第22話 長編小説を書くということ【3】

 とりあえず300~400枚、もしくはそれ以上、という分量の小説を書くとする。

 それには、それなりの気合いと覚悟が必要だ。

 とくに、わたくしどものように、とくに誰かの要請があるわけではなかったり、それを書くことによってなんらかの金銭的利益が発生することは望めない場合は。


 基本的に、人間は現世的な利益を求める生きものだ。

 カネであったり、有名になることであったり、人から評価されたり。


 創作や芸術活動において、そういうものを求めることは一般的に「不純」であるとされている。


 まあ、そうかもしれない。


 確かに、カネのためやら名声のためやら評価のためになにかをするなら、そのエネルギーを創作なんぞに向けるのではく、別のところでそれを実現すべきだと思う。


 あるいは「借金1200万から1億円の財を築く方法」みたな本を書くとか。

 (1200万円の借金を作って返し、1億円稼ぐ必要があるが)


 とまあインチキな自己啓発セミナーみたいな出だしで恐縮だが、とにかく長い作品を「書き上げる」というのは、いくらスキでやっていることとはいえ、多大な精神力やら根気やら忍耐強さが必要になってくる。


 そりゃまあ、書き始めるときの気合いのスゴさといえば、これをお読みの皆さんも充分ご理解いただけるだろう。

 やるぜ! 書いてやるぜ! ああ書くさ!

 300枚? ふざけんじゃねえ! 800枚くらい書いてやる!


 くらいのアッパーな気分は誰しも感じるところだと思われる。


 頭のなかはアイデアでいっぱいだ。

 それをはやく文字にしたくてウズウズ、ウキウキしている。

 『何かを書く!』と決めたときの、そして書き始めたときの、あのなんとも言えない根源的な楽しさ。


 釣り人なら水面に釣り糸を垂らしたときのような。

 野球好きならバッターボックスに立ったときのような。

 パチンコファンなら新台の前に座ったときのような。

 男子中学生なら深夜一人でPCを開いて「変態 動画」と検索するときのような。


 書き出すときの喜びがあるから、わたしたちは書くことを止められないのだろう。

 

 壮大な構想に基いて、言葉をもてあそぶ快感。

 頭のなかにあるプランを、ひとつずつかたちにしていく達成感。

 そしてなによりも自分が自分の思考をきちんとコントロールしているという実感。


 だからわたくしどもは一文の得にもならない小説を書くのだ、と思う。


 しかし、文芸賞やら文学賞やらコンテストには応募締め切りがある。

 

 期日までに書き上げなければならないのは当然だ。

 でも期日、というのは『当日消印有効』の日に、完全に出来上がった原稿を、送れる状態に仕上げておかないといけない。

 

 あえて『当日消印有効』の期日から遡って考えよう。

 

 その日の5時(まあ郵便局によるけれども)までに、原稿は封筒に入り、宛名を書いて、郵便局の窓口に提出されなければならない。


 ちなみに300枚以上の小説をプリントしたものなら、ゆうパックのほうがおトクなので、封筒に入れたままそのまま郵便局に行ったほうがいい。

(送り先をどこかにメモして…あと送り先の電話番号も控えておいたほうがいい)


 郵便局に持っていく前には、プリントアウトして、募集先の規定に沿って原稿を閉じなければならない。まあ今どき、綴じ方でハネられるようなことはないと思う。


 でも、300枚以上の原稿はホッチキスでは止まらないので、事前にクリップなどを買っておかねばならない。あとまあ、送付用の封筒とか、それを閉じるスティック糊とか。


 で、閉じる段階に来るまでの原稿は、ある程度、きっちりと読み直しと校正していたほうが、していないよりマシだと思う。

 とはいえ、いちいち初校を300枚プリントアウトして校正、直して再校をプリントアウトして校正、それを直してプリントアウトして……


となると、紙代もプリント代もバカにならないので、せめて郵便局に持っていく前には、パソコンの画面上でもいいので2~3回は見直ししたほうがいいと思う。


 原稿用紙に手書きの人は(まだいるなら)このへんがたいへんだろうな。

 修正やら推敲の段階では、一旦全文をパソコンに打ち込んだほうが楽だと思うよ。


 で、人の忙しさやら、優先順位というのは人それぞれだ。


 というわけで、文芸賞やら文学賞やらコンテストに作品を応募するためには、応募期日から遡って、自らの日常生活の混み具合やら段取りの良さ悪さから、ある程度の余裕を持たなければならない。


 ということは、文芸賞やら文学賞やらコンテストの応募期日に対する自分の作品フィニッシュの期日というのは、自分の仕事の速さやら段取りの良さによって変わってくるということだ。


 ふつうに働いている人なら、まあそれはちゃんと認識していることだと思う。


 でもまあ、文芸賞やら文学賞やらコンテストに応募するというのは、ふつうの日常業務と同じような段取りやら、期日に対する余裕を持った段取りが必要なのだ。



 とはいえ、実際の日々の生活を支えるための仕事で、


 「期日までに間に合いませんでした」


 という結果になった経験がある人は、それほど多くないと思う。


 わたしはあるが。

 でもまあ、実際の仕事では「期日までに間に合わない」と、自分が自分の仕事の能率と進行具合を冷静に見た結果、それならそうとクライアントにさっさと伝えてなんとか妥協案を探る、という手もある。

 ケツを割るのは、早ければ早いほどいい。

 早めに言えば、先方もそれなりに段取りを組みやすい。

 だから、許してもらえる(喜ばれはしないが)


 しかし、文芸賞やら文学賞やらコンテストの期日は絶対だ。

 言い訳をする窓口もないのだ。


 と、エラソーだが今回はこれまで。


 



 

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