第14話 特別・一

 すべての展示品を見終えて郷土資料館から出た私たちは、出てすぐのところに置かれた自販機で飲み物を買い、それを口にしながら歩いた。

 駅の近くにあって、公共の建物や飲食店が建ち並び、この地区の中では商店街の次くらいに人通りが多いところだ。けれど所詮は田舎。通りの向こうには川が流れる青く深い山々が連なり、麓には、濃い緑から実りの黄金色へ変わろうとする稲穂が揺れる田んぼが辺り一面に広がっている。その周囲を囲むように、彼岸花が畦道で咲き乱れて存在を主張している。毎年見てきた、初秋そのものの景色。

 けれど半分近くが薄い雲に覆われた空を見上げる真っ赤な花は、ただでさえ見るだけで胸がざわざわするからあまり好きじゃないのに、今日はいつもより不気味に見えて仕方がない。何かが起きる前触れみたいに見える。

 でも伊月いつき先輩は、そんなふうに思わなかったらしい。というか、見ていない気がする。


「いやあ、楽しかったよ。お祭りのお面を見られたし、鬼の大太刀も見られたし。昔の映像もあったし。いいところだね」


 缶コーヒーを飲みながら、伊月先輩は嬉々として言う。図録を忘れず買っているあたり、本当にご満悦なのだろう。漫画なら、頭から音符が飛び出していそうだ。

 やっぱり、子供みたい。私はつい、口元をほころばせた。


「……伊月先輩は、本当に民話とか伝説とかが好きなんですね」

「ああ。小さい頃から、よく聞かされた影響かな。俺の家族、そういう話だのが好きな人ばっかりでさ。家も古いし、昔の簪だの着物だの、旧札だのがあったし。死んだ祖父なんか、エアコンがあるのにわざわざ火鉢で暖をとったり、七輪で秋刀魚焼いたりしていてね。近所の人に火事と勘違いされて、大騒ぎしたことがあったなあ」

「あ、私の祖母も七輪で秋刀魚焼くことありますよ。祖父は納屋に置いてあるストーブの上で、熱燗あっためてますし。小さいときはそういうのしながら、昔話を聞かされました」

「へえ。じゃあ、熱燗あっためすぎて破裂させたり?」


 笑って首を傾ける伊月先輩に、はい、と私も苦笑して返した。ついでに、頬に飛び散った熱燗の熱さや納屋に充満した匂いも思い出してしまい、内心で遠い目をしたくなる。うん、あれは悲惨な思い出だ。あれ以来、おじいちゃんが気をつけてくれるようになっているからいいけど。


「それからも、祖父に続いて両親も早くに亡くなったんで親戚に引き取られたんだけど、そっちでも昔話だの何だのと聞かされてさ。そいつは輪をかけて古い物が好きな奴だし。よく拒否反応が起きなかったものだと思うよ」


 と、伊月先輩は肩をすくめた。仕草とは反対に、表情は懐かしそうで楽しそうだ。教わったときのあれこれを思い出して、心が温かくなったみたいな。

 これは、よっぽど色々なことを聞かされたりして育ったんだろうな。しかも、そこにはその親戚さんとの優しい思い出があって。伊月先輩にとって古い物やオカルトの話は、自分の趣味であると同時に、家族や親戚さんとの思い出の一部でもあるんだろうな。

 ……なんか、嬉しい。伊月先輩の古いもの好きはオカルトの知識に限らず、日々の暮らしにも及んでいたなんて。私もリフォームしたとはいえ、築何十年どころじゃない家に住んでるからかな。すごく親近感が湧く。

 ……うん、やっぱり伊月先輩には仮装行列か芝居の演者をやってもらうべきだよね。普通は仮面をつけてするんだけど、特別に仮面につけないでさ。その格好でポスター作ったら、女性観光客が殺到するよ、きっと。


「うん、伝統芸能の体験どころか本番までやらせてもらうのは、すごく面白くて貴重な経験だと思うよ」

「――――っ!?」


 な、なんでわかったの!? 私、声に出してた!?

 思わず見上げた私の顔にそんな疑問が出ていたのか、伊月先輩はくすくす笑った。


「話の流れからいくと、そう考えるのが普通だろう? 俺が民話だの伝説だの好きなのは、君も知ってるんだから。それに、こういう伝統芸能で若いなり手が見つからないのはよくニュースになってるし」

「た、確かに……」


 納得し、私は半笑いになる。いやそれでも読まれるって、単純すぎるぞ、私。

 あーでも、後半のほうはばれてなくてよかった、ほんと。

 そういえば去年の鬼役さんは、うちの学校の生徒を物で釣って強制参加させたって、お父さんが言っていた。保存の会の他にも色々取り組みはしているものの、だから文化の継承は安泰というわけじゃないみたい。特に、若い人が入ってこないのが問題だとか。


「まあ、面白そうだし、来年は無理でもいつかはやってみたいね。あ、そのときは君も、その簪挿して祭囃子か何かやってよ。一緒に伝統芸能体験ってことで」

「えっ!? なんでそうなるんですか!」

「だって賀茂かもさん、お父さんが篠笛やってるんだろう? 教えてもらえばいいじゃないか。俺も一人で伝統芸能体験するより、賀茂さんとやるほうがやる気出そうだし」


 冗談なのか、本気なのか。がばっと顔を見上げる私に、にっこりと笑って伊月先輩は言った。

 いつもと変わらない、楽しそうな表情と声音。付き合いの短さと私の足りない感性では、彼の真意なんて汲み取れるはずもない。

 ……伊月先輩、それ、女の子に言っちゃいけない科白だと思います。そんなこと言われたら、誰だって勘違いしますよ。

 わかってる。これはただの社交辞令。私は馬鹿だけど、勘違いなんてしない。

 でも、頬が赤くなるのを止めることはできなかった。


「……父からもし頼まれたら、やってみます」


 伊月先輩から半ば目を逸らし、なんとかそれだけを言う。同時に、どうしたら貯金を増やせるものかと私は考えた。篠笛っていくらだろう。保存の会で余っているものを借りることができたらいいんだけど。……使いこなせたらいいな。

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