第1話 死神(デス)
★
瞳に真っ赤な天井が映る。
窓も扉もない小さな部屋。フローリングの床には2人掛けのソファと子供の背丈ぐらいのクリスマスツリー。壁は鮮やかな緑色で床は天井と同じ赤色。
見ず知らずの状況に置かれていることに戸惑いを隠せなかった。
『ここは……どこ? どうしてこんなところに?』
すると、間髪を容れず、背後から「声」が返ってくる。
「ハロー!ナイス・トゥ・ミーチュー! マイルームへようこそ!」
慌てて振り返ると壁際に声の主と
180センチはある細身の身体に上下黒色のスーツ。端正な顔立ちに
突然の出来事に私は口をぽかんと開けて目を丸くする。
「ソーリー! 驚かせてごめん。僕の名前はシャール。シャール・ソネット。仕事はDEATHです……あっ、シャレじゃないからね。『死神』と言った方がわかりやすいかな。見た目は若く見えるかもしれないけど、これでも3000年生きてるんだ。紀元前生まれってヤツだね。そうだ! 大事なこと言うのを忘れてた! 『キムタクに似てる』なんてよく言われるんだ……えっ? そんなこと聞いてない?」
目の前にいる男は自分のことを「死神」だと言った。そして、永遠に話が終わらないのではないかと思うぐらい
ただ、私は真顔で自分のことを死神などと言う
「人間に化けた悪魔を根絶やしにするよう神から啓示があったのだ!」
焦点の合っていない目つきでそんな言葉を発する連中がいる。ただ、そんな三文芝居に
★★
男の言葉を聞いた瞬間、頭の中を様々な思いが駆け巡る。
結果として、この状況を夢だと考えるのが理に適っていると思った。
私の最後の記憶が裁判所での公判を終えてオフィスに向かって歩いているシーンだったから。今自分が置かれている状況との接点が全く見出せなかったから。不謹慎ではあるが、日頃の疲れから資料の整理でもしているうちにパソコンの前で
「アンビリーバブル! この状況が信じられないのはわかるけど、僕の存在まで夢で片付けちゃうなんてひどいな。『夢で逢えたら』なんて響きはグッドだけど、寂しい限りだよ。じゃあ説明するけど、陽子さんは公判を終えて自分のオフィスに戻る途中でマイルームに立ち寄ったんだ……いや、僕が『連れてきた』と言った方が正しいかもね」
笑顔で淡々と話す、シャールという男。
まるで私の心の中を覗きながら話しているようだった。
「東京地方検察庁刑事部検事『
シャールは私が心に思い浮かべたことを全て把握していた。
『これが現実? そんなわけがない。死神なんているわけがない。それはフィクションの世界の存在。人の弱い心が生み出した空想の産物……何かトリックがある。そうよ! 絶対にそう!』
何度も首を横に振りながら、自分が見ているものを否定しようとした。すると、シャールはアメリカ人が困ったときに見せる、肩をすぼめて両手を左右に広げるポーズをとる。
「陽子さん、人間の中には、死神の仕事を『大きな
ゆっくり立ちあがると、シャールは自分の右手をモミの木の上に
「アンダースタン? 今モミの木の右半分は瀕死の状態さ。でも、枯れてしまったわけじゃない。まだ生命エネルギーがちょっぴり残っているからね。ただ、このまま放っておいたら枯れてしまう。さぁ、お立ち会い! ここで僕が生命エネルギーを『注入する』とどうなるか? 1度しかやらないからよく見ててね」
シャールは
『あっ!』
思わず大きな声が出た。茶褐色に変色していた右半分が見る見る間に緑色へと変わっていく。口を両手で押さえる私。
「信じてくれた? もし陽子さんが信じてくれるなら、ここに来てもらった理由を説明するけど」
死神の存在を100%信じたわけではない。現実主義者の私は相変わらず心のどこかで疑っている。ただ、目の前でシャールが見せた「生命を操作する
『信じるしかないみたいね。死神の存在を』
私が
「信じてくれて良かったよ。だって、陽子さんは『選ばれた存在』なんだから。確率から言えば、10年に1人ってところかな……あっ、ごめん! 僕の言っていることよくわからないよね? じゃあ、順を追って説明するよ」
足を組んで身体を少し私の方へ傾けると、シャールはゆっくりと話し始めた。
つづく
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