第34話 伊月司という男

 前にも話したけど、俺、家族が早くに亡くなったから、義孝よしたかに引き取られて育ったんだ。

 いや、別にひどいことはされなかったよ。俺のことからかったり嫌味言うからしょっちゅう腹立つし、武術とか術とかの稽古のときは厳しかったけど、虐待されたわけじゃなかったからね。飯はちゃんと作るし美味いし、俺があやかしにちょっかい出されたときは守ってくれたし。俺様だけど、面倒見はいいんだよ。根っから悪い奴じゃないんだ。

 ただあいつ、昔から、始祖……しずかさんとあきらさんを探すことにこだわってた。正確には岩屋――――賀茂かもさんが半分開けさせられてた扉の向こうに見えてた、この世とは別のルールで成り立つ世界へ行く方法をね。俺もよく、あやかしが書いた文献集めたりとかに付き合わされたよ。

 ……ん? ああ、あやかしも自分たちの文字で、色々記録したりするんだよ。ほら、外国語でもない変な文字で書かれた本を、『茨木しき書店』でたまに見かけるだろ? あれ、あやかしが書いた本なんだよ。あの店、人間が書いた普通の古書だけじゃなくて、そういうのも扱っててね。たまに来る、妙な雰囲気の人は大体あやかし。あの店は普通の人間も来るから、あやかしは人間に化けるよう陽さんが決めてるんだってさ。『夢硝子ゆめがらす』にも、あやかしが人間に化けてこっそり来てたよ。

 でも静さんと陽さん、店そのものに術をかけてて、普通の人間か限られたあやかししか入れないようにしてるんだ。それで、俺や義孝は子孫だっていうのに、店を見つけることができても中へは入れない。だから奥宮の向こうへ入るためには、中へ入れるあやかしと一緒に入るか、店の外で静さんや陽さんを見つけるかして、二人に岩屋へ連れて行ってもらえるよう頼みこむしか方法はないんだよ。普通ならね。

 ……そう、普通じゃない方法が、一つだけある。忠憲ただのりの力だよ。忠憲は、神様仕込みの封印だろうとあっさり解いたり、その人が望む場所へ導く力を持ってたそうだから。導きの力を持つ八咫烏やたがらす一族の加護があるとか、実は末裔だとか色々と伝承があるみたいだけど、本当のところは知らない。雪消や静さんたちに聞けばわかるんだろうけど。…………うん、雪消ゆきげは普通の烏じゃない。あやかしの一種と言ったら彼らは激怒するだろうけど、八咫烏一族のはしくれだよ。あいつは半人前で、力はそれほど強くないみたいだけど。

 ともかく、俺と義孝にとって忠憲の力は喉から手が出るほど欲しくて、でもその力を持った人がこの世に生まれているかどうかもわからないから、不可能な手段だった。岩屋の番人である二人がどこにいるかわからなかったし……だから義孝と俺は都会にいた頃、岩屋へ行くために他の方法を探してたんだ。

 ……本当に俺、この地区に忠憲の力を持ってる人がいるって最初は知らなかったんだ。商店街に始祖の店があるってあやかしから噂を聞いて探してみたけど見つからなくて、たまたま近くを歩いてた君に声をかけてみただけ。でも……そうだね。義孝も言ってたけど、君を見た瞬間、なんだか不思議な感じはしたよ。初めて会ったのに、すごく久しぶりに会ったみたいに懐かしくて……その上、姓が忠憲と同じ『賀茂』だって言うし……陽さんが守ってたし。あのときから、君が忠憲の生まれ変わりなんだってわかってたよ。

 ああごめん、話が逸れたね。……そう、都会にいた頃、俺は岩屋へ行くための方法を義孝と一緒に探してた。それで俺……………………盗みの片棒担がされたんだ。それが、俺が君を利用しようとした理由の始まり。

 こっちへ引っ越す前、盗みに入るから手伝えって義孝に言われたんだ。俺たちが持ってた文献の欠けた部分を、ある金持ちが持ってるって話をどっかから聞いたらしくてさ。始祖や異界に関する文献だから、あいつ、欲しがって……あやかしの知り合いに頼めばいいのに、俺に頼んできてね。……俺は断れなかった。

 絶対嫌だって、断ればいいのにな。見張り役でいいからってあいつに言われて、それならって思っちゃったんだ。誰がどう見ても犯罪の手助けなのに……あのいつも偉そうな義孝がそんなに頼むならって。俺、なんだかんだ言ってあいつに懐いてるからかな。あいつに絶対言ってやらないけど。

 それで俺は義孝が盗みに入ってるあいだ、見張り役になって。でもそういうことやったことないからへまして、家の人たちに気づかれてさ。慌てて逃げようとして…………人を怪我させた。それも、意識不明の重体になるくらいに。

 ほんと俺、最低だよな。盗みの片棒担いだ挙句、別れたばっかりの元恋人を昏睡状態にしたんだから。

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