第二話 イケメンの顔面は簡単には崩れない
蝶番が弾け飛ぶのではないかと思う程に、勢い良く開かれた背後の扉。そこから駆け込んでくる、大勢の兵士達。兎の耳を持った者や、全身をシーツみたいな布で覆い隠す変なヤツなどなど。
何だか、仮装パーティーのようで楽しそう。暢気にそんなことを考えていると、不意に一際小柄な青年がもみくちゃになりながらも、必死の形相でオリガ達の前へと躍り出た。
「陛下! ああ、良かったご無事で……この、人間達め! わざわざ将軍達が留守にしているタイミングを見計らって乗り込んでくるとは、なんて小賢しいマネを!!」
「え、何……子供?」
「あらぁ? なーんか、可愛い子が出てきたわねぇ」
メノウがうっとりと、殊更に甘さを増した声で言った。確かに、彼はとても可愛らしい姿をしている。オリガやメノウよりも一回り程小さな体格に、まるで少女のような可憐な顔立ち。褐色の肌に、短く整えられた赤銅色の髪。
先の尖った耳に、大きなエメラルド色の瞳。確かに、可愛い。頭にリボンを結び、フリフリのドレスを着せてベッドサイドに飾りたいくらいだ。
「子供じゃない! 可愛いって言うな! 全く、なんて無礼な人間達なんだ……貴様等、その身なりからすると……勇者だな!!」
きゃんきゃんと、子犬のように吠え続ける青年。その姿はどう見ても子供にしか見えないものの、よく見れば青年の身なりはかなり整っている。容姿もそうだが、身に纏うローブはかなり上等そうな代物だ。そういえば、態度も何だか妙に偉そうではある。
ということは、それなりの重役だったりするのだろうか。
「ふふーん、その通り! アタシは勇者オリガ、コッチは相棒のメノウ。国王陛下の命により、人間界に仇をなす魔王を討伐に来たわ。痛い思いをしたくなかったら、今すぐその両腕でアタシをそっと抱き締めて耳元で甘ったるく愛を囁きなさい!」
「後半部分が凄く気持ち悪い!」
「オリガ……自分の欲望がだだ漏れよ?」
「くっ、何だか想定していた勇者とは大分様子が違うが……どうしますか、陛下?」
オリガの露骨な欲望を前に、小刻みに震える青年。その青ざめた顔面にあるのは恐怖……ではなく、多分嫌悪感だろう。
オリガとメノウに対峙したまま、青年は背後に居るイケメンを振り返る。その言動から、覆しようのない答えが導き出されてしまう。
「メノウ、残念なお知らせよ。やっぱり、あのイケメンが魔王だったみたい。運命って、残酷なのね……」
「ええ、そうね。割と最初から明らかだったけれど」
「こうなったら、この僕が貴様等の相手をしてやろう。陛下は今の内に安全な場所へ……ん? あの、陛下……?」
どうやら、青年は自らが囮になってでも主である魔王の為に時間を稼ごうと思っているのだろう。だが、不意に何か感じることでもあったのか。青年がゆっくりと背後を振り向き、そのままオリガ達に背中を向けてしまう。どうやら、威勢は良かったものの戦い慣れているわけではないらしい。
ま、流石に勇者らしく警戒心ガラ空きな背後に斬りかかるような下劣な真似はしませんけど。
「陛下? 聞いてます? おーい……」
「…………」
青年が何度も呼び掛けるも、魔王は答えない。先程から足を組んで目蓋を閉じたまま、同じ格好で静かに玉座に腰掛けている。
いっそのことビスクドールだと言われても騙されてしまいそうだが、規則的に上下する肩は生き物である証。しかし、それが意味することは……。流石に、オリガも悟った。
「ねえ、メノウ。あのイケメン……もしかして」
「ええ、オリガ。多分……ワタシも、同じこと思っていたわ」
ヒソヒソと、内緒話。しかし距離が近いが為に、どうやら聞こえてしまったらしい。青年が妙に焦った様子で、魔王を必死に呼ぶ。
「へ、陛下ー! あのー、聞いてますー? 勇者ですよー、勇者が来たんですよー。ここは、偉そうに踏ん反り帰って世界の半分をくれてやろう! とか言って挑発するタイミングですよー」
「…………」
「魔王さまー? おーい、へーいかー?」
「…………」
返事がない。しかし、相変わらず肩は穏やかに上下しているから多分屍ではない筈。何なら、耳を澄ませれば僅かに開いた唇から静かな息まで聞こえてきそうだ。
それはもう、すやすやーってやつが。
「……すまない、勇者とその仲間。十秒だけ、時間をくれ」
「あ、どうぞどうぞ。お構いなく」
青年があまりにも申し訳なさそうな表情をするので、オリガとメノウも頷くしかなくて。元々勇者というものは、敵が何回変身してもその隙だらけな瞬間はあえて何もせずに見守るというのが鉄則だから。大丈夫、待つのは得意だ。
オリガ達に背を向け、青年が重々しく溜め息を吐く。そして右手を軽く振り上げるや否や、辺りの空気が一瞬で表情を変えた。
緊張の糸が張り廻り、肌を引っ掻くような鋭い冷たさを帯びる。青年の指先には、瞬く間に氷の槍が形成される。
「す、凄い……!」
これが、魔法! 魔王城に到着する道中の魔物が何度か使っているのを見たが、ここまでのものはオリガもメノウも見たことが無い。まるで手品のよう。
あっという間に、美しくも酷薄な氷の槍が空中に浮かび上がる。そして、オリガが腰元の剣を抜く暇も与えられないまま――
「さっさと起きろ! 顔とルックス、その他色々な才能に恵まれている癖にその青春のほとんどを睡眠に費やして無駄遣いしているぐうたら魔王!!」
「――――へぐぁッ!?」
青年の身の丈程もある氷の槍が、何の躊躇も無くオリガ……ではなく。あろうことか、主君であろう筈の魔王へと投げ付けられる。しかも、切っ先は明らかに顔面を狙っていた。
「ちょっ、イケメンの顔面を狙うなんて最低!」
「ふんっ、この程度の攻撃であの顔面は崩れたりするものか! 出来るなら、とっくにやっている!!」
オリガの悲痛な叫びに、青年が不穏な物言いで返す。彼の言う通り、突き刺さったりすることさえ無かったものの、怒号と共に放たれた槍はまるで雷の如く魔王の額に命中して粉々に砕け散った。
対して、魔王。避けることも、払い退けることも、防ぐこともせずに。額に打ち当たった衝撃に、それはそれは奇妙な声を漏らすと両手で額を抑えた。
あ、そういえば。
「ねえ、メノウ。今……あの魔王、初めて声出したね」
「そういえば、そうねぇ」
「聞いた? 滅茶苦茶イケボだったよね!」
「え、今の『へぐぁッ!?』でそう思ったの?」
「あー! 耳元で名前でも囁かれたら絶対失神する。ていうか妊娠する」
メノウから可哀想な視線が向けられてくるが、気にならない。今は目を覚ました魔王の所作、一つ一つを見つめるので精一杯なのだ。
魔王の挙動に従うように、さらさらと揺れる銀髪。今まで閉ざされていた双眸が、確固たる意思を持って青年を睨み付ける。
「痛い……おい、サギリ。今の一撃は流石に痛かったぞ」
「申し訳ありません、緊急事態なもので」
背徳行為なんて何のその。しれっと悪びれた風も見せず、代わりに僅かに身を引いて。魔王にもオリガ達が見える位置に立つと、ビシッと指差した。
「改めて申し上げます。陛下、人間界から勇者とその仲間がやってきました」
「勇者? 人間界から……」
そうして、ついに。魔王がオリガを見た。真っ直ぐにオリガを見据えるピジョンブラッドの瞳。魔王は代々、血のような毒々しい紅い瞳を持っているというが。
目の前に居る魔王の目は、静謐でありながら蠱惑的で。どんな上等な紅玉でも、彼の瞳には敵わない。オリガはすっかり魅了されてしまっていた。
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