第六話 将軍殿は片思い中のようです


 ※


「なる程、そのようなことが……」

「あはは。本当に、あの頃は馬鹿だったなぁって思うんだよねぇ」

「いえ、オリガ殿は素晴らしい御方だと自分は思います。いくら大好きな方の命がかかっているとはいえ、普通は命を賭けることなど出来ません。あなたは幼き頃から勇敢な方だったのですね」


 リインの心からの賛辞に、オリガは困ったように笑うしか出来なかった。ジルの執務室から逃げてきた後、どうにも様子がおかしいオリガが気にかかったらしく。

 会ったばかりではあるものの、リインは物凄く誠実な女性だ。それに聞き上手であるからか、ついつい過去のことまで話してしまっていた。

 幼い頃、おばあちゃんの病気を治す為に薬草を探しに嵐の中を駆けて山に入った。結局、目当ての薬草を見つけるどころか、遭難して死にかけただけ。

 勇敢ではなく、無謀だっただけだ。


「ですが、それならば尚更無理はなさらないで下さい。オリガ殿は、我々の大切なお客様なのです。もしものことがあったら――」

「大丈夫! もう子供じゃないんだから、いい加減に苦手なことでも克服していかなくちゃ。勇者なんだから……あと、ジルに少しでも良いところ見せて点数稼ぎしたいからねぇ?」


 意気込みを新たに、オリガは頭上に広がる忌々しい灰色の空を見上げる。本来ならば、今すぐにでも森のどこかで嵐に怯えているであろう行方不明者の捜索に行きたかったのだが。


「もうしばらくお待ちください、オリガ殿。先程も申しましたが、この嵐の中を闇雲に探すのは危険です。今、自分の使い魔を捜索に当たらせております。焦らず、慎重に行動しましょう」


 オリガのはやる気持ちを察して、リインが言った。雨風に打たれながら探すのはどう考えても得策ではない。体力は無駄に消耗する上、視界が悪い為に足元を踏み外せば自分達も遭難する恐れがある。

 先程も同じ説得をされた上に、既に経験者であるオリガは頷くしかない。


「……その使い魔っていうのは、行方不明者を運んできたりとかは出来ないの?」

「申し訳ありません。今、捜索にあたらせているのは視力と聴力に優れる小動物のようなものでして。人を運ぶ程の力はありません。もちろん、相応の力を持った召喚獣を呼ぶことも出来るのですが……この嵐では、何かと難しくて」


 苦虫を噛み潰したような表情で話すリインに、気にしないようにと首を振った。魔法どころか、魔力すら持っていないオリガには彼女の苦悩は想像すら出来ないわけで。

 とにかく、魔法でもそんな都合の良いようには出来ないのだそう。リインの使い魔とやらが行方不明者の居場所を見つけるまで、裏口の屋根の下で暇を持て余すしかなかった。


「……せめて、雨だけでも止まないかな」


 一体空は何に苛立っているのか。腹癒せにしか思えない勢いで雨粒を地面に投げ付けてくる曇天に向かって、やり場のない思いに溜め息を吐いた。


「ねえ、リイン。この天気を一時的にでも晴らす……みたいな魔法は、無いの?」

「あるにはありますが、自分では難しいですね。陛下程の魔力があれば、可能でしょうが」

「そうなの? それなら、ジルに頼んで行方不明者を連れ帰る間だけでも晴れにして貰うっていうのはどう? そっちの方が安全じゃない?」

「不可能ではないでしょうが……陛下の家臣として、陛下の御身の負担になることは出来るだけ避けたいのです。オリガ殿は陛下の……魔人の魔力について話はご存知ですか?」


 リインの問い掛けに、オリガは再び首を横に振った。リインは目を瞑り、何かを考えながら――恐らく、人間のオリガにもわかるように言葉を選んでくれているのだろう――説明の言葉を紡ぎ始める。


「それでは、魔力とはどのような代物であるか、ということから説明させて頂きます。魔力とは、魔界に存在するもの……我々のような人だけではなく、動物や植物、更には水や石などあらゆる物質に魔力が含まれているのです。例外はあるものの、魔力とは『何者にもなり得る力』とでも言えるでしょうか」


 リインの話によると、魔力とは万物に宿る力であり、火を放ったり空を飛んだり地獄の番犬を召喚したりなどなど、あらゆることを可能にさせる『未確定』な力の総称であるらしい。

 生き物における魔力に言及すると、体力と似て非なるものと捉えるのが良いとのこと。使い過ぎれば疲れて動けなくなるし、休めば回復する。


「ですが、魔人だけは少し事情が違うのです」

「あー、それって髪や容姿が魔力の質に大きく左右されるってやつ? ジルの魔力は珍しいから、髪も珍しい銀色なんでしょう?」

「流石、オリガ殿。博識でいらっしゃいますね」

「えへへ、話で聞いたのを覚えてるだけだけどね」

「そう、魔人は特に魔力の影響が身体へ出やすい種族なのです。ですが、たとえ豊富な魔力を有しているとしても、それは無限ではありません。無闇に使い続ければ、必ず底をつくのです」


 よって、とリインが続ける。


「魔人の魔力が底をつけば、最悪の場合は死に至る可能性もあるのです」

「死!?」

「全ての魔人が死ぬわけではありませんが……魔人は凄まじい能力を持つ種族である反面、一度ひとたび魔力が低下すれば命の危険を伴うのです。加えて、この魔王城が維持されているのも陛下の魔力があってこそ。現在は嵐に対してかなり防衛力が上がっておりますので、既に陛下はかなり魔力を消耗してしまっているかと」


 ジルの身に負担になると言われてしまえば、流石に無理強いは出来ないか。それにしても、非の打ち所がないジルにそんな弱点があったとは。

 ……勇者に言って良かったのか、その情報。


「せめて、あの方がお城に戻ってきてくれていたら良かったのですが……。今はどこで、何をしていらっしゃるのでしょうか……」

「あの方って?」

「へ? い、いえ! なな、何でもありません!」


 憂い気にぶつぶつと呟くリインに訊き返して見れば、あからさまなまでに狼狽えて。そういえば、リインにはジルに対して恋心などを持ってしまっているのか、ということを訊くのを忘れていた。だが、今のでその必要も無くなった。


「リインってさぁ? もしかして、好きな人……居る? 居るよね? 居るに違いない。居るって言えー!」

「ななな、何ですか!? 何ですか、いきなり!」

「んー、今の言葉から察するに……相手は最近この城に居ない、問題の騎兵の将軍か――」

「あ、ああー!! オリガ殿、使い魔が戻ってきました! よくやった、待っていたぞ!」


 どうやら図星だったらしく、顔面を真っ赤にさせてリインが使い魔である赤紫色の蝙蝠に向かって喚く。

 小さな身体をびくびくと震わせているのは、恐らく冷たい雨に打たれたせいだけではないだろう。


「オリガ殿! どうやら、彼等は森の奥にある休憩用の小屋に居るようです、早速行きましょう!!」

「え、ちょっ――」

「善は急げです! さあ、行きましょう!! 無駄話をしている暇は無いのです!!」


 蝙蝠の後を追いかけ、嵐に翻弄される森の中に向かって行くリイン。慎重に行動しようって自分が言ったくせに! 釈然としない思いを胸に、オリガも彼女に続いて森へと駆け出した。

 

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