第六話 わーはははー!凄いぞー!勇者は強いぞー!
何とも奇妙な光景であった。オリガの目の前に漂うのは、愛おしい
ならば、この男は何なのだろう。ジルの兄弟? 確かに、見ようによってはジルよりもほんの少し年上に見える。
「ねえ、メノウ。ジルってさ、兄弟居るの?」
「シェーラが言うには、一人っ子だって言っていたけれど」
『おいコラ、俺様を無視するな』
紅い瞳がオリガを睨む。ジルとは違う鋭い視線。しかし、大して恐ろしくはない。なんていうか、もう答えはわかってしまっているからだ。
男の身体は、ほんのり向こう側が見える程度に透き通っており、声も何だか聞こえるというよりは頭の中で響くかのような。そして、決定的なのが彼の足元だ。
「……足が無いね」
『肉体は既に葬られているからな。生きている頃は、幾万の愚者を踏み付け栄光の道を歩んだ美しい足があったんだがな。見せられなくて残念だ』
「ということは、あんたって幽霊?」
『俗な言い方をするのなら、そういうことになる』
幽霊こと、魔王シキがククッと口角を吊り上げる。どうやら、これが最近の騒ぎの元凶らしい。まさか、本当に幽霊なんてものが居るだなんて。しかも、結構はっきり見えるし会話だって出来ちゃったよ。
でも、まあ。幽霊を見つけたのなら次にやるべきことは決まっている。にっこりと笑いながら、オリガは一秒たりとも迷わなかった。
「成敗!!」
『んなっ!? なな、何をする!!』
強く床を蹴り、シキと一気に距離を詰めたオリガが疾風の如き速さで剣を抜き放つ。そして、勢いそのままにシキの身体を目掛けて思いっきり剣を振った。
だが、流石相手はジルの先祖だ。完全に不意を突いた筈なのに、紙一重のところで避けられてしまった。
束ねた銀髪に切っ先が僅かに触れたのだろう、絹糸のような髪が数本宙を舞って儚く消えた。
『き、貴様……いきなり何をする! 無礼者め!!』
「はあ? 勇者が魔王を倒すのに許可でも要るわけ?」
『急に正論を言うか!?』
「おお、今のは凄まじい動きだったな……昨日とはまるで別人だ」
「むしろ、オリガは昨日の方がどうかしてたわよ。相手があの魔王さまだったんだから、仕方ないけどね」
いつの間にか立ち直ったらしいサギリと、メノウが暢気にオリガの動きに感嘆の声を上げている。そうだ、昨日は相手がジルだから油断していただけだ。
オリガは、神に選ばれた勇者である。これだけは、間違っていないのである。
「それよりも、オリガ。今のシキさん、妙に慌てていたわよね? やっぱり伝承通り、勇者の剣でなら切れないものは無いんじゃない? それこそ鉄だろうと水だろうと……幽霊だろうと、例外無く」
『うぐっ』
「図星みたいねぇ、わかりやすいわぁ」
「よーし!」
『ま、待て待て! おい、そこのダークエルフのチビ!! 貴様、自分の主の先祖が勇者に倒されそうになっているんだぞ。何とかしろ!!』
「ひい! こここ、こっちを見た!? 幽霊と目が合ってしまった! 魂を持って行かれる! ひいいぃいい!!」
『クソッ、使えない大臣だな!!』
ええい、こうなったら。シキが改めてオリガに向き直る。
『おい、小娘。俺様と取り引きをしろ』
「はあ? ちょっと、何百年前の魔王か知らないけど……それが
『俺様に向けるその剣を下ろし、とにかく話を聞け。そうすれば、ジルの寝室に繋がる秘密の隠し通路を教えてやる。恐らく、ジルでさえも知らない裏通路だ。夜這いでも何でも出来るぞ』
「はい、シキ様! 今日はどのようなご用件で現世に戻って来たんですか!?」
「現金な勇者だなおい!!」
果たして、かつての魔王自ら今の魔王の身を脅かすような情報をくれてやるとはいかがなものかと思ったが、貰えるものは貰っておこう。
悲しきかな、これが欲深い人間の性だ。
「そ、それで……ええっと、しっ……シキ様、は……本日はどのようなご用件で」
『怖がるか、敬意を払うかどちらかにしろ。鬱陶しい!』
「ひ、ひいぃ! すすす、すみません!!」
ぴゃっと怖がりな子猫のように、メノウの背中に隠れるサギリ。相手は幽霊ではあるものの、自分の主の先祖という妙な葛藤と戦っているらしい。難儀なことだ。
『ふん、まあ良い。用件か……そうだな。まず、俺様は我が高潔なる血を受け継いだ子孫の、あまりの体たらくにそれはそれは非常に心を痛めている』
「と言うと? もっと端的に、わかりやすくオナシャス」
『二十五歳にもなって、子供どころか嫁すら居ないとは! アイツは一体どういうつもりだ!? 魔界を統べる覇者としての自覚があるのか! ああ!?』
再び、シキの怒号。稲妻の如き迫力と剣幕に、サギリだけではなくオリガまでもが恐怖に悲鳴を漏らす。
唯一、平気な顔をしているメノウ――そういえば、この女が何かを怖がったりしたのを見たことが無い。きっと、彼女の心臓は羊並にふさふさモコモコしているに違いない――が困ったように笑う。
「あらぁ、そんなに怒ることないんじゃない? 男の魅力は三十からよ。焦らなくても、魔王さまならいくつになっても女を虜にすると思うわぁ」
『当たり前だ、この俺様の子孫だぞ』
「じゃあ、何をそんなに怒る必要があるのよ! 何も問題無いじゃない!!」
『……おい、勇者の小娘。花はどうして綺麗で色鮮やかであるか知っているか?』
「は、はあ?」
唐突な問いかけに、オリガは言葉を詰まらせるだけ。なぜ急に花なのか。確かにジルはどの花にも負けないくらい美しいが。
『花は己の種を残すため、何よりも鮮やかな花弁を纏い蝶や蜂を呼ぶ。魔人も同じだ。特に稀有な魔力を持つ魔人は、その魔力を後世に残す為に見目も美しくなる。だが、他者を惑わせる程に美しい花などそう多くはない』
「……って言うことは、もしかして」
『美しい魔人は、必然的に子供を成し難いのだ。俺様も結構頑張ったが、死ぬまでに出来た子供は男児が一人だけだった。だから、ぐずぐずしていてはジルの代で血族が途絶えてしまうぞ。何せ、アイツの他にもう王族は居ないのだから』
シキの言葉に、オリガは二人と顔を見合わせる。つまり、シキが言いたいのはこういうことだ。
魔人は美形であればある程、子供を作り難い体質であるということ。特に、銀色の髪を持つ魔人はシキ本人の体験談でいうと息子を一人こさえるだけでも相当苦労をしたとのこと。ちなみに彼には正妻が一人、側室が沢山居たらしい。
つまり、ジルがこのままウダウダしていたら……最悪の場合、ジルは子供を持つことが出来ない。それどころか、ジルの後に魔王の座を引き継ぐ者が出来なければ、他に兄弟などが居ない為、自然にティアレイン家は消滅してしまう。
そうなってしまっては、魔界は再び乱世に陥ってしまう。
「……ねえ、チビ大臣。今の話、信憑性あるの?」
「ううむ、確かに……言われてみれば、見目麗しい魔王の多くは子を残すことに苦労をしていた方が多かったようだが」
「人間界でも、見惚れちゃうくらい綺麗なお花って稀少なものが多いのよねぇ? 十年に一度しか咲かないとか、高山のてっぺんでしか育たない……みたいな」
「体質……もしくは、保有する魔力が関係しているとするならば、陛下もその枠に外れていない可能性があるな」
「でも、あくまで可能性……だよね?」
「そうよね、可能性でないならシキさんの杞憂でしかないパターンもあるわね」
「ああ……可能性でしかないのなら、陛下に子作りを強要することは出来ないな」
「何だ、お前達。まだこんな場所に居たのか?」
不意に、両開きの扉が開かれる重々しい音が響く。同時に、何の飾り気の無い装いで銀髪を揺らしながらジルがやって来た。今度は間違いなく、ジル本人だ。
ふわふわと欠伸を零し、涙が滲んだ目元を指先で拭う。何なの、その幼い仕草マジで可愛いかよ。萌えかよ。
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