第11話 キャラクターとのつきあい
ところで小説を書いてる皆さん。
キャラクターの名前の付け方ってどうしてるだろうか。
わたしは非常に適当である。
男の場合は、新聞とか手元にある雑誌とかを徐ろに開いて、最初に目に飛び込んできた苗字を名前にする。
女の場合は……千晴、遥、裕子、薫……ちょっと古くさいが、なんとなく自分が好きなタイプの名前を使いまわしている。
というか、名前にはあんまり凝らない。
変な名前をつけると、なんかそれ以上の別の意味がつきそうで怖い。
ただ、キラキラネームはわざとつけるときがある。
楽しくない? キラキラネームって。
もう、名前によって人生を決定づけられた悲劇みたいなのが感じられて。
美鈴(みりん)とか名付けられた女の子がミリンの飲み過ぎでアル中になるとか。
美士康(びしゃす)とか名付けられた男の子が、なんとかクソ真面目に生きようとするけど、ヤク中の女に引っかかって結局名前のとおりの死を迎える、とか。
しかしまあ、キャラクターというのは、作品の要素というようりもむしろ、書き続けるにあたって非常に重要な存在だと思う。
まあ短編小説なら許せるが、書いてる人間自身がまったく感情移入できない人間なんかを主人公に、長編小説なんかを書ける人はマジで尊敬してしまう。
ドストエフスキーはラスコーリニコフに感情移入して書いてたのか?
書いてたのだろうなあ。だから「罪と罰」はあんなに長くなった。
じゃあ「地下室の手記」はどうだろう? あれはなんであんなに短いんだ?
太宰治は? 大庭葉蔵に感情移入していたのか?
どうなのだろう? 「人間失格」は太宰の人生のノンフィクションだというのが通説だが、わたしは個人的にどうもそんな感じがしない。
あれは自分のなかの、自分でもどうしても理解できない、どうしようもない部分を分析して、徹底的に突き放し、嘲笑(いわゆる“自嘲”ではない)して書いた作品のように思える。
「こういう奴って人間失格じゃね?」という太宰の露悪があるような気がする。
いやいや……そうじゃなかった。わたしが言いたかったのは、いわゆる、もっと気軽に読めるような娯楽作品の話だ。
たとえば、ミステリーやらSFやらホラーやらファンタジーやら、そういう小説はストーリーや舞台装置が勝負なので、あまりにも主人公がブッチギれた、理解不可能な人間だったら話が進まなくなってしまう、というような思い込みが、それらの小説を書く人にはあるように思えてならない。
たとえばわたしは数年前、ある有名な日本のミステリー小説を読み始めた。
主人公は女刑事で、バリバリの活躍をする。
物語は、彼女が勤務を終えて自宅マンションに帰ってくるところから始まる。
ドアを開けると、バラを模した芳香剤の香りが彼女を迎える。
「しょせん、ニセモノの香り、か……」
と女刑事はつぶやく。
わたしはどうも、これはウソくさいと思った。
その後も、彼女の同僚たちが次々と登場する。
ドラ声のおっさん鬼刑事。明るいだけが取り柄の若手刑事……。
わからないでもない。
ミステリーに大切なのは、おもしろいエピソードなのだから、登場人物まで際立って面白いと、なにか別のものになってしまう。
もちろん、主人公を際立って奇怪な性格にする手もある。
まあ、適当な例が思いつかないのでベタな例を挙げると、コナン・ドイルのあの探偵ものみたいに。しかし、主人公を奇っ怪な性格にすれば、それに振り回されたり、始終びっくりこかされたりする、マトモな人物……あの医者だ……が必要になる。
で、奇怪な性格の小説を、読者にわかりやすく伝えるためには、どうしてもマトモな人間の主眼で物語を進め無くてはならない。あの世界一有名な探偵小説でもそうだ。語り手は、いつもコケにされている医者の相棒である。
いやまあ、それでいいのかもしれない。
読者の理解を得るには、それしかないのかもしれない。
しかしだな。
長編小説を書くというのは数ヶ月とか、あるいは数年とか、その作品とつきあうということだ。その間、作者は、登場人物と付き合わねばならない。
退屈な、あたりまえの性格の主人公とそんなに長く付き合える人を、わたしはマジで尊敬する。
わたしにとってキャラクターというのは、謎だ。
そりゃまあ、「こういう感じの人間」というイメージはあるのだが、あまりにもそいつのことを理解しすぎていると(ナメすぎていると、と言ってもいい)、書き続けるのが苦痛になってくる。
「こんなもんでしょ?」というキャラクター造形をしている作品は、どーも退屈だと思う。
退屈な奴とは、長いこと付き合いたくない。
まして、自分が創りだしたのにそいつが退屈だなんて、それってつまり、自分が退屈な人間なのではないか、とさえ思えてくる。
まあ構わないけれども。
ジャンルに見合った、ステロタイプな登場人物の性格設定は、読むものを安心させるかもしれないが、それを描き続ける者にとって苦痛なのではないだろうか。
まあ、他人がどうなのかはあまり知らない。
でも、「読まれる」ために退屈なキャラクターと付き合っている人は、大変だなあ、と思う。
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