第七話 歴史は繰り返す、ってやつですねわかります




「はい、これでとりあえずは一段落ですね。お疲れ様でした、陛下。もう、いつもこうして居眠りなんかしないで頑張ってくれれば、毎日のお仕事もこんなに早く終わるのに」


 出来上がった書類束をトントンと整えて、サギリがジルに言った。やれやれと、これ見よがしな溜め息付きで。

 物凄く眠いのだが、家臣達が嵐の中を頑張って己の仕事に邁進しているのだ。いつもは力を――もちろん、適度に――抜いている分、こんな時くらいは起きて頑張らなければ。


「今回は本当に急激な変化でしたね? ううむ、まさか占いが外れるとは……。申し訳ありません、陛下。せめて前日からわかっていれば、ここまで対処が遅れることも無かったのですが」

「仕方がない。百発百中、など流石に難しいだろう」

「だとしても、今回は怠慢が過ぎます! 陛下は甘過ぎますよ、全く……とにかく、後で僕から厳重注意しておきますのでっ」


 ぷりぷりと怒るサギリに、ジルはそれ以上何も言えなかった。確かに、今回の嵐に対する処置が遅れたのは、事前の占いがものの見事に外れてしまったからだ。

 だが、魔界の天気は変わりやすい。占いの技術は日々進歩しているものの、完全に言い当てるのは難しいだろう。


「ううーん……昨日といい今日といい、勇者達の力を借りることになるとは。下心がもろ出しとはいえ、少し申し訳ないですね。報酬の方は奮発しないと」

「そうだな……ッ、げほっ、ごほ」

「陛下? どうしました、大丈夫ですか?」

「すまん、少し噎せた」


 不意に感じた喉の違和感に、ジルが軽く咳き込む。サギリが心配そうに見つめてくるも、すぐに姿勢を正して書類を小脇に抱えた。


「ふむ、そうですか。……状況としてはまだまだ油断出来ませんが、少し休憩しましょう。自室に戻られますか? それとも、こちらで?」

「ん、ここで良い」

「わかりました。お茶と甘いものでもお持ちましますので、しばらくお待ちください。くれぐれも、寝ないでくださいね」


 そう言い残して、足早にサギリが部屋を出て行った。しん、と静まり返る執務室に騒々しい雨音が満ちる。カーテンを閉め切っている筈なのに、時折空に稲妻の閃光が駆けるのがわかる。

 ジルは椅子から立ち上がり、カーテンをそっと捲って外を眺める。空が晴れるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。


「オリガ……様子がおかしかったようだが、大丈夫だろうか」


 眼下に広がる、漆黒の木々を眺める。今日は日の光が無い分、黒の森は更に不気味な雰囲気を放っている。ジルは憂鬱な森の中で遭難してしまったという者達と、探しに向かったリインとオリガを思う。

 リインは若いながらも既に悪魔の中では階級を得ており、実力はお墨付きだ。サギリを超える真面目な性格のせいか、たまに突っ走りすぎることもあるが。まあ、大丈夫だろう。

 問題はオリガだ。出会ってから昨日までは猪のような勢いだったにも関わらず、先程は不気味なくらいに大人しかった。


「…………」


 何だか、調子が狂う。無意識に銀髪をくるくると指に巻き付けていると、不意に机の上から間の抜けた口笛のような音が聴こえてきた。

 

「ん……?」


 振り返ると、机の端に置かれた水晶玉がちかちかと明滅していた。掌にすっぽりと収まるくらいの大きさだが、これはただのお洒落でスピリチュアルな置物などではない。


「むう……何だ、生きていたか」

『陛下、しっかり聞こえておりますぞ』


 勝手に殺さないで頂きたい! ジルの呟きが聞こえたのか、明滅を繰り返しながら水晶玉が喚く。いや、水晶玉が怒っているわけではない。

 これは、城の外に出ている者と連絡を取り合う為の媒介だ。ジルが扱う水晶玉は繋がれる者が決まっている。

 シェーラやサギリは城内に居るし、リインは城の外ではあるが目と鼻の先だ。ということは、水晶玉を通して声を飛ばしてくる者は名前を訊かなくてもおのずと特定される。


『サギリならまだしも、陛下にまでそんな風に言われてしもうては……儂は、儂は立ち直れませぬ……』

「ふふっ、冗談だ。久しぶりだな、アル」


 姿は見えないものの、慣れ親しんだ姿が浮かんでジルの表情が和らぐ。今の重臣達は皆若いものの、騎兵将軍を務める彼だけはジルよりも年上である。それも、先代魔王の頃から幼いジルの遊び相手兼ボディーガードを務めてくれていた。ゆえに、付き合いも一番長い。

 子供時代の我が儘に辛抱強く付き合ってくれた、何なら父親以上に親しい存在かもしれない。少々放浪癖があるものの、彼の気が済んだら必ず帰ってくると信用している為、ジルは彼を叱責したりしない。


「調子はどうだ? 声を聞く限りは元気そうだが」

『ははは! お陰様で元気一杯ですぞ。陛下は、どうですか? 皆は? 何か変わったことは御座いますか?』

「私も、皆も特に変わりは無いが……そうだ、アル。先日、人間界から勇者が城に来たぞ」

『そうですか、それはそれは何より……ゆ、勇者!? 勇者が来たんですか!?』

「ああ、一昨日な」

『何故、それをすぐに教えて下さらないのですか!! お怪我は、陛下……大丈夫ですか!?』

「先程も言ったではないか。大丈夫だ」


 勇者、と聞いた途端に焦りを露にする声。クスクスと笑いながら、ジルはこの数日間の出来事を簡単に説明した。

 こうして話をしていると、オリガ達がこの自分の前から現れた瞬間から今まで、どれだけ楽しかったかが実感出来る。


『ゆ、勇者が夜這い……やれやれ、これまた変な勇者が来たようですな。とりあえず、儂もすぐに帰還します』

「良いのか? オリガは無意味に魔族を傷付けるような勇者ではない。お前が気を揉む必要は無いと思うが」

『いえ、そもそも今日中に城へ帰る筈だったのですが、大雨と大雪で足止めを喰らってしまいまして……明日には城へ着くと思います』

「そうか。アルが居てくれると心強い、ありがとう」

『陛下、そこは有事の際に駆け付けられないことを叱るべきですぞ』

「ふむ、罰を用意しておいた方が良いのか?」


 まさかの叱らないことを叱られてしまい、ジルが肩を竦める。今では呼び方こそ『陛下』になったものの、主従というよりもまだまだ子供扱いされているような気がする。

 この関係は居心地が良いので、特に問題はないのだが。


『それにしても、勇者が魔王に恋をするだなんて……ここまで重なるとは、ただの偶然では片付けられない気もしますぞ』


 くくっ、と小さく笑う気配。水晶玉の向こうで、年齢よりも随分若く見える顔が子供のように笑っているのが容易に想像出来てしまう。


『正に、魔王シキ様とその奥方である勇者サルビア様。まるで、お二人の恋物語の再現のようですなぁ?』

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