【四章】

これは、もしかして女子がヒイヒイ言っちゃう恋愛イベントってやつですか!?

第一話 緊急事態発生、してるんだけど……?


「えー……現在、うぷ……魔王城上空を大量の、えー……トカゲ、じゃない……ドラゴンが覆っている……状況、です。様子から見るに、敵国からの攻撃というよりは……あー……」

「……サギリ、大丈夫か? 私が一発、闘魂でも注入してやろうか?」

「うおえっ……いえ、大丈夫です。今、陛下に打たれたら注入されるどころか色々出ちゃいます」


 褐色の肌をこれでもかと青ざめさせながら、サギリが言った。普段は寝ぼけているジルをサギリが殴ったり魔法をぶっ放したりして叩き起こすのだが。今日は珍しく立場が全く逆のようだった。

 そして、えずいて気持ち悪そうにしているのはサギリだけではない。


「うう、頭が……頭が割れそうです」

「……うっぷ、きもちわるっ」

「ちょっと二人とも、大丈夫? 特にメノウ、なんか顔面が肉まんみたいになってるけど」

「それ、女性には言ってはダメな呪文よ、オリガ」

「うう、不覚です……まさか、二日酔いになるだなんて」


 魔王ジルの前だというのに、しゃがみ込んで吐き気を堪えるメノウ。何とか立っているものの、顔面を覆って呻き続けるリイン。ここが見張り番や使用人が居る玉座の間ではなく、昨日と同じジルの執務室だったから良いものを。


「やれやれ。しっかりしてくれ、お前達。今は結構な緊急事態なんだぞ?」

「そ、そうよ! あんた達には見えてないの? もの凄い数のドラゴンが空を飛び交ってるんだからっ」


 オリガが窓に飛びついて、黒々とした空を必死に指さす。若干肌は引きつり、うっすらと痣は残っているものの火傷はすっかり良くなっていた。

 だからこそ、三人の醜態をこれでもかと責め立てられる。ていうか、責め立てるくらいでしかオリガの不満を晴らす術が無い。

 なぜなら、この三人。ただの体調不良ではない。


「人が火傷で苦しんでたのに、夜通しで宴会なんてやってたからだよ! 帰って来ないと思ってたら、まさかあたしを放置してご馳走三昧だっただなんて!!」

「うう、申し訳ありません……」

「しかも、お酒をがぶ飲みしてたなんて!」

「ごめんごめん、魔界のお酒って美味しくてさ。止まらなかったわけよ」

「……私には飲みすぎるなと口酸っぱく言っているくせに、自分はこの有様か」

「うぐぅ……面目有りません」


 リインにメノウ、そしてサギリが揃って謝罪と共に酒臭い息を吐き出す。先程知ったことだが、魔王城では日々勤勉に役目を果たす使用人や兵士達を労うべく定期的に宴を催しているらしい。それが、昨夜のこと。

 夕食に向かったメノウ達と、それをジルの代わりに仕切っていたサギリは夜通し飲み明かし、今に至っているのだと言う。

 ちなみに、ジルも宴には参加していたらしいのだが。大火傷を負ったオリガのことが心配になって、早々に抜けてオリガの元にやって来たのだという。何それ、萌える!


「まあ、そのお陰であたしはジルと……んっふふふ」

「え? なに、オリガ。今何か言った?」

「何でもなーい」


 真っ赤に血走った目で見上げてくるメノウに、オリガはニンマリと笑うだけ。メノウにも教えてあげない、ジルと一夜を過ごしたことは独り占めしたい秘密なのだ。

 特に色っぽい展開にならなかったのが残念だ。ジルが全身ミイラ状態の女に手を出すような性癖じゃないことがわかったのは収穫だったけれど。オリガが若干口惜しく思っていると、執務室に控え目なノック音が転がり扉が開いた。


「ごめんなさーい、遅くなりましたぁ。調合に少し手間取っちゃってー」


 聞こえてきたのは、いつも通りの間延びした声。オリガが振り返ると、シェーラが銀色のお盆を両手で持って部屋へと入ってきた。

 お盆の上には、何やら怪しい液体を並々と湛えたコップが三つ。


「……ねえ、シェーラ。アンタも、昨日はワタシ達とずっと一緒に飲んでいたわよねぇ?」

「むしろ、シェーラが一番飲んでいた筈だが」

「そうだったかしらー? えへへ、昨日は楽しかったですよねー。お酒もお料理も美味しかった!」


 酔っ払い三人の生温い視線を受けながらも、シェーラはにこにこと笑顔のまま。宴に参加した者の中で、彼女だけは普段通りのままだ。

 あれか、ザルってやつか。


「あの、シェーラ。その、お盆の上にあるのは何ですか?」

「ふっふっふー、良く聞いてくれましたリインちゃん。これはー、シェーラ特製の栄養ドリンクでーす! 二日酔いに効く薬草と、体力や魔力を回復させる果物とー、あとは口に出すことさえためらう、けれども栄養素だけは優れているあれこれを全部入れてみましたー。味と喉越しを犠牲にした分、効果は絶大ですよー」


 さあ、どうぞ! そう言って、シェーラがお盆を酔っ払い三人の前にずいっと差し出す。今にもコップから零れんばかりの液体――否、見ようによっては固体と言って良いかもしれない――は青みがかった灰色で、離れた場所に居るオリガの元にまで何とも言えない臭いが漂ってくる。


「わー、すごーい。なんか、凄いとしか言いようの無い代物が来たんだけど」

「……シェーラ、これは……味見をしたりしたか?」

「えー? わたしは全然気持ち悪くないのでー。それにー、良薬は口に苦しって言うじゃないですか」

「苦いだけでは済まないようですが……」


 三人が更に顔色を悪くしつつも、シェーラから薬の入ったコップを受け取る。でも、揃いも揃って口を付ける勇気は出ないらしい。


「ささ、お三方。ぐいっと、ぐいーっと一気飲みでいっちゃってください」

「ぐいっと? これを? 喉が詰まって死ねる気がするのだけれど」

「……シェーラの薬は、効果だけは折り紙付きだからな」

「さっさと飲んじゃいなさいよー! 緊急事態なんだからっ!」

「あー! もう、腹を括るぞ、お前達!!」


 せーの! という掛け声と共に、三人が手に持った薬を一気に飲み干した。その表情は苦痛を通り越して、無の境地に達しているよう。


「…………」

「ど、どんな味だったんだろう?」

「さあ、私には想像も出来ないな」

「あら、オリガちゃんと陛下も飲んでみますかー? まだ残ってるんですよー」

「いえ、結構です」

「遠慮しておこう」


 オリガとジルが、シェーラの申し出に揃って首を横に振る。おやおや? 一夜を過ごしたからか、今日は妙にジルと気が合う。

 ジルがあの薬を飲むと言ったら、オリガも迷わず飲み干したが。


「ああああああ!! ちくしょう、マズい!」

「これは、想像以上だわ……おねえさん、今夜は寝られないかも?」

「で、ですが……何とか体調と魔力は回復しましたね」


 サギリは髪を掻きむしり、メノウは悩まし気に身体をくねらせ、リインは深呼吸を繰り返す。味は壮絶だったようだが、確かに効果は抜群だったよう。

 顔面には血色が戻り、活力が漲っている。オリガにはわからないが、どうやら体力だけではなく魔力も回復しているらしい。


「それでは、改めて仕切り直します! 現在、魔王城上空に凄まじい数のドラゴンが飛び交っています! 数はおよそ一〇〇〇体! 詳細は現在調査中ですが、敵国からの攻撃というよりは野生の群れが新たな縄張りを探してやって来たものかと思われます!!」

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