魔王(イケメン)よ、あたしをお嫁さんにしなさい!【出会い編】

風嵐むげん

【序章】

ああ、魔王! あなたはどうして魔王なの!?

第一話 魔界では魔王と書いてイケメンと読むんですか?


 人生設計が狂った。


 思い出してしまう、ここまでの苦労と道のり。勇者に選ばれてから十年以上剣の修行をして、相棒と共に世界中を旅してやっとの思いで魔界へとやって来た。野宿なんて数え切れないくらい繰り返したし、明らかにヤバそうな色と形の草を齧って命を繋いで、ついでに魔物も倒したりして何とかこの魔王城まで辿り着いたのだ。

 あとは魔王を倒すだけ。そうすれば勇者は無用の長物と成り果て、自由な人生を歩むことが出来る。具合的にいうなら、顔が良くて財力も優れた旦那様にプロポーズされちゃって、子供とかも三人くらい作っちゃって。そして子供達を相手に剣術を教えながら田舎で余生を過ごそうと計画していたのに。


 完璧な計画が、呆気なく崩された。


 ――目の前に現れた、『魔王』の存在によって。


「あ、あたしの……あたしの人生設計が狂ったあああぁ!!」


 高めの位置で一つに括った金髪を振り乱しながら、一人の少女が喚く。遠い遠い故郷にある彼女の家が四軒くらい入りそうな程に広い空間に響き渡り、埃一つ許さないまでに磨かれた大理石の床に何度も跳ねる。

 

「ど、どうしようメノウ!? あああ、あたしの……あたしの完璧な未来予定図が粉々になっちゃった!」

「落ち着いて、オリガ。魔王を前にして、発する第一声が完全に間違っているから」


 ポンポンと、オリガの肩を叩きながら。こんな時でも妙に落ち着いて――そして、無駄に艶のある声で――メノウが諌めるように言った。目の前に敵が居るにも関わらず、つい何時ものように相棒の方を振り向いてしまう。

 柔らかな亜麻色の髪に、猫のように大きなチョコレート色の瞳。ふっくら艶やかな唇に、彼女がいつも付けているお気に入りの香水が甘くふんわりと香る。ついでに、動き易いという理由だけで布面積が非常に少ない服装と、そこに収まり切らない程に豊満で柔らかそうな胸が視界に飛び込んできた。

 よし、おかえり正気。何故だか頭が良い感じに冷えてきた。


「……そこの魔王。少し作戦会議をするから、大人しくそこで倒されるのを待っていなさい」


 一旦、正面に向き直り、堅牢な玉座に堂々と腰掛ける魔王にそう言い付けて。よし、これで大丈夫。改めて、メノウの方へと振り返る。作戦会議なので、ヒソヒソ声でそれっぽく。


「ど、どーいうこと? ねえ、メノウ。あたし、あんなの聞いてない!」

「聞いてないって言われても……ねえ」


 メノウが腕組みをして、困ったように首を傾げる。そのポーズ、腰の細さと乳のデカさが際立つんだが。

 背中にショットガン、太腿に回転式のハンドガン二丁等々物騒な武器を装備してさえいなければ投げ飛ばしてやるのに。


「ワタシだって聞いてないわよ。まあ、魔界はワタシ達がこうして乗り込むまでは完全に封鎖された世界だったから、情報が入ってこなかったのも無理はなかったのだろうけど……」

「そ、そんな」

「でも、別に良いじゃない。オリガは人間達の希望、『勇者』なのよ? そして、あそこに居るのは人間界を恐怖に貶める『魔王』……アンタはあの魔王を倒し、王様から多額の報酬と王族の中では一番イケてるルックスの末の王子を旦那に貰って、平穏で幸せな余生を過ごすんでしょう?」

「そ、そうだけど……そうなんだけど……」


 ちらりと、視線を玉座へと滑らせた。魔王はちゃんと、逃げずに大人しくそこに居た。オリガは改めて、自分が倒すべき敵の姿を注意深く観察する。

 絹糸のように滑らかな長い銀髪には癖がなく、持ち主の動きに合わせてさらりと揺れている。肌は雪のように白く、涼し気な目元に薄い桜色の唇。座っている為にわかり難いが、ゆるりと組まれた脚は長く背は高い方だろう。

 何か考え事でもしているのだろうか。今は伏せてしまっているが、その瞳が鮮やかな紅玉であることは確認済みだ。漂う物静かな大人の雰囲気も相俟って、なんていうか――


「それにしても……魔王があそこまで綺麗なお兄さんだとは、思わなかったわねぇ?」

「んはああああぁああ!!」


 クスクスと笑うメノウに、オリガは改めて絶叫した。そう、そうなのだ! 魔王がまさか、息をするのも忘れるようなイケメンだとは思っていなかった。魔界の主にして、人間の敵であるとは全くこれっぽちも想定していなかったのだ。

 魔王とかいうイカツイ名称だから、てっきり筋骨隆々なオッサンとか偉そうなジジイとかを想像していたのに! 端正な顔立ちも、黒衣を纏う均整の取れた体躯にも文句の付けようが無いのだ。

 一体、目の前に居るのは何!? 鬼才の芸術家が生み出した傑作かな!?


「でも、そんなに強そうには見えないし……サクッと倒して、お縄に頂戴しちゃいましょう? そうしたら、アンタのお気に入りのサンティ王子も薔薇の花束を持って結婚でも何でもしてくれるわよ」

「……え、サンティ? 何それ? 新しいイモの品種?」


 メノウが唖然とした表情で、オリガを見つめてくる。今まで一番格好良いと思っていた男でさえも、イモにしか思えなくなってしまうだなんて。


「恐ろしい……なんて恐ろしいの……こっ、これが! これこそが、魔族だけが使えるっていう噂の魔法ってやつなのね?」

「んー。多分、違うと思うけど」

「どうしよう、超タイプなんだけど……ダメ、ムリ。好き。ごめん、メノウ。あたし、戦えない」


 ええー? と、メノウが声を上げた。無理だ、絶対に無理。メノウの銃ならまだしも、オリガの武器は勇者の王道に則って剣なのだ。ということは、どうしても敵に接近しなければならない。それこそ、相手の息遣いが伝わるくらいに。


 ということは、あの魔王イケメンとそれくらい接近しないと駄目だということだ。


 あの綺麗な顔が、髪が、声が……。いや、そういえば未だ、あの魔王はオリガ達の前で一言も発していない。でもきっと下半身に響くイケボに違いない。


「ムリ……そんなの、萌えすぎて灰になる自信がある……」

「あーあ。オリガは本当に面食いなんだから」

「いや、でも待って……ねえメノウ。あの人、そもそも本当に魔王なのかな?」


 落ち着け、よく考えてみよう。ここは魔界の中心に位置する魔王城。そしてオリガ達が居るのは、更にその真ん中辺りにある玉座の間。そして、目の前にあるのは魔界の主にのみ許された玉座であり、そこに腰を降ろしているのは魔王その人。

 いやいや、待て待て。玉座に居るからで魔王、という考え方は果たして正しいのか? あのイケメンはただ、たまたまそこに座っているだけなのかもしれない。


「そう、きっとそうなのよ! きっとあのイケメンは、貧血か何かで具合が悪くなってたまたま空いていた椅子に腰を降ろして休んでいるだけなのよ!! ほら、さっきから全然動かないし怒ったりもしないもん!」

「いや、その発想は流石に無理があると思うけど」

「きっと、あのイケメンは天使なの。神さまが手塩に掛けて、下界の穢れから隔離した箱庭で真綿に包むようにして蝶よ花よと育て上げられた天使なんだよ! だって、魔王っぽい角とか牙とかも無いし!」


 人間界にある魔王の資料には、どれもこれも角とか牙とかウロコとか尻尾とか身体の至る所に色々くっついていたけれども。

 目の前のイケメンは、見る限りただのイケメンだ。


「はっ……もしかして、あのイケメンはイケメン過ぎるから本物の魔王に拉致されてイケナイ悪戯を夜な夜な強要されているのかも!? いやーん、ちょっと待ってぇ! みたいな!」

「……アンタの妄想力って凄いわよねー。お姉さん、一緒に居て本当に飽きないわぁ」

「こうしちゃいられない……早く、本物の魔王をやっつけてあのイケメンを助けなきゃ! そして、あのイケメンを家に連れて帰って傷ついた身体と心を癒してあげるの。それはもう手取り足取り……ぐふふ」

「オリガちゃん、涎が垂れてるわよ?」

「よし、行くよメノウ。いざ、我が輝かしい人生設計の再構築へ! ついでに人間界を平和にするのっ」


 両手の拳をグッと握り締めて、オリガが意気込む。あのイケメンは何としてでも手に入れてやる。たとえ、魔王や神と争うことになっても! だって、オリガは自他ともに認める勇者なのだ。

 勇者は、夢や願いを叶える為なら全力を出せるのだ! あと、見知らぬ民家のタンスから薬草や小銭をかっぱらう程度の犯罪も許される。

 ならば、魔王城からイケメンを連れ出してもきっと大丈夫。そう開き直ろうとした、その時だった。


「陛下! 魔王陛下!! ご無事ですか!?」


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