第5話 祭りの夜・二
舞台が終わり、参道へ戻ると、参道は舞台の前よりも人であふれていた。
そんな中でめいめいがあちこちを見回したり、出店へ足を向けるのだから何も起こらないはずがない。
六人ほどが列を成しているカレー屋から戻ってみると、
「里彩、優希?」
いない。くるくると首を回してみたけど、Tシャツにショートパンツ姿の里彩と、紫の花が咲く黒地の浴衣姿の優希は見当たらなかった。行き交う人が多くて、見分けがつかない。
一体どこへ行ったのだろうか、あの二人は。この辺りに砂糖菓子の店はないし、雑貨の店もない。二人でトイレというのもないだろう。よっぽど気になるものを見つけない限り、私に何も言わず、ここを離れるとは思えないけど。
やっぱり離れなきゃよかった。でも、カレーのあの匂いを嗅いだ途端、お盆くらいに見た某テレビ番組の企画を思い出して、どうしてもカレーを食べたくなってしまったんだもの。いやだって、あれ、どれもどこかのお店のメニューにありそうなくらい美味しそうだったし。あの自由で独創的なアイディア、同じ高校生とは思えない。
通りの隅でカレーを食べながら待ってみたけど、里彩と優希は私を見つけてくれないし、ケータイも音を鳴らさず震えもしない。誰も彼もが楽しそうな顔をして、私の前を行き交っていく。
「どこ行ったのよ里彩、優希~」
二人だけじゃなく知り合いの一人も見かけず、私は次第に心細くなってきた。同時に、二人の身も心配になる。このご時世、田舎だろうと物騒なんだもの。優希は可愛いし、里彩だって美人だし、この祭りには観光客が多く訪れている。ナンパで済まないかもしれない。
無機質な音が無駄に流れるケータイをそれでも耳に当て、私は人の波のどこかにいるだろう里彩と優希を探して歩く。小路にも足を向けてみるが、やはり見当たらない。
その代わり、別の人が私の視界に一瞬映った。
前を向いて歩く、かっこいい横顔。
どきん、と胸が高鳴った。
「
思わず名前が口をついて出た。けれど声は聞こえていないのか、彼はすぐ視界から消えてしまう。
あれ、伊月先輩だよね。見えたのは一瞬だったけど、あんなにかっこいい人はそうそういないし。
悩む時間はほんの数拍。私はケータイを閉じて、早足で先輩を追った。
見失いそうになりながらもなんとか追いついて服の袖を掴むと、伊月先輩はさすがに気づいて振り返った。私を見下ろし、目を瞬かせる。
「
「あ、えと……こんばんは」
何を言っていいかわからず、とりあえず私はへらりと笑って挨拶する。こんばんは、と伊月先輩も笑い返してくれた。
……あれ?
「……先輩? 何かあったんですか?」
私はつい、眉をひそめて尋ねた。
だって、なんか違うのだ。いつもの先輩ならもっと爽やかなのに、今はすごく疲れているというか、もうどうしようもないなって思ってそうというか。ともかく、私が知っている先輩とは違う。
私の指摘に、伊月先輩は一瞬息を飲んだ。揺らした目を瞬かせると、気まずそうな苦笑を浮かべる。
「……まあ、ちょっとね。昼の用事のほうで色々あってね…………」
その、頬を掻く仕草、表情。やっぱり何かあったみたいだ。それも、あんまり良くない方向で。
でもこれ、理由を聞かないほうがいいやつっぽいよね……というより、教えてくれなさそう。そういうのをぺらぺら話す人じゃないし。考えなしにつっこんで聞いてしまったのを、私は後悔した。
気まずい。この気まずさをどうしよう。こういうときは――――――――
「あ、あの先輩! 私の友達、一緒に探してくれませんか!?」
「友達?」
面喰った顔で、伊月先輩が目を丸くした。
ああ私、何やってるの。こんなの話が全然違うし、気まずく思っているのがばればれじゃない。ああ私、何言っているんだろう。後悔してももう遅い。
が、幸か不幸か、伊月先輩は話に乗ってくれた。先輩にとっては渡りに船だったのかもしれない。
「そういや賀茂さん、友達と一緒に行くって言ってたけど……はぐれたの?」
「は、はい。さっきまで一緒だったんですけど、私がお店に行ってる間にいなくなってて。ケータイにもかけたんですけど……」
「この人ごみだからなあ……この地区であるのか知らないけど、ナンパする奴もいるかもしれないし……うん、じゃあ一緒に探すよ」
伊月先輩はそう、頷いてくれた。
「一度、はぐれた辺りに戻ってみよう。そこで見つからなかったら電話して、それでも繋がらなかったら探しに行くってことで」
「はい、ありがとうございます」
心強い味方を見つけたこと、何より伊月先輩の様子がいつもどおりになったことにほっとして、私は息をついた。さっきは自分の馬鹿さ加減に脱力しそうになったけど、これでよかったみたいだ。
「じゃあ、行こうか。人が多いから、手を繋いでおこう」
「っあ……」
微笑むや、伊月先輩はすっと私の手をとって歩きだした。今度もまた、私の答えを聞きもしない。私が歩きやすい速さで、人の波から庇うように半歩前から私の手を引いてくれる。
私は、頬が赤くなったのを感じた。
伊月先輩と手を繋ぐのは、一昨日だってしたばかりだ。でも好きな人と手を繋ぐのに、どきどきしないなんてありえない。触れあった部分から伊月先輩の手の温度とか感触とかそういうのが全部伝わってくるし、頬は熱いし、鼓動は胸に痛いほど。一応は首を巡らせ、里彩と優希を探してはいたけど、全然そっちに集中できない。落ち着くなんて、無理。
一体なんなのだろう、これは。一昨日に続いて、今夜も伊月先輩と思いがけず会うなんて。しかも二人きりで、手を繋いでいる。この神社に縁結びの御利益なんてないのに……私、どこかその手の神社にお参りしたっけ。
里彩と優希とはぐれてよかったかもなんて思っちゃったよ、私。ごめん、二人とも。
伊月先輩が私を見下ろした。
「で、賀茂さんの友達は、どんな格好してるの? 浴衣?」
「え、と……一人は、黒地に大きな紫の花がプリントされた浴衣を着てます。小柄で、可愛くて……もう一人は赤いTシャツとジーンズのショートパンツで、背が高めです」
「黒地の浴衣を着た小柄な女の子と、長身でTシャツの女の子、ね……」
呟き、伊月先輩は首を巡らせる。けれどこの人ごみだ、そんなありふれた格好の女の子二人が、簡単に見つかるものじゃない。沈黙が下りる。
沈黙すれば、手に意識が集まってしまう。私より大きくて、しっかりした手。私とは違う体温と肌触りの手。
それにさっきから、人の視線が気になって仕方ない。あはは、当然だよね。伊月先輩はかっこよくて、学校でも女子に人気だもの。百貨店で会ったときもそうだった。
ほら、今だって私より可愛かったり綺麗だったりする女の人たちが伊月先輩を見ている。里彩と優希を探すふりをしているから、余計に目につく。
私たちは今、どんなふうに見られているのかな。恋人同士? ……すみません、調子に乗りました。せいぜい兄妹だよね。手を繋いでいるけどさあ……ねえ? 恋人同士ならそれらしい空気っていうものが…………。
……気にしないほうがいいよね、うん。なんか悲しくなってきたし。せっかくのお祭りで、伊月先輩と一緒にいるんだし。お祭りを楽しもうよ、私。
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