第13話 鬼の話・二

「……」


 展示室の出入口から見て一番奥にあるそこに展示されているのは、刀だ。私の身長どころか男の人の平均身長くらいありそうな刀身は真っ黒で幅が広く、荒々しさばかりが強調されている。一体何キロあるんだろう。昔の人が現代人より腕力があっただろうことを考えても、振り回すことができた人はかなり限られていたに違いない。

 何の細工も施されていない握りの部分には、漢字とカタカナが混じる長い文が刻まれている。横に置かれた解説板によると、どういう経緯が誰が発注した品かを記しているらしい。

 そしてもう一つには、『大太刀 無銘』という資料名などの他、どんな刀なのかを紹介した解説版が設置されている。


 ――――赤鬼が人を狩るために用い、のちに主である忠憲ただのりを守るために振るい、彼の死後は村の社へ奉納したという伝説を持つ刀。神宝として、宝物殿の奥深くにしまわれていた刀。


 解説板に複製の文字がないのを確認して、ほう、と私は息をついた。よかった、これは複製じゃなくて本物だ。

 実を言えば、伊月いつき先輩とデートすることだけじゃなく、この無銘の大きな刀を見ることも今回の私のひそかな目的だった。神社の宝物殿にあった頃は年に一度くらいしか見るチャンスがなくて、しかもそんなときに限って家の手伝いがあったりだから、あまりこの大太刀を見ることができなかったんだよね。重すぎるからってことで、鬼祭りのときに使うのは外見だけそっくりのレプリカだし。このデートは、小学校のとき以来見ていなかった大太刀を見る、逃がせないチャンスだった。

 私は別に、刀剣女子とかいうのじゃない。私はただ、純粋にこの大太刀が好きなだけだ。小さい頃から地域の鬼の話を耳に胼胝ができるほど聞かされたからというのもあるだろうけど、小学校の授業の一環で見たとき、どうしてかわからないけど強く衝撃を受けたことも大きいと思う。雷鳴に打たれたような、なんて表現が小説とかであるけど、そんな感じ。女の子なのにって笑われるのがオチだから里彩と優希にも言ったことはないけれど、このデートがなくても、そのうちにこの大太刀を見に行く予定だった。


 鬼なんて現実にはいないし、この刀は実戦じゃなく神社に奉納するために打たれたもののはずだ。けれど私の頭の中では、巷のお面なんかよりも怖い顔をした、大きくて強い赤鬼がこの大太刀を振るっている。人、あるいは人ではないものに向けて。そんな固定観念を女子高生にも植えつけるのだから、視覚効果ってすごい。

 実際にこの大太刀で演武とかしたら、迫力あるだろうなあ。背が高くてかっこいい、そう、伊月先輩みたいな人が、和風の衣装を着て豪快に振り回したりしていたらさ。……うわ、想像するだけでかっこいい。どこの漫画かゲームの登場人物だよ。

 そんな馬鹿なことも考えたりしつつ、一体どれほど大太刀を見つめていただろうか。そろそろ他の品を見ようと、私は一つ息をついて何気なく振り返った。

 ――――のだけど。


「っ」


 私はあやうく声をあげそうになった。ばっと振り返った先に、紺色のシャツが見えたのだ。少し目線を上げれば、片手を胸のあたりまで上げ、目を丸くした伊月先輩が立っている。


「す、すみません」


 その言葉と共に私は思わず後ずさりし――――――――

 ごんっ


「~~~っ」

「大丈夫? 賀茂かもさん。驚かせてごめん。声をかけようとしたんだけど……」

「い、いえ、私こそ……」


 後頭部に手を当てる私の頭上から謝る伊月先輩に、私も頭を抱えたまま謝った。簪がじゃらりと音をたてて揺れ、まるで呆れているみたい。

 他にも来館者はいるのに、これだ。穴があったら入りたいとはまさにこのこと。今すぐこの場から逃げたい。何やっているの私!

 けれど逃亡することなどできるわけもなく、私たちのあいだに気まずい空気が流れる。伊月先輩の視線を感じ、私は彼を見ることができなかった。ああ、絶対呆れられている……。

 落ち込んでいると、伊月先輩はわざとらしく私に話を振ってきた。


「賀茂さん。この大太刀が、赤鬼が使ってたっていう刀?」

「あ、はい。二匹の鬼が忠憲の従者になった後で、神社に奉納したんだそうです。伝説ですけど」


 調子を合わせて私が説明すると、うん、と伊月先輩は頷いた。


「伝説のほうは本で読んだよ。村から離れたところで忠憲が死んでから、鬼たちは当時村だったこの地区へ戻って、神社に使っていた大太刀を寄進したんだよね。で、自分たちは山に帰ったとか」

「はい。だから高齢の……特に農家の人の中には、今でも鬼が山に住んでる、悪い子をさらって食べるんだぞって、小さい子を怖がらせる人もいるんですよ。実際、鬼祭りの仮装行列のときは鬼役の人が山のほうから登場しますから、余計に本当っぽく聞こえるんですよね。節分のときも、鬼役の人が神社に来た子を脅かしますし」


 そして神社は小さい子たちの泣き声で大変なことになり、幼心に鬼への恐怖が植えつけられるのだ。この地区では毎年恒例の、子供にとってはちっとも微笑ましくない節分の風景である。なまはげやヨーロッパのクランプスとかいうなまはげもどきに私が親近感を感じるのは、絶対に節分の記憶のせいだと思う。

 伊月先輩は苦笑した。


「あー……それなら賀茂さん、橋から落ちたときはもしかしなくても、『鬼が来る』とか思ったりした?」

「あはは……悪いことした覚えないですから、怖がる必要はないんですけどね」


 ずばりと言い当てられ、少し恥ずかしくて私はごまかし笑いをした。

 鬼より人間のほうがよっぽど怖いと、この歳にもなればわかっているんだけどなあ。あのときはまったく違和感なかったけど、改めて考えてみると、完璧にこの地区の人間の発想だよね。それだけ、おじいちゃんとおばあちゃんの躾が行き届いているってことか。あはは。


「……この地区は本当に、今でも鬼の村なんだね」


 感慨深そうに伊月先輩は何度も頷くと、改めて大太刀を見下ろした。

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