【二章】
幽霊? そんなことより魔王はセクシーなの、キュートなのどっちが好きなの!?
第一話 世にも奇妙ななんとやら
「んー! 今日も一日頑張ったわー」
シェーラが部屋に戻ってきてから、二時間程。今日は仕事が定時で終わったから、蜂蜜で作った入浴剤でゆっくりとバスタイムを楽しむことが出来た。それでも、まだベッドに入るには少し早い。他に部屋の中で楽しめることはないだろうか。
「そうだわ。この前の休みの日に読んでた小説……今日中に読んじゃおうっと」
ぽん、と手を軽く叩いて。読書はシェーラの趣味の一つである。特に、冒険譚や英雄譚が好きだ。最近ハマっているのは、漆黒の翼を持つ美しい堕天使が悪者を懲らしめるという少し変わった勧善懲悪モノ。魔界に存在する全ての書籍があるという大図書館の片隅で、埃を被っていた一冊。何となく手にとってみただけだったのだが、意外にも面白かった。
よし、あの本を読んでしまおう。どうせなら、ハーブティーも入れてゆっくりと。そう思って、シェーラが部屋の中を見回す。しかし、ふと気がつく。
「……あれ? どこに置いたんだっけ?」
ベッドの上にも、サイドテーブルにも無い。念の為に、本棚や鞄の中、浴室や洗面所も見てみるが、やはり無い。この魔王城ではシェーラの実家のように、メイドさんが部屋を掃除してくれるということはあり得ない。
自分以外の誰も、部屋には入っていない筈。ならば、自分がどこかに持って行ったのだろうか。綺麗に片付けられた部屋を歩き回りながら、シェーラは記憶を思い返しうんうんと唸る。
「えーっと……あ、そうだ! 医務室の机の上だわー」
思い出した。最近は仕事も落ち着いているので――言い変えると、暇なので――空き時間に読んでしまおうと仕事場所の机の上に置きっぱなしにしてきてしまったのだ。
でも、今日は想像以上に忙しかった。何故なら、あの伝説の『勇者』が来たのだから! 想像していたよりもずっと若くて、しかも可愛くて、ちょっと変わり者だったけれど。
「どうしよう。消灯の時間は過ぎちゃってるし、うーん……」
壁にかけた時計を見上げて。消灯の時間はとっくに過ぎてしまっている。消灯後は夜勤の者以外は自室から出ないように、というのが規則だ。そこまで厳しく決められているわけでもないので、破ったとしても罰則などは無い。
シェーラの部屋から医務室までは、それほど離れていない。往復しても十分くらいだろう。
「うん、仕方がないわよね。取って来よう」
黄色のカーディガンを一枚羽織って――背中に翼があるのにどうやって着ているのか、それは乙女の秘密である――部屋を出る。辺りは静まり返っており、照明も最低限まで落とされている。見回りの兵士達は近くには居ないようだ。
「今夜は良い天気ねー。最近お天気続きだけど、そういう時は後で一気に崩れたりするから気を付けないと……あら?」
廊下の窓から見えた夜空が綺麗に晴れている為に、ついつい独り言が零れてしまい。いけない、静かにしなければと口を噤んだ、その時だった。
十歩程先にある、曲がり角。そこに、今、誰かが居た。長い銀髪が、さらりと揺れるのが見えたのだ。
この城に、銀髪の持ち主は一人しか居ない。
「……陛下? こんな時間に、どうしたんだろう?」
こう言っては何だが、我等が主君のモットーは『早寝遅起き』だ。眠ることが何よりも好きで、暇さえあれば眠っている。因みに、医者として診断すると彼は決して病気などではなく、あのぐうたらはあくまで性格の問題だ。
そんな主が、堂々と眠れる夜中に出歩くだろうか。
「陛下、どうかしました……あ、あれ?」
もしかしたら、何か問題が起こったのかもしれない。シェーラは慌てて曲がり角まで飛んで、主の後を追う。そして、どうしたのかと声をかける。
だが、不思議なことが起こった。居なかったのだ。
「陛下……あれ、おかしいなー……」
主が居る筈の、廊下に立ちながらシェーラは辺りを見回す。曲がり角を曲がった先は、行き止まり。部屋はいくつかあるが、いずれも物置だったり共同部屋だったりして今は彼女以外に誰も居ない。
「陛下が、消えちゃった……?」
見間違いだったのだろうか。だが、確かに揺れる美しい銀髪をこの目で見たのに。シェーラは呆然としながら、しばらくその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます