第二話 魔界の気候は太陽の気紛れで決まるらしいよ

 ※


 勇者オリガが、相棒のメノウと共に魔王城へ滞在してから二日目のこと。時刻はお昼時で、シェーラと待ち合わせるべく中庭へと訪れていた。

 骸骨畑やら血の噴水などという禍禍しいものは一つも見当たらず、青々とした芝生に綺麗な噴水、鮮やかな花が咲き乱れている。

 これも魔王ジルのセンスなのだろうか。未来の旦那がハイセンスなことは嬉しいが、ぶっちゃけ何ていうかそれどころじゃない。


「……ねえ、メノウ。今日さ、暑くない?」

「ええ、オリガ……暑いわ、間違いなく」

「何で? 昨日ってさ、長袖の服で丁度良い感じだったじゃん」


 間違いなく、昨日の気候は春――オリガの頭の中も春めいていたけれども――だった。しかし、今日は何故だか肌をじりじりと焼く程の灼熱地獄。完全に真夏の気候だ。

 決してオリガ達だけが暑がっているわけでなく、見かける魔族は皆、昨日よりも明らかに薄着になっている。


「お待たせー、二人とも。あら? どうしたの?」

「どうしたの、じゃない! ちょっとシェーラ、魔界の気候ってどうなってるの!?」


 大きなバスケットを片手にやって来たシェーラに、思わずオリガが噛み付く。彼女もまた半袖の白衣に、その下は夏っぽい色合いのワンピースを着ている。


「ええ? どうなってるって言われてもー」

「昨日までは気持ちの良い小春日和だったじゃん! それなのに、今日は真夏とか!」

「んー……今日はお日様が張り切っている日だから、仕方無いと思うわー」


 泣く子も黙る勇者の剣幕にも動じずに、シェーラが雲一つ無い空を見上げる。今にも降り注ぎそうな程に澄んだ青空に、さんさんと輝く太陽。セミ、と呼んで良いかはわからないが、セミっぽい虫も木にしがみついてミンミン鳴いている。

 まさか、『お日様が張り切っている』だなんて可愛らしい答えが返ってくるとは。オリガが十年悩み続けても、そんな返答は出来そうにない。


「うん、確かに暑いけど……明日は雪が降るかもしれないから、今の内にお日様を堪能しておかないとねー」

「……は? ゆ、雪? 雪が降るの? 明日?」

「え? 人間界には、雪は降らないの?」

「いや、降るけど……え、今日こんなに暑いのに、明日が雪だなんておかしくない?」

「今日のお天気なんて関係ないわよー。全ては、お日様の気分次第だものー」

「えっ」

「え?」

「……ん?」

「んー?」


 あれ、何だかおかしくない? どうやら、オリガとシェーラの会話がイマイチ噛み合っていないらしい。

 まあ、良いか。考えたところで、暑いのは変わらないし。


「さ、ご飯早く食べよー? 今日はねー、サンドイッチとサラダとー、果物もいっぱいあるのよー?」

「あら、良いわねぇ? じゃあ、そこの木陰で食べましょうよ。暑いけど、風もあるから気持ち良いわよ」


 メノウに連れられて木陰に入り、シェーラが用意したシートへと三人で腰を下ろす。陽光が遮られただけで空気は幾分涼しくなり、そよそよと吹く風が心地良い。

 食事は食堂で取るのが一般的のようだが、今日のような天気の良い日にはこうして外で食べる者も少なくないらしい。確かに、多くはないがオリガ達のように食事を持ち寄って簡単なピクニックをしている者達もちらほらと居る。


「ねーねー。それで、今朝言ってた『問題』の方はどう? 達成出来そう?」


 シェーラがタマゴサンドをパクつきながら、にっこりと小首を傾げる。うぐ、とオリガは言葉を詰まらせる。

 

「あー、あれ? んー……可もなく不可もなし、って感じかしら」


 紅茶を飲みながら、メノウ。それは、遡ること数時間前のこと。昨夜と同じように、美味しい朝食で空腹を満たした後、オリガはどうしても逃れられない問題と真正面から向き合うことにしたのだ。

 それは、所謂『資金不足』である。


「人間界の国王はケチだから、最低限の旅費しかくれなかったし。魔王を倒したら直帰するつもりだったから……無一文も同然だったのよねぇ、ワタシ達。本当に、魔王サマが寛大なお方で良かったわぁ」

「激しく同意」


 メノウの言葉に、何度も頷くオリガ。本当に、色々な意味で魔王がジルで良かった。とりあえず、今は寝るところと食べるものは確保出来ている状況だ。

 だが、人間は欲深い生き物なのだ。ジルをオリガの婿へと陥落させる為には、やはりどうしても必要なモノがある。


「やっぱり……可愛い勝負下着は必須よね!!」


 機能性重視のスポーツブラとかじゃなくて、レースと紐で構成されているような、そんなセクシーな装備が必要なのだ! しかし、残念ながらオリガの懐事情は寂しい。

 そうすると、おのずとやるべきことは決まってくる。


「でさー、午前中はずっと労働してたワケよ。労働って言っても、その辺を通り掛かる人達に片っ端から声をかけて手伝いしてただけだけど」


 つまりは、お小遣い稼ぎである。オリガは勇者なのだから、ツボを割ったり袋を漁ったりだとかいう暴挙は多少許されるのだが。ジルの心証を悪くすることだけは出来るだけ避けたい。

 だからこそ、手伝いをしては心付け程度の報酬を貰っていたのだが。


「思っていた以上に、稼げなかったんだよね……そもそも、あたしがまだ警戒されてるのも原因なんだけど」


 はあ、と溜め息。午前中やったことと言えば、掃除やら荷物運びやら探し物などなど。子供でも出来そうな内容に、相応の報酬。

 これでは装備を整えるどころか、飴玉くらいしか買えない。


「でもでもー、皆が噂してたわよー? オリガちゃんって力持ちで体力もあるから、荷物運びが凄く早く終わって助かったって」

「まあ、この城の人と仲良くなれたのは良かったかな」

「でもねぇ、魔王城に居られるのは一週間だけ。その間にオリガは魔王サマを口説き落とさないといけないから、あんまりのんびりはしていられないわよねぇ?」


 悪戯っぽい笑顔でメノウ。ちなみに、彼女の方は鍜治場のドワーフ達から銃を見せて欲しいという申し出があり、自慢の銃達を見せる代わりに結構な報酬と弾丸を貰っている。

 山分け、と言いたいところだがメノウの銃は全て彼女の私物なので我慢するしかない。


「そうなんだよね……だからさ、ここはやっぱり一攫千金を狙いたいんだよね。ねえ、シェーラ……あんた、何か困ってることない?」


 じっ、と向かいに居るシェーラに目で訴える。彼女はペリ国の王女様なのだから、お金には困っていないどころか使い切れない程にあるに違いない。


「え、えっと……」

「力仕事でも何でもやるよー? あの医務室、物が結構多いじゃない? 定期的にお掃除とか整理整頓しておかないと後々大変だよー?」

「とりあえず、今日はまだ大丈夫……かな」


 オリガの企みを悟ったのか、シェーラがお茶を飲みながら拒む。ちくしょう、やはり無理があったか。

 そもそも、すっかり友人として仲良くなったシェーラからお金を巻き上げるのは流石に気まずい。


「あーあ、カモがネギでも背負って来ないかなー」

「うーん、城下街まで行けば色々と仕事があると思うけど。城内だと流石に難しいかもしれないわねー」

「城下街か。やっぱり、そうするしか無いかなー」

「ん、待って。ねえオリガ、あそこに居るの……」


 手っ取り早く稼ぐべく、城下街まで行こうか。そう考えていた、その時。不意に、メノウがオリガの肩を叩き意味ありげに目配せをする。オリガがそちらを見れば、彼女が言いたいことがすぐにわかった。

 中庭の向こう、通路を歩く小柄な身体。どんよりと暗い表情に、じめじめとした闇を思わせる気配が離れたオリガ達の元まで漂ってくるよう。


「……メノウ、カモがネギを背負ってきたね」

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