場、コンビニやガスリンスタンドが増えた。

 それでも自然の外観は崩さないことを配慮しているのか、少し背伸びをすれば緑が近くにある。


 町の特徴ともいえるだろう。自然と一体化することを捨ててはいない。


 もうしばらく進めば同じ黒いセーラー服を着た女子生徒たちがちらほらと見えてきた。自転車通学が許されている生徒は、学校から半径二キロメートルより先に住む者だけ。ソラはもちろん自転車通学を許されている。

 許可されている生徒の中には、態々歩いて登校する者もいるのだ。理由は様々だが、今は多く語るべきではないが、すぐにでも語らせて頂こう。


 ソラは歩く生徒たちを追い抜き、しばらく進むとまたまた自転車を止めて、今度は腰を浮かせ自転車の横に立った。

 目の前には少し急な坂道。他の自転車通学者もここからは自転車を押して校門まで向かう。

 坂の上に学校があり、ここを漕いでいくのは朝から流石に無茶な運動だ。


 ソラは坂を上り終えると校門を潜り、そのまま駐輪場へと向かう。

 既に多くの生徒が駐輪しており、初めて大量に並べられた自転車を見た時、ソラは思わず感動した。

 今となっては一年経っており、見慣れてしまったようだ。


 カゴに入れていた特に特徴のない学生カバンを右手に持って下駄箱へ走った。


 上履きと靴を履き替え、自分の教室へと向かう。一年生は四階、二年生は三階、三年生は二階、一階は職員室や保健室、校長室等々となっている。

 ソラは二年生、三階まで続く階段をほいほいと登りきると、そのままの勢いで教室へ入る。


 教室の中ではすでに数人の生徒が居いた。各々が友人と話したり、俯せになって寝ていたり、本を読んだりと朝の教室を満喫しているようだ。


 数人と「おはよう」と軽く挨拶を済ませ、自分の席へ座った。鞄を置き、荷物を机の中へ入れ終ると、くるりと体を後ろへ向けて、視界に入った人物――眠たそうな――興味なさそうな茶色い瞳へ挨拶をする。


「おはおうございます、ミウちゃん」

「うんー…………あ、うん。おはようソラ」

「もう、ちゃんと起きていますか?」


 ソラの友人――ミウと呼ばれた少女は適当に首を縦に振る。未だにその目は閉じそうになりながら、なんとかソラを視界に入れている。


「おきてる、おきてるよ」

「目が寝てます。ほら、ミウちゃんの眠気が吹っ飛ぶほどのビックニュースを持ってきましたよ!」

「ビックニュース…………?」


 勿体ぶるようにして、ソラは腕を組んで得意げに「ふふーん」と言う。それでもなお、ミウはさほど興味がないのか「で?」と返した。


「実は例の幽霊屋敷に誰かが引っ越してきたみたいなのです!」

「……………え? それだけ?」

「それだけです!」

「………………」

「………………」

「寝る」

「ま、待ってください!」


 俯せになろうとしたミウを妨害しようと、机にひれ伏すソラ。

 これでは邪魔で寝れない。


「いやさ、ソラさんや。別にあそこ普通に空き家として人募集してたじゃん。ビックニュースじゃなくて、結構当たり前のことなんだけど」

「気にならないのですか! だってだって、町に人が増えたんですよ! 引っ越し先があのオンボロ幽霊屋敷ですよ! 町に住むなら普通のアパートでも、マンションでも、他の空き家でもいいじゃないですか!」

「言われてみれば確かに幽霊屋敷に住まなければならない理由が見つからなけど……」

「でしょう!」

「でも、ただの廃墟マニアが引っ越してきただけかも」


 友人の詰まらない答えにソラはがばっと体を起こして両手を大きく広げる。


「ぜーったいに幽霊屋敷に引っ越した人は怪しい実験を行う、『まっどさいえんてぃすと』ですよ!」

「なんでそうなるかな?」

「だってあの幽霊屋敷ですよ! 隠れてヤバイ実験するにはうってつけの場所なんですよ!」

「その発想がすでにヤバイわ」


 ミウはがら空きになった机に肘をつき、どこか呆れているようだ。


 ソラはただただ勝手な妄想を膨らませるばかり。現実的に考えて、幽霊屋敷を気に入った変わり者・・・・が町へやってきただけなのだ。どうせ明日になれば町中にどんな人物が引っ越してきて、こんな奴だった――と話題なるだろうとミウは考えた。


「そもそも幽霊屋敷って誰もあそこで幽霊みた奴いないじゃん」

「そこは雰囲気ですよお。ほら、なんだっけ? 吊り橋効果みたいになんかすんごい状況だとアレな事になっちゃうやつ」

「私はソラの頭の中が心配という話題を学校中に広めたい」


 小馬鹿にされたことすら気づいていないのか、ソラは腕組をして小さく頷いた。

 何かを決心したように……小さな声で「よし」と呟く。


「放課後、幽霊屋敷に行ってみようかと思います」

「はあ?」

「行ってみようかと思います!」

「いやいや、二回も言わなくていいから。流石にそれは引っ越してきた人にも失礼じゃない?」

「一応、私の家から近いからご近所さんになることだし、挨拶程度に会っきます!」

「………住んでいるのが本当に危ない人だったらどうするの?」

「私、小さい頃から運動神経には自信あるから大丈夫! 男の人一人くらいは一瞬で気絶させられます!」

「あ…………うん、嘘はやめようね」


 思春期の少女にそんな力は備わっていない。

 特にソラは小柄な体型で、足などは速く、運動神経が悪くないことは事実なのだが、どうにも非力で握力が二十キロほどしかない。


「ミウちゃんも一緒に来ます?」

「私は遠慮しておくよ。帰って買いたい本があるし」


 何気にミウもまた嘘をついた。ソラがこうやって面倒ごとに頭を突っ込むときはろくな事が起こらないことを知っているからだ。

 友人としては、そんな怪しい場所へソラを一人行かせることは後ろ髪を引っ張られる思いだ。

 だがまあ、ソラもバカではないことを信じている。両親や、他の誰かと一緒に行くだろうと勝手に決めつけた。


 一方のソラは――頭の中はすでに幽霊屋敷に住む誰かさんの事でいっぱいのようだ。もうすでに他の誰かを誘ったり、両親と一緒に伺うという考えは切り捨てているようだ。


「……………」

「あーあ、早く放課後にならないかなー」

「大丈夫……よね?」

「へ? 何がですか?」

「いや…………」


 キラキラと輝く黒い宝石に見つめられ、ミウはため息を吐いて「なんでもない」と答えた。

 すると突然、ミウも何かを思い出したのか、ポンっと手を叩いた。


「それじゃあ、私からビックニュースのお返しをしてあげよう」

「え! お返しビックニュースですか!」

「うん、お返しビック……かどうかはやっぱりソラに判断を任せるとして、それなりに面白い噂だよ」


 ミウはスマートフォンを取り出し、検索エンジンを画面に展開する。キーワードを入力すると、とあるサイトへ行きつく。

 サイトのタイトルは『身近な都市伝説!』と書かれている。


「実はこのサイトにこの町に関して投稿が昨日更新されたんだ」

「都市伝説って、最近多いですよね」


 ソラの言うとりみどり町ではしばしば未確認生物や超常現象と呼ばれる『都市伝説』を目撃できると若い世代の間で有名なのだ。

 実は朝、都市伝説を見ることを理由にして歩いて登校する生徒が多く存在する。

 先ほど語るといっていた理由はコレだ。


「ほら、ウチの生徒が投稿した『横断歩道を歩く小人』」

「うんー、確かに小さな人にも見えますね」


 サイトの画像投稿掲示板には「場所:みどり町。タイトル:横断歩道を歩く小人!」と書かれた投稿があった。画像には二人の女子高生が写っている。顔には自ら加工したのか、カラフルな線で目元を隠している。ただ、制服はみどり女子高の物で黒いセーラーだった。


 その二人が写る奥の横断歩道に、人らしきものが写っているのが、人と呼ぶにはあまりにも小さい。タイトル通り小人なのかもしれないが、画質が荒く判断は難しい。よく観察すれば右手を上げているようにも見える。


「どうよ?」

「私のビックニュースの方がまだ現実味があります!」

「それはそうだけどさ……んまあ、いいや」


 スマートフォンをしまうと、ミウは今度こそ「それじゃ寝る」と宣言し、流れるように俯せになった。


「ああ、ミウちゃん! もっと一緒に引っ越してきた人のこと、考えましょうよ!」


 ソラのお願いは聞き流され、結局は一人であれやこれやと楽しめたようだ。

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