第3話 ウソを書いてはいけない。

 ちょっとわたしの、職業的ライターとしての矜持に関して、補足的に書いておかなければならないことがある。


 これは、ほんとうに、自分の文章をカネにしたい、と思っている人にとって、とても大切なことだと思うので書いておきたい。


 小説というものは基本的に「虚構」だ。

 あとまあ、「広告のコピーライター」であるわたしから聞かされると、


『この野郎、テメエ、腐りきったクソ売文屋のクセに何言ってんだ』


 と思われることは、わかっている。


 でも、完全な『虚構』である小説であろうとも、人に何か買わそう、人をその気にさそう、という意図に基づく広告のコピーライティングであろうと、『ウソ』を書いてはいけない。


 わたしがコピーライターとして仕事を始めたとき、上司だった男がいた。

 彼はいい歳こいて、ポール・ウェラーを信奉しており、髪型は前髪パッツン、ボトムの丈はやらたに短い。当時、『ちょいワル親父』というカテゴリーが幅を効かせており、彼はそれを気取っていたが、それどころではない。

 彼は本物の悪人だった。

 

 しかし、天才的なコピーライターだった。


 彼は、まだコピーライターとして駆け出しだったわたしに、こう言った。


『西田くん、俺らの仕事は……知りうる事実をかき集めて、その事実のなかから、クライアントにとって有益な情報を探すことやで。ゼロから文章をつくり出すんやない。事実から、有益な情報を抽出して、それを効果的に打ち出すことやで』


 わたしの目から、コンタクトレンズが落ちた。

 ついでに、鱗も落ちた。

 

 そうか。

 クライアントのために、少しでもイイ嘘をひねり出すのが、コピーライターの仕事だと思っていた。というか、広告業界というものは、いかに事実とはかけ離れた『嘘』を、それらしく提示して、押し切るものだと思っていた。


 その上司は事あるごとにわたしを恫喝し、最終的にはクビにしたが、彼が言った言葉は、いまでもわたしの「文章」に対する姿勢の基礎になっている。


 『ウソ』を書いてはいけない。

 

 これはその後のわたしにとって、文章を書くうえでのデッドラインとなっている。


 もちろん、コピーライターとしての仕事においても。

 だからわたしの仕事は、たまに『控えめすぎる』と言われることがある。

 でも、それを読む読者のために、誇張や虚位があってはならない。

 『ウソ』をつかない範囲で、ハナクソほどしかないクライアントの商品や企画に関して、死力を尽くして『評価できる部分』を見つけ出し、表現する。


 これが、職業的コピーライターに求められる素質である。


 これは、いわゆる『批評家』にはできないことだ。


 文章を書いて、それを不特定多数に発表するということは、つまり、にわかの安い『批評家』どもの前に、自分で全裸になって、亀甲縛りにして、『ああもう、好きにしてください』と、自らを投げ出すようなものだ。


 さいわい、わたしは職業ライターなので、自分が仕事で書いた文章で、そこまでのリスクをおかす必要はない。


 でも人は、『創作』の形式の文章を発表することで、自ら好んで全裸で十字架に打ち付けられる。 

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