第十二話 え、良いんですか!? 一か月ぶりの更新でこんなご褒美……良いんですか!? 駄目ですか、そうですか。


 あの日。


 大好きなおばあちゃんが死んでしまった日。オリガは泣いた。涙が枯れる程に泣いた。そのままいつの間にか眠ってしまったらしく、自分のベッドの中でおばあちゃんの夢を見た。

 いつも厳しかったけれど、温かい手。オリガが熱を出して魘されている時などは、いつも優しく頭を撫でてくれた。


「オリガ、大丈夫か? ……これでは、眠っているのか生きているのか……よくわからんな」

「うう……おばー……ちゃん?」


 不意に感じた、温かな手の感触。ぽんぽん、と額を撫でてくれる。記憶よりも随分大きくて、皴一つなく陶器のようにすべすべしているようだが。

 安心出来る優しい感触に、思わず息を吐く。


「……ふむ、私としたことが。年齢だけでなく、ついに性別まで超越してしまったか」


 戸惑うような声。それが一体誰のものか、今のオリガにはわからなかった。ただ、例えようの無い心地よさと、どうしようもない安堵感に思わず手を伸ばして。

 無意識に、その滑らかな感触を掴んでしまった。


「……うん? おい、オリガ」

「おばーちゃん……どこにも、行かないでよぉ……」


 話したいことが、たくさんある。やっと理想の相手が見つかったんだよ。だから話を聞いてよ。相談に乗ってよ。

 どこにも行かないように、掴んだ手が離れないように、力一杯握り締めて。


「痛い。オリガ、少し痛いぞ」

「おばーちゃん、おばーちゃん……」

「やれやれ、仕方無いな。げほ、げほっ……起こしてしまわないように、気をつけなければ」


 呆れたようなため息。うわごとのように愛しい人を呼びながら、オリガは三度目の眠りに落ちていった。





 そして、朝。オリガはとても爽快な気分で目を覚ました。包帯のせいで窓の景色どころか、目を開けることすら出来なかったが。静かな雰囲気から察するに、どうやら嵐は収まっているらしい。

 ホッとした安堵も、束の間。


「…………ん?」


 あれ? あたし、何か掴んでない? ぐるぐるに巻かれた包帯越しに、感触を確かめる。うん、やっぱり何か掴んでいる。何だろう?

 すべすべしていて、それでいて温かい。ずっと触っていたいくらいに心地が良いが、なぜか背徳感を感じる。綺麗に磨かれた美術品を素手で触っているような、そんな感覚。

 我慢出来ずに、オリガは寝返りをうって片手で目元の包帯を取り去る。昨夜の魘される程の激痛と発熱は何処へやら。シェーラの薬のおかげで、すっかり良くなったようだ。良かった良かった。

 ……良かった、けど。


「……えっ」


 包帯を解いた目が、確かにそれを見た。見てしまった。夢とか妄想とか、そんなチャチなものでは断じて無かった。

 もっと、恐ろしい……凄まじい美貌が目の前にあった。オリガに左手を握り締められながら、床に座り込みベッドに伏せるようにして。

 彼、魔王ジルがオリガの傍で眠っていた。


「んん……うー……」

「…………!?」


 言葉が出なかった。絹糸のような美しい銀髪に、雪のように白く透き通るような肌。睫毛は目元に影を落とす程に長く、頬がほんのり桃色に染まっている。

 軽く開けられた唇から、すやすやと穏やかな寝息が聞こえてくる。時折漏れ出る声が妙に色っぽい、というか。


「こ、これは……まさか、噂に聞くってやつね――」

『どこにミイラ状態の焼死体寸前な小娘に手を出す魔王が居るというのだ?』


 嘘のような多幸感も束の間。ジルの向こうにドロンと姿を見せた半透明マン。もとい、古の魔王シキ。

 ていうか、コイツ。五百年前の魔王のくせに、朝チュンに反応して出てきやがったのか。


「何よ、幽霊なら幽霊らしく出てくるのは夜中だけにしなさいよ! せっかくの時間が台無しじゃない!!」


 幽霊だからだろう。朝も早いというのに、相変わらず派手な装いで――しかし、前回の格好とは微妙に違う。魔力が無いというわりには、無駄なお洒落で力を消費しているようだ――見下してくるシキ。

 見た目は瓜二つなのに、どうしてこんなにも違うのか。


『自分の格好を見てから言えミイラ勇者。そんなことよりも、さっさとそこの馬鹿を叩き起こせ』


 ふん、と鼻を鳴らすシキ。何だよ、コイツ。何様だよ。


「はあ? 何でよ。今、ジルの有り難い寝顔を拝んでるんだから、邪魔しないでよねっ!」

『昨日の小心者っぷりはどこに居ったんだ、全く。相変わらず喧しい娘だ。良いから、早くジルを起こせ。さもなくば、とんでもないことが起きてしまうぞ』

「相変わらずなのはそっちでしょうが! アンタはいっつも意味ありげなことばっかり――」


 その時だった。何の前触れもなく、床が大きく揺れる。否、世界全体が揺れている。そんな印象を受けた。


「う、うわ!? ななな、何! 地震!?」

「……ふわ、んー……騒がしいな。む、オリガ……起きたようだな。おはよう」


 揺れはすぐに収まった。流石のジルも目を覚ましたのか、ふわふわと欠伸をしながら紅い双眸がオリガを見つめる。

 とろんと溶けかけた瞳は可愛いしかない。


「お、おお……おはよう」

「良かった、もう良くなったようだな。もう少し経てば、痕も残らず綺麗に治るだろう」

『というか、この馬鹿は俺様達が傍で騒いでいたというのに全く気が付かずに寝ていやがったのか? 平和ボケにも程があるぞ』

「外野、黙れ」

「ふう、眠い。うーん、それにしても……先程の何だか揺れたようだが一体……ッ、この感じはまさか」


 甘い雰囲気――一方的に甘くなっていた、とも言う――も一変。まるで人が変わったかのようにジルが立ち上がり、窓へと駆け寄る。


『全く、やっと気がついたのか。これだけの数の魔力が集まって来ているというのに』

「え、え? どういうこと?」

「……マズいことになったぞ、オリガ。窓の外を見てみろ」


 ジルに促されるままに、ベッドから降りてジルの隣へと寄る。そして、見てしまった。


「な、何……あれ?」

「先程の揺れは、あれが原因だ。地震に似ているが、違う。巨大な魔力の大群がこの辺りに押し寄せて来た為に、大気ごと揺れたんだ」

「えーっと……つまり。今の揺れの原因は、あれってこと?」


 オリガが空を指し示す。昨日の嵐の名残か、雨や雪は降っていないものの、分厚い雲が空一面を覆い隠している。

 そして、雲さえも覆うような黒い大群。自由に空を羽ばたく巨大な翼に、鳥とは比べ物にならないくらいに狂暴な鳴き声が轟いている。

 魔界に来て、今日で四日目。そんなオリガにも、それの正体くらいは知っている。


 それなのに、幽霊シキが余計でしかないことを口にする。


『天災の次は、竜災とはな。言っておくが、勇者よ。竜をその辺りの魔物と同等と考えていると、死ぬぞ?』


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