第36話 いざ次の街へ
「次はどこ行くの?」
「そうだな…あ。荷物置きっぱなしだった」
「宿?」
「ちょっと行ってくるわ」
宿に荷物を取りに行く。
昨日まで泊まっていた部屋に入るとシンがいた。
中年のおっさんがするような、腕を枕にして横になってやがる。
「やあ」
「またお前か」
とりあえず斬りかかってみる。
しかしある所で剣の動きが止まった。
やっぱ無理か。
力を抜くと剣はするりと動くようになる。
この隙を突いて再び斬りかかるが、結果は変わらなかった。
「相変わらず血の気の多い」
「顔を見るだけでムカつくからな。それで何の用だよ」
「少し、この世界の説明をしてあげようかと思って」
「何だよ今更」
「まあまあ。この世界の事が分からなくて少し不自由してるんじゃない?」
じゃあ元の世界に帰せって。
「とりあえず山の上にいた竜だけど」
「あれな。マホちゃんは概念生物とか言っていたけど」
「よく分からないんだろう?」
「あの説明で分かる方がおかしい」
そこでシンは笑った。
「確かに。あれはね、世界の調律者だ」
「調律者?」
「この世界を創造したのは俺だけど、この世界を動かしているのは彼らだ。いわゆる運営だね」
「ゲームみたいに言うなよ」
「せっかくだからゲームで例えようか。バグってあるだろ」
「あるな」
「じゃあこの世界のバグって何だろう」
この世界のバグ?
世界にバグなんてものがあるなんて信じたくもない。
「知るか」
「この世界を劇的に進める素質を持つ者以外。君の世界で言う所のモブだよ」
モブがバグ?
「彼らも素質を持つ者と同じ立場にいる。しかし彼らは残念な事に何も成さない。ただ消費をするばかりだ。ただ増え、消費をいたずらに増やす。それだと世界を進める存在が新たに生まれる前にこの世界は枯渇してしまう。何がって? 色々なモノがさ。調律者はそれを制御すると同時にモブの間引きをする。そして時にはモブをメインキャラクターにさえ格上げさせる。概念生物というのは結局そういうモノなのさ」
「納得は出来ないが、理解はした」
さっぱり理解出来ないけど、分かったふりでもして早く話を切り上げよう。
「でもよ、じゃあ何であの竜は生贄を逃してたんだ?」
間引かれるべき存在なんだろ?
「さっきも言っただろ? キャラの格上げだ。君はスローンと戦い、魔法を学び、テラと出会い、そして今ここにいる。この流れを生むには彼らの存在が必要だった。それだけの事さ」
気持ちの良い話ではないな。
「そんな顔をするな。この世はなるようになっているのだ。役割とか意味とか、そんなものは後付けの設定に過ぎない。だからこの話はこの世界を説明するための方便とでも思ってほしい」
「どの道、納得できる話じゃない。いつか忘れてやるさ」
「と、そうは言っているが、君達は別だ。君達にはそれぞれ旅の目的を定めている。それを達成されないと旅は終われないからね」
「は?」
「とりあえずはこんな所だろう。元の世界に帰りたいのなら、早く俺の元に来る事だ」
そんな言葉を言い残してシンは消えてしまった。
いつも唐突に現れて、勝手に消えやがる。
「どの道、旅を進めてシンがいる場所まで行かないといけないのか」
どう攻撃しても倒せる気がしない。
つーか倒しちゃったら元の世界に帰れないんじゃね?
それだとあいつに協力的な方が良いのかな。
それはそれで癪だ。
「しかし、あの話、さっぱり分かんなかったな」
結局、どういう事?
宿を出ると、マホちゃんとカクさんが宿に向かって歩いてた。
「遅い。それでどこに行くのよ」
地図を取り出し、ツギノからグランシオまでの道のりを指で辿る。
「次はサラニって場所だな」
「美味しいものあるかな」
「それしかないのかよ。あ、そうそう。マホちゃんに節食してもらいます」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
マホちゃんはこれまでで一番のリアクションをした。
他にも驚く事なんか沢山あると思うんだけど。
「どうして?」
「俺達が食べる分がなくなるからでしょ」
「ウソでしょ…」
そんな愕然としたように言わないでよ。
流石に食べ過ぎだって自覚して。
今回の食料問題を思い出したのか、結局マホちゃんは不承不承頷いた。
「それじゃあ行くか」
村を出るために歩いていると、村人に盗賊団、更には騎士団がまるで俺達を見送るかのように集まっていた。
単純にさっきのまま解散していないだけの話なんだけど。
「行くのですか」
俺達に散々こき使われた村人がようやく行くのかというような嬉々とした晴れやかな表情で聞いてきた。
「もう何泊かしても良いんだけど」
「いえいえ! 旅をされているなら早く行くべきです」
こいつ。
いつか泣かすからな。
「お嬢ちゃん、食べ過ぎんなよ」
「うるさい!」
ホムラとかいう盗賊とマホちゃんがそんなやり取りをしている一方でカクさんはなぜかテラに絡まれていた。
旅を始めてからまだ多くの時間が流れている訳ではないが、こうして人と出会って、そして別れるのは何だか面白い。
きっと俺が元の世界でぐうたら過ごしているだけでは得られなかった経験だからだ。
それでも元の世界でごろごろしたいという気持ちが変わる事はないんだけど。
「おーい、行くぜ」
「大丈夫よ。私、成長期だもの」
マホちゃんが手を振りながらそんな言葉を残し、カクさんはテラと拳をぶつけ合って男らしい別れの挨拶をした。
次はどんな場所に行くのだろう。
おかしな事が起きなければ良いんだけど。
「あーあ、お腹すいた! スライムが食べたいな!」
本当にこればっかりだな。
溜息
「じゃあスライム狩りでもしながら次に行くか」
旅の再開はまだ見ぬ土地に想像を膨らませるよりもマホちゃんの腹を膨らませる方が先になりそうだった。
ゆるゆる冒険記 久遠マキコ @MAK1KO
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