第七話 みんなで考えよう、幸せ家族計画


 しかし、シキの話を信じるならば……このままぐうたらしていたら、ジルは自分の子供を持つという幸せを知ることが出来ないのかもしれない。

 魔王とかそういうのは抜きにして考えても、それはとても寂しいことなのでは……?


「それで、何かわかったか――」

「ねえジル! あたしと今すぐ子作りしない!?」

「……は?」


 考えれば考えるだけ、いや、そんなに考えていないけれども! ジルの悲しそうにしている表情を思い浮かべるだけで――まるで絵画のようにとても麗しいけれども――なんだか、苦しくなってしまって。

 気が付いたら、オリガは叫んでいた。一応ジルのことを思っての発言だったが、予想していた以上に欲望丸出しになってしまった。

 流石のジルも動揺している、というよりはドン引きである。


「……オリガ、流石にその……色々と肯定を飛ばし過ぎているというか……そういう発言を女性の方からするのはどうかと――」

「いいえ! 陛下、もうこうなったら健康な女性であれば誰でも構いません! 何なら、先にお子を成してからでもいっそ今風で良いかもしれません!!」

「サギリ!? お前まで一体どうしたんだ――」

「うふふ……オリガは田舎育ちで身体だけは丈夫で健康なのよ……もちろん、ワタシもね? 試してみない、魔王さま?」

「な、何なんだお前たちは……! 混乱魔法にでもかかっているのか?」


 まさかの援護射撃で逃げ場が塞がれてしまうジル。びくびくと、可哀想な子犬のように震える姿は妙に加虐心を煽るようだ。くそう、可愛いな。すぐそこに浮いてる暴君とは全然違う。

 同じ見た目なのに、シキとは別人なのだと……いやいや、最早別物なのだと実感する……おや、そういえば。


『…………』

「あんた、何でさっきから黙ってるの?」


 三人を挟むような形で、ジルと対峙しているシキ。先程までペチャクチャと喋っていたくせに、今は目を瞑って黙り込んでいる。

 まるでぽっくりと死んでしまったかのようだ。死んでるけど。


『……わからんのか、勇者の小娘。ジルは俺様の存在に気が付いていないんだ』

「え?」


 シキが屈辱的だと言わんばかりに、唇を噛む。言われてみれば、とオリガはシキとジルを交互に見比べる。ジルはサギリとメノウの子供を作れ攻撃にほとほと弱っている様子だが、目の前に居るシキの存在には気がついていないようだ。

 幽霊で、ちょっと透けてるし足も膝から下辺りが消えてしまっているが。それでもシキの存在感は凄い。性格はこれっぽっちもオリガの好みではないが、見た目は文句の付けようのない美男だ。

 だが、そうであるにも関わらずに。ジルはどう見ても、シキの存在には気が付いていない。視界に入らないわけがないだろうし、何よりも自分と同じ容姿を持つ者をスルー出来るスキルは流石の魔王でも未修得だろう。


「……何で?」

『知らん。これでも結構頑張って存在をアピールしているんだがな』

「え、頑張ってるの? どの辺が?」

『お前のような一雫の魔力も持たないような人間の小娘には理解出来んかもしれんが……今の俺様は言わば魂と記憶、そして魔力のみで形作られている存在だ。だが、そんな儚さも俺様の美貌を飾る要素の一つにしかならんのが我ながら恐ろしいな、ふはは――』

「チェストー!!」

『ひぎゃああぁ!!』


 剣を抜き、シキに向かって突き出す。しかし、史実にも名を残すだけあって幽体でも流石の身のこなしで避けられてしまう。

 くそう、幽霊のくせにすばしっこいな!


『やめろと言っているだろう小娘!! 良いか、お前のその地味な剣は物を斬る以外に魔力を消滅させるという意外と凄い力を秘めておるのだ! 無闇やたらに振り回すんじゃない、馬鹿者!!』

「アンタがどうでも良いことをペチャクチャ喋るからでしょ!」

「オリガ……大丈夫、か?」


 シキといがみ合っていると、ジルがオリガに声をかけた。振り返ると、その紅い双眸がまるで雨に濡れた捨て猫を見つめるかのような視線を注いでくる。なんてこったい!

 よくよく考えてみれば。シキの姿が見えていないということは、ジルから見ればオリガは何も無い空間に盛大な独り言を叫び続けていたということか。

 なにそれ、いたたまれない!


「お前達、どうやら相当疲れているようだな。サギリ、もう今日のところは良い。命令だ、さっさと寝ろ。幽霊騒ぎの調査はまた後日にするように」

「え、ええっと……そ、そうですね。とりあえず、今日はもう休むことにします」

『お、おいコラ! 俺様の話がまだ終わって――』

「オリガとメノウも、早く部屋に戻りなさい」

「はぁい、魔王さま」

「はーい。おやすみなさーい」


 流石、現在の魔王。流れるような采配でこの場を収めると、ジルはサギリを伴いその場を去って行ってしまった。オリガとメノウがひらひらと手を振って、扉が閉まるまで見送る。

 そして、訪れる静寂。


「……それで、オリガ。これからどうするのかしら?」

「んー、そうだねぇ。とりあえず……やることは、たった一つだけ」


 そう言って、オリガはくるりと背後を向いてシキを見た。そして右手を差し出して、高らかに言った。


「さあ、魔王シキよ! あたしにジルの寝室への隠し通路を教えなさい!」

『ふざけるな!! 何でそうなる!』

「何よ! アンタ、自分の話を聞いたら隠し通路を教えるって言ったじゃない!!」

『話はまだ終わっていないんだ! 何なら、まだ本題にすら入っていないぞ!!』


 銀色の髪を振り乱して、シキが獣のように低く吼える。だが、やがて諦めたらしく。大きく肩を落として重々しい溜め息を吐いた。


『……まあ、良い。別に急ぐような話ではないし、何なら俺様の杞憂かもしれんしな』

「杞憂?」

『俺様も疲れた。これ以上魔力を消費すれば、本当に消えてしまうからな。ほら、付いて来い』

「え、ガチなんだ!? やっほーい!」

「あらぁ、魔王さまもそうだけれど……シキさまも随分太っ腹なのねぇ? まあ、お姉さんはおジャマにならないように退散するわぁ」

「ナイス、メノウ! 大好き! じゃあ、あとでね!!」


 シキの杞憂という言葉に多少の興味は惹かれたものの。どうやら、本当に隠し通路を教えてくれるらしいシキの後をオリガは追う。

 そんなオリガを、相棒兼親友のメノウがにっこりと笑いながら見送ってくれた。そして、己の愛銃を抱き締めながら悩まし気に呟く。


「……んー、撃つタイミングを逃しちゃったわね。オリガは一晩戻って来ないでしょうし、ワタシも一狩り行こうかしらぁ」

 

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