第3話 聖夜(パーティー)


『シャールだ。シャールがこの病室のどこかにいる……あの声はシャールに間違いない!』


「ここだよ。陽子さんの右斜め後ろ。見えないかもしれないけど、ちゃんといるよ……ベイビー、今日は1秒だって君のそばから離れないぜ。時刻は午後2時。イベント開始の時間さ。アー・ユー・レディ? 準備はOKか~い?」


 陽気な声が室内に響き渡ると、にこやかな顔が上下逆さまの状態で私の顔を覗き込む。次の瞬間、黒いスーツに身を包んだシャールの姿が目に飛び込んできた。天井にもたれかかるように空中に浮かぶ姿が。


「今日12月24日は、なんてまことしやかに言われてる。2000年ぐらい前、救世主メシアとか呼ばれた男がいたけど、どうやら彼の影響らしいね。僕に言わせれば、あの男も他の人間とちょっぴり違っていただけなんだけど……ソーリー! 話が逸れちゃったよ。では、これから24時までの10時間、『奇跡を呼ぶイベント』を開催するよ。ミュージック・スタート!…………あれ?」


 指をパチンと鳴らしてバックバンドに演奏を指示するような仕草を見せるシャール。しかし、何も起きる様子はなく、おどけた表情で周りをキョロキョロと見回す。


「陽子さん、これから君のためにクリスマス・パーティーが開催される。お父さんとお母さんが病院に許可をもらったんだ。何てテンダーでソウトフルなご両親なんだい! 自慢じゃないけど、この3000年、僕はクリパを開いてもらったことなんか一度もないよ。まさに『羨ましい!』の一言さ。今日は業務上の特権でパーティーに便乗させてもらうよ。もうワクワク感が半端じゃないよ」


 シャールは、ヒップホップ系のダンスのようなトリッキーな動きをしながら、ひたすらしゃべり続ける。


「じゃあ、イベントのルールをおさらいしようか。これからこの病室に陽子さんを慕ってたくさんの人が訪れる。その中の誰かが僕の存在を認識することができればOK。単純だろう?  そんな人間が現れたら、君には『シャール賞』が贈られてベッドに縛られた状態からおさらばできる。事件に遭遇する前の敏腕美人検事『伴 陽子』の復活さ。これまでどおり、悪い奴らをビシビシ懲らしめてやってくれたまえ」


 説明が終わると、シャールは両手を左右に広げて足をクロスした状態で静止する。そして、にこやかな表情を浮かべて私に向かってウインクをする。ただ、その目は相変わらず笑っていない。穿うがった見方をすれば、私が置かれている状況を楽しんでいるようにも見える。


 これまでの私だったら、人の不幸を喜ぶような態度を見せる者はいかなる理由があろうと許すことはできなかっただろう。しかし、今は彼の態度を腹立たしいとは思わない。それは、この状況を「夢ではない」と確信したことで、何を重要視するかを自分なりに認識したから。


 ただ、シャールの言っていることに不安がないわけではない。そもそも、死神を自称する彼の姿を見ることができる人間などいるのだろうか。実際、父と母にはシャールが空中でダンスを踊る姿も見えていなければ、病室中に響き渡る、あの大きな声も聞こえていない。


「ザッツ・ライト! 陽子さんの判断は正しいよ。問題解決への最適化を図る、その柔軟な姿勢はさすがスーパー・エリート! ますます気に入ったよ。君はあの世へ連れて行くには惜しい存在だ。確かに、僕の姿が見える人間が現れるかどうかは微妙だ。でも、可能性はゼロじゃない。このイベントは、君の存在そのものが試される機会――君がこの世界で必要とされるのかどうかが試される機会なんだ。僕の期待に応えてくれることを祈ってるよ、そろそろ始まるよ。病院の面会時間は21時までだけどイベントの終了時間はあくまで『24時』。では、イベント・スタート! ハピネス・トゥ・ユー! 君に幸あれ」


 イベント開始の合図とともにシャールの姿が消える。と言っても、病室からいなくなったわけではない。あくまで私の視界の外に出ただけだ。彼の姿が見えなくなると、室内の風景が日常のそれに戻ったような気がする。


 クリスマスソングが流れる中、2つの顔が私の顔を覗き込む。


「気分はどう? 今日はね、クリスマスイヴだからパーティーを開こうと思うの。陽子ちゃんが親しくしている方にはできるだけ声をかけたつもりよ。狭い病室だから皆さんには順番に来てもらうことにしたの」


 母は、いつもののんびりした口調で優しい笑顔を見せる。


「パーティーを開くことについて病院に許可を取ろうとしたら、ほかの患者に迷惑だとかうるさいことを言われたよ。ただ、法の観点からパーティー開催の正当性を説明したら快く承諾してくれたがね。やはり真摯しんしな態度でお願いすれば人はわかってくれるものだ。今日は誰にも気兼ねなく楽しくやろうじゃないか」


 父は、いつもの毒舌交じりの口調で白い歯を見せて笑う。


 ただ、二人の笑顔にはどこか違和感が感じられた。笑顔の陰に、どこか疲れたような、覇気のない表情が見て取れたから。私がこんな身体になったことでショックが大きかったのだろう。そう思うと、何ともやりきれない気持ちになる。涙が出てもおかしくない状況であるが、今の私にはそれさえもままならない。


 以前、ある事件で2人の娘を同時に失った父親に話を聞く機会があった。「どんな状態でもいいから生きていて欲しかった」。涙ながらに訴える姿に胸が張り裂ける思いがした。ただ、今の私のような状態、つまり、大切な人の悲しみを感じ取ることができるのに何もすることができないのはとても辛い。中途半端に生かされた状態は、ある意味、死ぬよりも辛いのかもしれない。


 そうこうしているうちに、パーティーに招待された客が三々五々病室を訪れる。


 最初に姿を現したのは、私と同年代の従姉妹と叔父夫婦だった。にこやかな表情で私の顔を覗き込むと、ポインセチアの花束とディズニーキャラクターがサンタクロースに扮したぬいぐるみをプレゼントしてくれた。ポインセチアの花言葉が「祝福」ということで、私にも祝福があることを期待したが、残念ながら彼らにはシャールの存在を認識することはできなかった。


 次に現れたのは、私が司法試験に合格した後、司法修習生として苦楽をともにした同期。偶然ではあるが、来てくれた5人の男女は全員が検事の道に進んだ者ばかり。当然大阪高検の検事長を勤めた父のことは知っていて、恐縮した様子を見せていた。そんな彼らに対して父は深々とお辞儀をし、彼らがパーティーに来てくれたことについて心から感謝の意を示した。そのときの父は「鬼の検事長」と恐れられた人物とは別人だった。みんな、さぞかし驚いたことだろう。ただ、将来を嘱望される、優秀な者の中にもシャールの存在を認識できる者はいなかった。


 夕方になるとクリスマスらしい、華やかな衣装を身にまとった、大学時代の友人が来てくれた。当時親しくしていた4人の女性のうち既婚者と未婚者がちょうど半々。これからイヴの予定が入っているらしく、控えめながらその話で盛り上がった。彼女たちも私の枕元にいるであろうシャールの姿に気づくことはなかった。


 午後7時を過ぎた頃、休日出勤している同僚2人が仕事の合間を見て来てくれた。2人とも父の部下として働いた経験があり、ここへ来たのもどちらかと言えば父の手前といった感が強い。事務的な会話をして仕事に戻って行った彼らも、私が期待した結果をもたらしてくれる者ではなかった。


 訪れた人はみな笑顔を浮かべ、一日中、病室は明るい雰囲気に包まれていた。ただ、どの顔も父と母のそれと同じでどこか違和感が感じられた。


 いつの間にか夜のとばりが降り、窓の外の景色も黒い絵の具を流し込んだような真っ暗な世界へと変わっていた。ベッドの脇に置かれたクリスマスツリーのライトが私の横顔を赤や緑に染める。午後8時を過ぎると訪問者も途絶え、室内は私と父と母の3人だけ――いや、4人だけとなった。


「ベリー・ナイス・パーティー! 素晴らしいクリスマスじゃないか! 思わず感動したよ。『死神の目にも涙』ってやつだよ。君は美人で仕事ができるだけじゃなく人望も厚いんだね。やっぱり僕の目に狂いはなかった。イベントに君を参加させたのは正しい選択だったよ。今僕は『シャール賞』を贈りたくてうずうずしてる。でも、ルールはルールだからね。検事の君ならわかってくれるよね? 『超法規的措置』を取れない、僕の苦しい胸のうちを」


 この部屋の4人目の存在であるシャールは、開いた口から溜まったものを一気に吐き出す。ただ、それはどこか奥歯に物が挟まったような言いぶりだった。


 時計の針が午後8時30分を差す。

 面会時間が残り30分となったことで私は焦っていた。


 つづく

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