第五話 鎧の下には夢とロマンが隠れている、かもしれない
オリガの横暴な態度に、憤慨するサギリ。しかしシェーラが居ない為に形勢的に不利だと察したのか、気を取り直すかのようにコホンと咳払いを一つした。
「ま、まあ魔界に訪れた以上はシキ様のことを知っていた方が良いだろう。シキ様は、史実に残る魔王の中では一番の名君だったと謳われた御方だ。当時、魔界は種族間の争いが激化していてな。常に魔界のどこかで血が流れている、そんな状況だった。壊滅した国や集落だって少なくはない」
サギリの話によると、今では想像することも難しいが。今から五百年前の魔界は魔族の数がずっと少なく、種族関係も最悪な状況だった。時には同じ種族の中でも争いが起こり、力の弱い種族から次々に滅びてしまい、そのまま絶滅してしまった種も少なくないとのこと。
無論、魔王の存在もまた、争いの火種となっていた。魔界の平穏を脅かす者と糾弾され、魔王の血族は次々に命を奪われ続けた。そして、魔人族最後の魔王だとさえ思われていたのが、魔王シキであった。
稀有な銀髪に、紅い瞳。見る人を惑わす程の美貌に挑発の笑みを飾り、身の丈を超える大鎌を構え、シキは堂々と宣言したそうだ。
――もしも自分が魔界を統べることに、少しでも不満があるのならば。正々堂々、正面から斬りかかって来ると良い。このシキの命諸共玉座を奪うことが出来た者を、次の魔王とする――
「あらぁ、それはそれは思い切った魔王さまが居たものねぇ? ……でも、今もまだ魔人の魔王さまが玉座でのんびり寝てられるってことは」
「正面どころか、食事に毒を盛ろうが寝込みを襲われようが、シキ様は全てを返り討ちにしたんだそうだ。更には、戦地のど真ん中に一人で乗り込んでは次から次へと争いを力でねじ伏せ続けた。そうしている内に、いつの間にかシキ様に歯向かう命知らずは魔界から居なくなった。恐怖政治に近いものではあったが、シキ様のお陰で今での魔界はそれなりに平穏なのだ。銀の髪もそうだが、シキ様の肖像画にある瞳の色や顔立ちなど陛下にそっくりでな。陛下はシキ様の名を受け継ぐことになったのだが……はあ、せめてもう少しやる気を出して頂ければ良いのだが」
はあ、とため息。中々の熱弁を振るう様子はどうやら、サギリはシキに少々思い入れがあるらしい。確かに暴力的ではあるが、混沌とした魔界をたった一人で統治したシキのカリスマ性は惹かれるものがある。
でも、それって。ふと、オリガは思う。
「別に、今は平和なんだから良いんじゃない? ジルがぐうたら昼寝してたって、問題ないでしょ」
「おい勇者、お前がそれを言うか?」
「シキはシキで、ジルはジルでしょ。いくら見た目が同じでも、全くの別人なんだから。名前ごと理想を押し付けようとしてる方が間違ってると思うけど」
「べ、別に押し付けようとしているわけじゃない! ただ、陛下にはもう少し魔王の立場であるという自覚をだな――」
『クククッ、なるほど……面白いことを言うな』
「お、面白いって……笑いごとじゃないぞ!」
「そうだよメノウ! これ、結構マジメな話なんだからねっ」
「……ワタシ、何も言ってないけど」
「は?」
「ウソだー!? だって今、笑ったじゃん! 人を小馬鹿にするように……笑った、よね?」
話の腰を折るような笑い声に、オリガとサギリがキッとメノウを睨み付ける。だが、メノウはお気に入りのショットガンの銃身を布でピカピカに磨きながら、怪訝そうに首を傾げるだけ。
恐らく、気になる汚れでも見つけたのだろう。メノウは愛する銃達に曇りが一つでも見つけてしまえば、気が済むまで磨き上げるという妙な癖がある。作業の間、彼女は一言も発することもなく話すらも聞いていない場合が多い。多分、今もそうだったのだろう。
しかし、そうだとすると一つ問題がある。オリガだけならまだ空耳かとも思えるが、反応を見る限りではサギリもまた同じ笑い声を耳にしたよう。
ならば、間違いない。今、この玉座の間にはオリガ達三人しか居ないのだ。
「……ま、まさか」
「ちょっと、誰!? 今、あたしをバカにしたかのように笑ったのは!」
『やれやれ、今更それを聞くのか?』
サギリが顔面を真っ青にさせながら、小柄な身体を震わせる。剣の柄に手を掛け、オリガは叫んだ。誰かが隠れられる場所など、この空間には存在しない筈なのに。
一体何なの!? 姿無き声が、再びクスクスと嗤い声を上げる。
『今まで人のことを好き勝手に言いたい放題にしていたくせに、まだ俺様のことがわからないのか? 人間の小娘』
「ひっ、ひいぃいい! ななっ、何なのだ!? 一体何が起きている!!」
「小娘ですってぇ!? あたしは勇者! 勇者オリガよ!!」
「ゆゆゆっ、幽霊か!? 幽霊なのか!?」
『ククッ、ハハハ! 勇者、貴様が? 確かに、その腰に提げている剣は勇者の証である刃のようだが……持ち主はどう見ても、乳臭い小娘だな。そっちの女の方が俺様の好みだ』
「あらぁ、それってワタシのこと? ありがとう、気に入って頂けたようで嬉しいわ。姿の見えない誰かさん?」
「ほっ、本当に居るのか? 幽霊などというものが、本当に実在するというのか!?」
「なっ……!! どこの誰だか知らないけど、ムカつく! あたしのどこが乳臭いってのよ!! 言っておくけど、あたしこの鎧脱いだら凄いのよ!! お色気ホルモンむんむんなんだからっ!」
『ふん、どこが――』
「ぎゃああぁああ!!」
『ええい、そこのチビ!! さっきから喧しいぞ!! この俺様が喋っているだろうが!』
喚きまくるサギリが相当鬱陶しかったのか、怒号がオリガの鼓膜を殴り付ける。突如、雷の如き閃光が視界を真っ白に塗り潰し、凄まじい衝撃に空気が揺れた。
「ひっ……!」
咄嗟に目を閉じ、腕で顔面を庇うものの。それでも眼球を刺すかのような強烈な光にオリガの肌が粟立つ。だが、それは雷でもなければ何かが爆発したわけでもなかった。
目蓋の向こう側で光が弱まるのを感じ、オリガはゆっくりと目を開く。
『……やっと見えたか、俺様の麗姿が』
「え……じ、ジル?」
オリガの目の前に居たのは、見覚えがあるどころか妄想の中で好き勝手にしている愛しの魔王ジルであった。だが、どうにも様子がおかしい。
腰まで届く銀の髪に、煌めくピジョンブラッドの瞳。文句の付けようの無い美貌も、すらりと伸びる体躯も何も違わない。
……いやいやいや、違わないわけあるか。確かに容姿だけを見れば、目の前に居るそれはジルと瓜二つだ。ただ、銀髪は高い位置で纏められ毛先には、色鮮やかな宝石がいくつも飾ってある。
身に纏う黒衣はジルが着ているものに似ているものの。腕や首、腰などにジャラジャラと金や宝石を纏っている為にかなり派手だ。しかし恐ろしいことにそれらが嫌味な印象で目立っていることは決してなく、むしろ美貌の引き立て役でしか無い。
簡潔に言うと、双子のように似ているが明らかに全くの別人である。一人称も違うし。
『誰がジルだ。俺様をあんな怠け者と一緒にするな!』
「じゃあ、あんた一体誰なのよ!」
『ここまでお膳立てしてやったのに、まだわからんのか!? 馬鹿なのか貴様!!』
「ねえ、オリガ。もしかして、このお兄さんって」
「し、シキ様……? ままま、まさか!?」
『ふんっ……やっと、わかったか』
艶やかな銀髪を強気に揺らしながら、不機嫌そうな顔で彼が言った。
『俺様はシキ。今から五百年前にこの魔界を支配していた、史上最強にして最も美しい魔王だ。ちゃんと覚えておけよ、人間の小娘ども』
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