第三話 どうせなら勝手に掃除もしてくれれば良いのに


「それにしても、今の魔王さまって相当な変わり者よねぇ? 人間界だと、魔王は血も涙もない恐ろしい破壊者だって言い伝えられているけど」

「確かに、歴代の魔王は好戦的な性格の御方が多かった。だが、陛下は見ての通りあんな感じだ。下手に刺激しなければ、度が過ぎるくらい大人しい……というか、暇さえあれば寝てばかりというぐうたら独身生活を謳歌している」


 前を歩くサギリが、本日何度目かの溜め息を吐いた。滞在の為に用意したという客室への案内の為に、病室を出て数分。魔界の、そして魔王の情報を少しでも探るべく。世間話という体で、サギリに話かけてみた。すると、余程日々の鬱憤が溜まっているのか聞き出す必要も無くどんどん不満が零れ落ちる。

 まず、魔王は代々『魔人』と呼ばれる種族が継いでいるということ。魔人は人間に近い姿形である上に、その多くが美男美女に育つ。髪が長いのはお洒落や無精ではなく、魔力の質や量を表す指標のようなものらしい。今の魔王のように美しい銀色の長髪を持つ者は、長い歴史の中でも一際珍しいのだそう。

 そして、人間界に伝わる話は偽りでは無いものの。少なくとも、今の魔王は何故だかとても暢気で大人しい平和主義者で、趣味は寝ること。しかし保有する魔力の膨大さと、卓越した戦闘センスは歴代最強の魔王と言っても過言ではないとのこと。


「……あたし、人間界では結構期待された勇者なんだけど」


 確かに、相手がイケメンだという辺りで油断していたのかもしれない。だが、それでも一撃でやられてしまうとは。攻め方も立ち回りも悪くなかった筈なのに。


「ああ、お前の動きは素人の僕から見ても中々だった。将軍達と並ぶ程の実力だとは思うが、相手が悪かったな。陛下は細く見えるが、あの『塵殺の大鎌』を羽のように軽々と振り回す程の馬鹿力の持ち主だ。かと言って、距離を取ればすかさず魔法で消し炭にされるだろうな」


 わーお、マジか。オリガが知っているだけでも、人間界を破滅寸前にまで追いやった魔王は何人も居る。あのイケメンは、そんな怪物達さえも凌駕する実力者なのだそうで。

 人は見かけによらない、というのは全世界共通なんですかね?


「普通にお話するなら、とっても気さくでお優しい方だからー。そんなに怖がらなくても大丈夫よー?」


 サギリの隣を歩いていたシェーラが朗らかに笑った。彼女は丁度仕事が終わりの時間だったということで、一緒に付いてきたのだ。

 若干鼻につくあれこれは多々あるが、性格はのんびりとしているし。良い友達になれるだろうか。


「まさか勇者をこの城でもてなすことになるとはな……陛下の命令だから一応は従うが、少しでも妙な真似をしてみろ。僕の権限で力づくでも追い出すからな!」

「そんなことしないわよ、ボクちゃん。魔王さまの怖さは、身をもってよーくわかったから。ね? オリガ」


 メノウが意地悪げに笑いながら、ウインクを一つ飛ばしてくる。因みにこの女、オリガがちょんぱされた後にすぐに銃を床に置いて降伏した為に、無傷で済んだらしい。本気で恨む。


「でもボクちゃん。ワタシ達の武器は取り上げたりしなくても良いの?」

「ボクちゃん言うな。この城の者には、お前達は客人だから手出し無用とは言ってあるが……何があるかわからないからな。自衛くらいは許可しよう」


 不意に、とある部屋の前でサギリが足を止めた。木目調に金飾りの、豪奢だが品のある扉。どうやら、ここが例の客室らしい。


「女二人だから、同じ部屋で良いだろう? 僕はこれから用があるから、あとはシェーラに任せるぞ。何か必要なものがあったり、困ったことがあったら彼女に言うように」

「はーい、任されましたー」

「何度も言うが……備品を意図して破壊したり、正当防衛以外の戦闘は禁止だ。それ以外の行動は我々に制限する権限は無いからな、好きにすると良い」


 普通に考えれば、牢屋に放り込まれたり処刑されたりしてもおかしくないというのに。あの魔王は本当に変わり者のようだ。

 それにしても、好きにすれば良いとまで言われるとは。ならば、オリガにやることはたった一つだけ。


「あの! 魔王に夜這いすることは戦闘に入りますか!?」


 ビシッと手を挙げて、オリガが言った。残念ながら、既に歩けるまでに回復してしまった為に責任を取って結婚して貰うという方法は使えなくなってしまった。

 だが、怪我をさせたことにそこまでの責任を感じてくれる男ならば。


「無理矢理にでも既成事実を作ってしまえば、魔王なら観念して結婚してくれる筈! 正直、そういう時って男に甘く愛を囁いて貰いながらゆっくり脚を開くものだと思ってたけど……あの魔王ならむしろこっちから押し倒して乗っかりたい」

「オリガ、毎度のことながら妄想がだだ漏れよ?」

「正直、あたしの血で魔王が汚れたって聞いてとても興奮した。だから、もっとあの魔王をこの手で汚したいです、ふひひひ」

「しかも特に聞かなくて良いことまで答えちゃったわねー」

「本当に、これが勇者で人間界は大丈夫か?」


 三人にドン引きされているようだが、大丈夫だ問題ない! 魔王を婿に出来れば、それで良いんだから!


「……まあ、陛下のお命を狙うわけでは無いのだろう?」

「押忍! 欲しいのは命じゃなくて貞操です!」

「それならば、好きにすると良い」

「ッしゃあ!!」

「あら、良いのボクちゃん?」

「先程も言ったが、陛下は良い歳して未だに浮いた話の一つもない独身王族だからな。この際、相手が勇者だろうが何でも良いから恋人というものを作って欲しい。それが成功する可能性は、限りなく低いだろうが」


 因みに、陛下の寝室は最上階だ。そんな素敵な情報を置いて、大臣サギリは足早に立ち去って行った。何だ、生意気だけど結構良いやつなのかもしれない。

 何よりも、夜這いの許可をくれたし。


「よし、じゃあ早速作戦会議だよメノウ! シェーラもお願い、巻き込まれて!」

「えっ、えっ?」

「あーあ、巻き込まれちゃったわねぇ」


 流石に廊下では話せない内容――だと思われる。否、確実に話せない――なので、シェーラの華奢な手首を掴んであてがわれた部屋へと引き摺り込む。気分は生娘を連れ込む悪者、というところか。

 最後に、メノウに目配せ。部屋の扉を閉めさせ、鍵を掛けさせる。


「わー……凄い、上品なお部屋。侵入した時から思っていたけれど、このお城って凄く落ち着いた雰囲気があるわよね。人間界のお城とは違うわぁ」


 メノウが室内を見回して、素直な感嘆の声を上げる。確かに、とオリガも頷く。人間界のお城はとにかく絢爛豪華で、壁や天井はキラキラしていた。

 それに、何が楽しいのか歴代王族の自画像の数々が並んでいたり、昔の芸術家の名画やらご立派な彫刻やら壺やらがこれ見よがしに飾られていたが。

 この魔王城は、そう言った芸術の品があまり見当たらない。壁や天井も落ち着いた色合いで統一されており、この客室の調度品もシンプルだが隅々にまで品がある。

 

「そうねー……お城は陛下のご趣味を受けて変わるから、きっとそういう派手なのがお好きじゃないのよ」

「なる程。そういうのって良いわね。でも、王が代わる度に机や棚まで揃え直すのって大変じゃない?」

「んー、どうなんだろう? それはお城に聞かないとわからないわねー」

「……城? 使用人とかじゃなくて?」

「え? お城やお家って、所有者の魔力に影響されて外装や内装が変わるじゃない? だからー、この魔王城も先代の魔王さまの時は凄く豪華で金ぴかだったのよ? その前は存じ上げないけれど……噂ではとても動物好きな御方だったから、廊下とか中庭にたっくさん動物が居たんだって!」


 シェーラの台詞に、思わずメノウと顔を見合わせる。どうやら、魔界に存在する多くの建物は所有者の魔力に影響を受けてその形を変化させるらしい。

 しかも所有者の魔力が高い場合は、建物内に損傷が発生した場合も自然に修復されてしまうのだそう。何それ便利!


「でも、お掃除は自分でしなきゃダメよー?」

「なんだ、残念」


 どうせなら、掃除もしてくれれば良いのに城のこんにゃろうめ。初めて建物に悪態を吐いた。



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