第15話 特別・二
そんなことを私が考えていると、不意に
「
「へ?」
ってえ!? ちょっとまた手を繋いでるんですけど!
私が目を白黒させているあいだに、伊月先輩は私をすぐ近くにある細い道へ引っ張り込んだ。もう使われていないに違いない自動販売機まで早足で行き、その陰に隠れる。
そうして、やっと私の手を離してくれた。
「先輩、あの?」
「ああごめん、ちょっと苦手な人たちがいたからつい、ね」
「苦手って……私たちのほうに来てた四人組ですか?」
前から向かって来ていた一行を思い浮かべ、私は目を瞬かせた。
お化粧はばっちり、烏羽と表現したくなる黒髪もストレートパーマをかけてあるに違いない、綺麗なんだけど性格きつそうな顔立ちの美人が一人。もう片方も、可愛らしく化粧も髪も整えていて。テレビや雑誌のモデルみたいなんだけど、だからかこの田舎の人っぽくない印象を受けた。
伊月先輩は眉を下げ、なんと言えばいいのか、といったふうの表情になった。
「同じクラスと隣のクラスの女子なんだけど、黒髪のほうの子がね……」
「あー……なんか見た感じ、色々と強烈っぽいですよね」
濁した表現だったけど意味はなんとなくわかって、私も曖昧な言葉を返した。
通りから、誰かが見つけた面白い動画について話している声が聞こえてきた。ちらりと通りを覗いてみると、栗色の髪の可愛い女子がスマホをいじっていて、それを黒髪の女子が覗きこんでいるのが見える。私の前からいなくなっても、動画を見た三人の笑い声が聞こえてくる。
きっと伊月先輩は、あの二人に話しかけられることが多いのだろう。しかも、先輩が興味のない話題で。やんわり断ろうとしても空気読まないで、逃がすものか! って感じに迫ってそうだし。そういうので困っていたりするのかもしれない。
いくら話しかけたくても、振る話題を間違えたりごり押ししたら意味ないのに。相手の顔とか空気とかをよく読まなきゃ。ああいうふうにならないようにしよう。人のふり見てわが振り直せだ。
「……もう行ったみたいですよ」
伊月先輩が行くより先に通りへ出て、四人がこっちを振り向きもしないのを確認してから私は先輩に宣言した。よかった、と先輩は長い息を吐き出す。
「ごめん、急に逃げたりして」
「いえ、苦手な人とはあまり会いたくないのは普通だと思いますから」
私のクラスにも何人かああいう感じの子はいるけど、正直言って私も苦手だ。嫌うほど話したことはないのだけど、そのわずかな話す機会での相性がどうも色々とよろしくない。あっちも私みたいな、化粧や流行りもの、芸能人の話に疎い子とはあまり話したくないと思う。実際、自習で課題が出たときとかくらいしか話しかけてこない。
「伊月先輩、どうします? 家に帰るなら、そっちへの行き方教えますけど」
あの人たちのことを考えていても仕方ないから、私は話題を切り替える。夕暮れまでまだ時間はあるし本当はもっと一緒にいたいけど、そんなおねだりなんて私には無理だ。……そんな関係でもないし。
だから、口では近道を教えると言いながらも、私は伊月先輩がどこかのお店の名前を言ってくれることを期待した。家まで道案内でもいいけど、今日はデートだもの。お店――――たとえば『
でも、返ってきた答えは、家でもどこかの店の名前でもなかった。
「……やっぱりよかった」
「? 伊月先輩?」
表情を緩めて息と共に吐き出された呟きに、私は首を傾ける。一連のやりとりのどこに、そんな言葉が出てくる要素があったのかわからない。
伊月先輩は目線をさまよわせた後、いやさ、と気恥ずかしそうに頬を掻いて口を開いた。
「普通、俺たちくらいの歳で民話だの郷土史だのに興味持つ奴なんていないだろう? テストの点数か遊ぶことか部活に夢中で……調子に乗って話したら、年寄り臭いとか興味ないとか言われるのがオチだし。からかわれたりするのも嫌だったし、だから向こうにいた頃は自分の趣味のこと、よく話す奴にも言ったことなかったんだ」
「……」
「こっちに引っ越して、少しは話せるかと思ったけど、やっぱり話す気になれなくてさ。まあこんなもんかなって思ってた」
でも、と伊月先輩は言葉を繋ぐ。空を見上げていた顔が、私を見下ろす。
「賀茂さんは俺が伝説のこととか話しても、興味ないって顔したり大袈裟に驚いたりしないで、普通の話みたいに聞いてくれるし、わざわざ関係あるところへ道案内してくれる。むしろさっきみたいに、自分も同じだって言ってくれる。この町はまだ古い家が少なくないから当たり前かもしれないけど……自分の趣味を同じ年代の誰かに話してよかったと思ったこと、今までなかったから、なんか嬉しいんだよ」
「……」
「今更言うのも変な感じだけど。……いつも俺の話、聞いてくれてありがとう」
そう、伊月先輩は照れくさそうに笑った。
……ずるい。あんな甘い社交辞令の次はこれだなんて、卑怯すぎでしょう。誰がこれで平然としていられるっていうの。胸がドキドキして、大したことしてませんよってへらりと笑う、そんな簡単なことさえ難しくなってしまう。
「そうだ、賀茂さん。まだ時間、急いでない?」
「は、はい、空いてますけど……」
「じゃあさ、君が鬼祭りの日に挿してた簪を買った店に行かない? 俺の家殺風景だから何かないかと思って行ってみようと思ったんだけど、どこにあるか知ってる人がクラスにいなくてさ。賀茂さん、案内してよ」
「……! じ、じゃあ、こっちです」
無理やり声を出し、私は小路から通りへ出る。伊月先輩に心臓の音が聞こえないように。きっと真っ赤な顔を見られないように。
鬼祭りの前の、百貨店のエレベーターの中みたい。日差しのせいじゃなくて、身体の中から熱い。
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