第18話 リアルとリアリティ

「昔は」奴は言った。「作家の人生の方が、書いているものより面白かった。いまじゃ人生も書いたもの、どっちもつまらん」


~チャールズ・ブコウスキー 『パルプ』より、セリーヌの台詞



 いま、おもしろい人生を生きている人はさいわいである。

 晩年になってから、自分のことをたくさん書けば物語になるのだから。

 

 とはいえ、自分で自分の人生を生きて、自分がその人生のことを「おもしろい」と思っていたとしても、それをそのまま書いたものが他人にとって「おもしろい」ものかどうか、ということに関しては、ある程度の客観性を持たねばならない。


 たとえば上に挙げたチャールズ・ブコウスキーはわたしの大好きなアメリカの作家だが、この作家の長編小説や短編小説のほとんどは、自分の人生を面白おかしく描いたものだ。酒を飲んでグータラして、ファックして、詩を書く。そればっか。

 いや、ホントはどうなのかわからない。

 彼の死後、彼の伝記を読んだが、かなり自分の人生については「盛って」いるところが多いらしい。たとえば、おっそろしい無頼漢に見せて、ものすごい貯金ぐせがあった、とか。酒のせいでセックスはてんでダメだった、とか。

 まあそりゃそうだ。


 しかしどうだろう。

 いくら物語を書くためとはいえ、これまで

「ああ、おれの人生っておもしろい物語だよなあ」

 と思ってきた人が、

「いやちょっと待てよ。他人から見て、おれの人生っておもしろいんだろうか?」

 と客観視するというのは、かなり勇気のあることだと思う。


 自分が送ってきた人生なのだから、それはすべて、少なくとも真実ではある。 

 しかし真実であっても、それが他人からみておもしろいのか、つまらないのか。


 これをじっくり考え抜いていくと、

「あああっ! よく考えてみるとおれの人生なんか平々凡々で退屈じゃねえか!」

 という、とんでもないところまで反省が及びかねない。


 まあ自分の人生にかぎらず、物語にとって「真実」は大切な素材だ。


 べつに「不肖、西田三郎~その44年の人生」みたいな自叙伝を書くつもりはないが(いったい誰がそんなことに興味を持つんだ)、現実の生活で起こった出来事や出会った人、友人から聞いた話などは、それがおもしろおかしければおもしろいほど、物語の素材となり、物語にリアリティをもたらす。


 てか考えてみてほしい。

 一から十まで作者が頭のなかでひねりだした出来事、登場人物で構成されている物語なんて、もう奇跡としか言いようがない。

 あ、たとえば「ヨハネの黙示録」とかはそうかもしれない。


 だから、現実におもしろい出来事があればそれを盛って盛って盛りまくって、楽しい話にして物語にどんどん取り込んでいくべきだと思う。

 おもしろい人に会えば、おもいろい話を友人から聞けば、その人や話のどこがおもしろいのかをじっくり考えて、真実からおもしろさを引き出すべきだと思う。


 ただまあ個人的な経験からいうと、なぜか、自分のおもしろい体験や人から聞かされたエピソードがそのまま物語の筋になったことはあまりない。

 これはあくまで個人的な事情なのかもしれない。


 わたしの書くものはほとんどがエロいものだ。


 で、自身はまあふつうの性生活を送っている。それほど個性的な性生活を送っているわけではない。また、物語のネタを求めて個性的な性生活へ道を開いていこうとは思わない(そんなことをすると社会生活が破綻する)。

 シャブ中患者の話を書くために一袋2万円からの出費をするようなものだ!


 さらに、他人から聞いたエロ話がそのまま物語になるか、というと、これはとんでもない。だいたい、そんなものをそのまま物語にするとプライバシーの侵害だ。

 いや、そんなこと気にしねえ! という鬼畜な人なら別だが。

 というかそもそも、他人から聞いたエロ話・エロ体験談というものは、そもそも自慢話やハッタリであることが多く、その場はウケてみせても、のちのち冷静になって考えると、ちっともおもしろくないことが多い。


 ただまあ、そのときに「おもしろい」と感じた話は、頭の隅においておくと、数週間、数ヶ月、数年の期間を経て、おもしろい物語の題材、あるいは要素として熟成されていくことがある。


 そうなれば、できあがる物語は一見して、事実とはまったく違うものになるので、プライバシー侵害や自分の罪の告白にはならない。

 

 まあ、プライバシーの侵害やら自分の罪の告白など、はっきり言ってつまらない。


 読まされるほうはどうかわからないが、書いているほうがそれで楽しいのか。


 わたしは楽しくない。

 

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