第三話 は・ひ・ふ・へ・ほ!

 それぞれ食べかけ、飲みかけだったサンドイッチやらお茶やらを口に詰め込んで。カモに気が付かれないよう、三人は足音を忍ばせて背後に歩み寄る。

 何事か考え込んでいるからか、足取りは重く距離は簡単に詰められた。


「うう……どうして僕がこんなことを……。どうしよう、将軍達が帰ってくるまでこの件は保留に。いやいやいや、そんなことをして大事が起きたらどうするんだ。ううーん……そもそも、この城は少々人手不足じゃないか? もう少し雑用係を増やしても良いと思うが、しかしそうすると安全面で問題が――」

「おーい、チビ大臣」

「うぎゃああああぁああ!?」

「わあっ!?」


 オリガが小さな肩にぽん、と手を置いた瞬間。断末魔かと思わせる程の悲鳴を上げながら、サギリがようやくオリガ達の方を振り向いた。

 顔面は真っ赤。エメラルド色の双眸は涙で潤んでいる。


「やだ、ボクちゃんったら。結構カワイイ声で鳴くじゃない?」 

「な、なんだ……お、お前達か。びび、びっくりさせるんじゃない!」

「こっちだってびっくりしたわよ!」

「サギリ様ー、お昼はもうお済みですか? まだなら、一緒に食べませんか? サンドイッチもお茶も、まだまだたくさんあるんですよー」

「昼飯? 悪いが、それどころじゃ――」

「サギリ様、つい先日もお食事を抜いた後で貧血を起こして医務室に運ばれてきたのって、覚えていらっしゃいますか? 覚えてますよねー……」


 にっこりと、しかし迫力のある笑顔。可愛いのに何故だか恐怖さえ覚える表情に、哀れなサギリは小さな身体を更に縮こまらせて。


「……わかった、頂こう」


 そう、頷くしかなかったよう。


「それで、さっきは何をあんなに悩んでたのよ、チビ大臣?」

「チビって言うな、変態勇者」


 可憐な見た目から小食なのかと思いきや、意外にもバクバクと何らかのカツサンドにかぶりつくという男らしい食欲を見せるサギリ。

 彼の空腹も落ち着いたところで、オリガが切り出してみる。


「ボクちゃん、何か悩み事でもあるの? お姉さん達が聞いてあげるわよ?」

「ボクちゃんって言うな! 何度も言うが、お前達よりも僕の方が年上なんだぞ」


 何だかお決まりになってきたやり取りに、サギリががっくりと肩を落として。やがて、とうとう観念したのか重々しく口を開いた。

 

「そう、だな……勇者達はまだこの城に来たばかりだから、わからないとは思うが……その、夜の間に何か変わったことはなかったか?」

「変わったこと?」

「ここ数日、特に夜中に多いんだが……ちょっと、妙なことが起こるという報告が相次いでいてな。なんていうか……モノが勝手に浮いたり、棚などが動いていたり。人の気配を感じて振り向いたのに、そこには誰も居なかったり」

「それって……」


 オリガがメノウ、シェーラと顔を見合わせる。そういう現象は、多くはないが人間界にも存在する。

 そう。それは所謂、


「幽霊ってやつじゃ――」

「わあああああぁああ!!」


 オリガの言葉をかき消すように、サギリが絶叫する。こんなに叫んでいるのに、見回りの兵士は怪訝そうに見てくるだけ。緊急性はないということが判断出来ているのだろうか。

 有能なのか、そうでないのかわかりにくいな。


「ゆゆゆ、幽霊などと軽々しく口にするな! 馬鹿者が!!」

「じゃあ、なんて言えば良いのよ。オバケ?」

「本質は何も変わっていないだろうが!」


 とにかく! とサギリが続ける。その顔面は真っ青で、手も小さく震えている。


「そ、そういう不可思議な現象が起きている、という報告が城内のあちらこちらから上がっているんだ。そして、昨夜は特に多かった。も、もしも……お前達が言うようにその、幽霊だったら……たたた、対処の方法が……ひいいいぃいい!」


 ガタガタ、ブルブル。小柄な体が可哀想なくらいに震えている。彼の言いたいことは何となくわかった。何にそんなに怯えているかもわかった。

 ただ……オリガ達の反応は、


「ふーん」

「へぇ……」

「ほぉー」


 以上。


「な、何なのだその薄い反応は! もう少し言うべきことがあるだろうが!!」


 イマイチはっきりしない反応に、今度は顔を赤くして怒るサギリ。なんていうか、彼が言うほど大事には聞こえないのだが。


「ねえ、ボクちゃん。それで、何か壊れたり失くなったりしたものはあるの?」

「い、いや。そういう被害は確認されていない」

「それなら、別に放っておいても良いんじゃない? そういうのって、いちいち気にかけていたらキリが無いものだから」

「そそ、そういうわけにはいかない! だって……」

「だって?」

「き……気味が悪いじゃないか!!」


 大体! サギリが怒鳴った。


「お、お前達は何とも思わないのか!? 幽霊だぞ!」

「あたしは、ジルを好きに出来ちゃう立場になった未来の自分が怖い」

「うるさい黙れ意味がわからない」

「ワタシは見えない誰かさんより、見えてる虫とか魔物とかの方が怖いけどねぇ」

「うーん、メノウちゃんに賛成ですー。幽霊さんよりもー、足がいっぱい生えてる虫さんの方が嫌、かも……」


 女性三人共に、幽霊など怖くないと断言して。うぐぐぐ、とサギリが一人で悶える。


「ところで、そのことはジルには言ったの?」

「ああ、今朝報告した。だが、あの寝坊助魔王は何と言ったと思う!?」


『…………はあ』


「だけ、だぞ! くっそー、皆して暢気に構えおって……うう、放っておくしかないのだろうか。このままでは怖い……じゃなくて、気になって眠れそうにない……」


 顔面を手で覆って、項垂れるサギリ。真夏の陽気とは真逆の陰湿さに、困ったようにシェーラがオリガを見やる。


「えっと、どうしようか。手の打ちようが無いっていうか。流石に、実体のない幽霊さんを剣で斬ったりして倒すことなんて、出来ないわよねー」

「剣で……? あ、それいただき!」


 ねえ、チビ大臣! オリガがすくっと立ち上がり、腰元に刺した勇者の証をほれほれと見せつける。


「この勇者オリガに任せなさい! この剣は他の剣とは違って、鉄だろうが水だろうがなんでも斬れちゃうのよ? きっと幽霊だって斬り倒せるわ!!」

「ほ、本当か?」


 ぱあ、とサギリの表情が明るくなる。ふふん、これは落ちたな。


「ちょっとオリガ、そんなこと言って大丈夫?」

「問題ナッシン! だって、言い伝えではなんでも斬れるって聞いたし」

「イマイチ信用ならんが……それで幽霊が居なくなるのなら、是非ともよろしく頼む!」

「おおっとぉ! タダで、とはいかないなぁ。人間界の国宝とも言える勇者の剣と勇者を貸してあげるんだから、心づけくらいは貰わないと」

「わかった。相応の報酬をくれてやる、僕のポケットマネーでな!」

「わっほーい! 計画通りー!!」


 オリガが目論見通りに大臣を口説き落として。ようやく纏まった金稼ぎの算段がついた頃、シェーラがぽつりと零した独り言に気が付いた者は、誰も居なかった。



「……んー? と言うことは、わたしが昨夜見た陛下らしき方も……もしかして、幽霊さんだったのかなぁ?」


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