第十一話 勇者は死なない、何度でも蘇るさ!



 オリガが気がついた時には、何も見えなかった。なんていうか、お先真っ暗っていうか方向性を見失ったとか、そういう意味ではなく。

 物理的に、目を塞がれてしまっている。


「あ、オリガちゃん! 起きた……の、かなー?」

「ねえ、シェーラ。これじゃあ、オリガが起きたのか死んだのかわからなくない?」

「そ、そこは雰囲気で察知しましょう!」


 声が聞こえる。女子三人分、聞こえた順からシェーラ、メノウ、そしてリインか。シェーラとメノウが居るということは、ここは魔王城に間違いないだろう。

 しかし前回とは異なり、どうやら医務室ではなくオリガ達の部屋に運ばれたようだ。見えないけど、ベッドの感触とか空気でわかる。


「あの、さ……これ、あたし……どうなっちゃってるの?」


 なんていうか、身体が動かない。拘束とかされているわけじゃないのに、身体が凄まじく重い。あと、熱っぽいっていうか、ひりひりする。

 ああ、これは……あれですね。火傷ですね。それも、全身に。超広範囲。


「えっとー……多分自覚があると思うんだけど。結構酷い火傷、でね? あ、でも大丈夫! 火傷にとってもよく効くお薬を頭のてっぺんから口には出せない部分にまで丹念に塗りたくって包帯ぐるぐる巻きにしたからねー。今夜はちょっと辛いだろうけど、明日の朝には跡形もなく綺麗に治ってる筈よー?」

「んー、あんなにズル剥け状態だったのに一晩で良くなるなんて……凄いお薬があるのねぇ?」

「うん。火傷関係のお薬は特に力を入れて研究してるからねー。誰かさんがよく敵だろうと味方だろうと、気にせず焼き払っちゃうから」

「うう、反省します……」


 見えないけど、反省しているらしいリインの声。本当に悪気はないようだから、今回は許してあげよう。


「オリガちゃん。苦しいかもしれないけど、今日は絶対安静ね? 寝返りくらいなら良いけど、起き上がったり暴れたりしちゃ駄目よー」

「はぁい」


 子供相手に言い聞かせるような口調のシェーラに、オリガは力無く返事をした。それにしても、視界が閉ざされると他の五感が敏感になるという話は本当のようだ。

 こうして彼女達と話していても、外で雷鳴が轟いている様子が嫌でもわかってしまう。


「オリガ、何か食べられそう? あんまり大きく口を動かすと唇がベロンと剥がれちゃうから、あんまり固いものとかは食べさせてあげられないけど」

「ねえ、さっきから聞こえてくる言葉がグロいんだけど……あたしの気のせい?」


 ああ、もう何で自分ばかりがこんな目に。勇者なのに。だがジルはもちろん、リインも憎めないキャラなので許すしかない。

 これがメノウだったら復讐する。


「あー……そういえば、リイン。あの二人は、大丈夫だったの?」

「はい。オリガ殿のお陰でほとんど怪我も無く、現在はそれぞれの仕事に戻っていますよ」

「『勇者さん、ありがとうございましたー!』だって」


 リインが淀みなく答え、メノウが二人からの伝言をオリガに伝える。それは良かった。とりあえず、行方不明者を助けるという目的は達成出来たようだ。


 だが……オリガには一つ、どうしても気になることがある。


「ねえ……あたし、ぶっちゃけリインに付いて行く必要あったの――」

「それでは、自分も任務に戻ります。オリガ殿、今日は本当にありがとうございました。何かお困りの際は、このリインに遠慮なくお申し付け下さい」


 それでは、とリインの声が気配ごと遠ざかって行く。逃げやがった、とわかった時には既に彼女は部屋から立ち去って行ってしまった。

 くそう、こんな身体じゃなかったら部屋まで追いかけたのに。


「で、オリガ。夕食どうする?」

「何か食べたいのあったら、持ってくるわよー?」

「うーん……とりあえず、良いや」


 火傷のせいか、それとも天気のせいか。憂鬱な気分が胸を圧迫するようで、全くと言って良い程に食欲が無かった。


「……今、何か口に入れたら止め処なくリバースする気がする」

「この状態でリバースは流石に悲惨よ?」

「んー……じゃあ、せめて飲み物だけでも飲んだ方が良いかもー?」

「じゃあ、ワタシとシェーラがこれから夕飯に行ってくるから。オリガが食べられそうなもの、適当に見繕って持ってくるわね」

「ん、りょーかいでーす」


 言って、二人もまた部屋を後にした。一人残されたオリガは、静かになった空間の中で肺に溜まった空気をゆっくりと吐き出す。

 皆が居なくなって、雷鳴と雨音が更に大きく聞こえてくる。


「……そういえば。ジルは今、何してるのかな。ああー……きっと寝てますね、わかります」


 未来の嫁がミイラ状態になっているっていうのにー。などといういつもの調子はすっかりなりを潜めてしまったようで。ずっしりと重くなった身体は思うように動かず、何かをすることも出来ずに。

 いつの間にか、オリガの意識は再び泥のような眠りへと落ちていった――。



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