第三話 彼が居れば百人力! 居れば、な!!


 聞き慣れない名前に、オリガとメノウが首を傾げた。はて、そんな魔族が居ただろうか。


「ああ、お二人はまだお会いしていませんでしたね。アルバート殿は、魔王軍において騎兵と弓兵を率いる将軍閣下です。凄くお強くて、聡明で、格好良い御方なんですよ!」


 誰よりも先に、リインがオリガ達に言った。そうそう、そういえばそんな人が居た。山籠もりをしているとかで、未だに会ったことはないけれど。


「確かに、アルバート殿は実力に関しては申し分ない。あの方が居れば、どんな戦でも負ける筈がない。……居れば、だが」

「アルバート様自身もお強いけれど、将軍さまが居るだけで士気が上がるのよねー……居れば、だけど」

「その言い方、逆に無能だって言っているようにしか聞こえないんだけど?」

「お、お二人とも! ご本人が居ないからって、アルバート殿に失礼ですよ!」


 サギリとシェーラが、フォローしているのか貶しているのかよくわからないことを言った。とりあえず、実力が高く信頼できる存在のようだ。ただ、不在なのでその有能な能力は全く役に立たない。

 ……と言うか、何でリインが焦っているのだろう。


「一応、アルからは今日にも城に戻ってくると連絡があったが……この状況では難しそうだな。仕方がない、今回は我々で何とか対応を……ぐっ、げほっ」

「あら、魔王さま大丈夫?」

「ん、何でもない。少し噎せただけだ」


 不意に、ジルが軽く咳き込む。口元を手で覆うように隠して、咳をするだけでも麗しいのだが。

 うん、我慢の限界だ。


「ジル、あんたもしかして風邪でも引いた?」

「うっ、いや……そんなことは無い……と、思う。多分……」


 オリガの言葉が核心を突いたのか、ジルがぎくりと表情を引きつらせた。やはり、先程から感じていた違和感はこれだったか。

 今日のジルは、どうにも様子がおかしい。いつもは眠そうだが、今は怠そうである。声も、若干掠れている気がする。


「ええ!? 本当ですか、陛下!? ううむ、そういえば昨日も変な咳をしていたような」

「う、それは……」

「凄い、サギリ様でも気が付かなかったのに。流石、オリガ殿です!」

「ふふん、これこそ愛の力ってやつよ!」

「若干ストーカーっぽくて気持ち悪いけれど」

「もー! 陛下、体調を崩されたのでしたら早く言ってくださいよー!! それなら特製の風邪薬を用意出来たのにー」

「……少し喉が痛むだけだ、問題はない。だから、シェーラの薬は要らない。それに、この程度の風邪で暢気に休んでいる場合ではないだろう?」


 普段ならば、絶対に口にしないであろう台詞を言い放つジル。どうしよう、思っている以上に具合が悪いのかもしれない。

 でも、今は彼の言う通りだ。


「今はこの城、そして城下の者達の安全を確保すること。そして、ドラゴン達をさっさと退けること。この二点を最優先事項とする」

「……わかりました。ですが陛下、絶対に無理はしないでくださいね。シェーラ、用意出来るもので構わない。後で陛下に何か薬を、出来ることならとびきり苦いものを」

「はい、もちろんですぅー」

「うう、苦いものは嫌いなのに」


 むすっと、ジルが不貞腐れる。何だよ、可愛いな!


「まあ良い。気を取り直して……まずは皆の安全を確保する。サギリ、お前は街に行って避難の指示を。以降、ドラゴン達が姿を消すまで城下街はお前に託す」

「わかりました!」

「リイン、それまで防御魔法を。だが、そこまで強力にしなくていい。ドラゴン達が諦めて、他に行ってしまっては元も子もないからな。建物や敷地内に多少の被害が出てしまっても構わない、出来るだけ引き付けろ」

「はい、了解です!」

「シェーラは怪我人を収容する場所の確保と準備を。やり方は任せる」

「はーい、任されましたー」

「それから、二人にも頼みたいのだが」

「ふふっ、何でも言って?」

「ドラゴンなんかギッタギタにしてあげるんだから!」


 無駄がないジルの采配に、自然とオリガ達の士気が高まる。流石、魔王。何なら、初めて彼が魔王らしいところを見た気がする。

 ううむ、惚れ直す。


「ふふっ、頼もしいな。それではまず、メノウ。お前には、弓兵の指揮を頼みたい」

「え、指揮をとるの? ワタシが?」

「ああ。将軍が不在である故、戦場における指揮は私が直接とる。だが、今回は防衛戦だ。何があっても、臨機応変に対応できるようにしたい。それなら、遠距離での戦闘に慣れているお前に任せたい。それに……お前が持っている、その銃という武器だが。既にドワーフ達が試しにいくつか作ってみたらしい。使えるようなら、好きにして欲しい」

「あらぁ! それ、サイコーじゃない!? たっくさん気持ち良くなれそうねぇ? ワタシが提案したも作ってくれたのかしらん」


 銃、と聞いた途端にメノウの双眸が恍惚に揺れる。その変貌ぶりには、オリガ以外の魔族全員が引いていた。

 だが、そんなことよりも。


「ねえ、ジル! あたしは? あたしは?」


 きらきらと、目を輝かせながらジルの前にある机に飛びつく。メノウは思いもよらぬ大役を与えられた。それなら、勇者である自分にだって!


「あ、ああ……オリガには、私の指揮下で動いて貰う」

「ジルの、下で、動くですって……! 後ろから、それとも前から?」

「おいコラ、そこの変態勇者。無理矢理卑猥な空気を出すな」

「城内や城下の者達を避難させた後、この城の防御魔法を最低限までわざと弱める。すぐにドラゴン達は総攻撃を仕掛けて来るだろうから、魔王城の広範囲が戦場になると予想される。だから、私とお前とで手分けをしたくてな。私は北と東側を、お前は南と西側を。何かあったら、お互いすぐに助けが呼べるだろう? 兵も半分貸してやる」

「お、おお……! それ、良いかも!」


 一瞬妙な厭らしさを察知して鼻血の気配を感じたが。要するに、護る陣地を半分ずつ分担するということだ。戦力も半分ずつ、均等に。

 つまり、オリガの頑張りによって結果が大きく変わってくる。流石にジルには敵わないだろうが……いやいや、そんな弱気では駄目だ。


 同じ条件で、ジルよりも戦果を上げる。そうすれば、ジルにもっと近づける!


「ふっ、ふひひひ……! やってやる、あたしはやるぞー!!」

「頼りにしていますよ、オリガ殿!」

「しかし、陛下の作戦では勇者とメノウに指揮をさせるということですよね? 人間の指示に、皆は素直に従ってくれるでしょうか」

「その点に関しては心配ない」

「皆、オリガちゃん達には色々と感謝してるのよー? 色々雑用を手伝ってくれたりー、大火傷を負ってまで魔族を助けてくれたりしたから。きっと皆、力を貸してくれるわよー」

「オリガに大火傷を負わせたのはそこの悪魔な将軍さまだけれど……信頼されてるなら、頑張らないとね。勇者さま?」

「うん、あたしに任せなさい!」


 どん、と胸を拳で叩く。ジルに認められたいのもそうだが、お世話になった皆に恩返しがしたい。


「作戦開始は正午だ。各自、それまでに準備を十分に整えておくように」


 ジルの言葉に、全員が力強く頷いた。よし、頑張るぞ。オリガは拳を固く握り締めて、そう心に誓った。

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