第6話 これにて一件落着

 俺と響子は、一件落着したので事務所に戻ることにした。ビルの中に入ると、すぐに異変に気づいた。

「異変って? 何も変なところなんかないけど」

 と響子は言った。彼女程度の頭では、この状況がおかしいと気づかないのも無理はない。

 実際、CTスキャンで調べたところ、彼女の脳みそは空っぽだった。頭蓋骨の中に何も入っていなかったのだ。


「そんなこと言ってないで、何がおかしいのか説明してよ」


 俺はわざとらしくもったいぶって、

「女が逃げ出したとき、俺は急いでいたので、扉を開けたまま閉めずに廊下に出た。そんなに睨むなよ。君だって同じように扉を閉めなかったんだからな。つまりまとめると、今扉が閉まっているのがおかしいということだ」

 俺の勝ち誇った声が、フロアに響く。響子は俺の正論に圧倒され、声も出ないようだ。


 ところが、彼女は落ち着いた口調で、 

「保育園の先生が閉めてくれたんでしょ。あそこ、中からうちのドア見えるから」

 彼女の言う通りなら何の問題もない。だが、何故か不吉な予感がした。

 俺はドアノブに手をかけ、開かずの扉を開けるように、ゆっくりとオフィスのドアを開いた。心臓が激しく鼓動する。


 すると中には、色とりどりの宝石に飾られた数体のミイラが横たわっていた。


「何してるの、君たち」

 響子の言葉で俺は目が覚めた。シルクロードの秘宝は夢と消え、不法侵入者という現実に立ち向かわなくてはいけない。相手は三名。内訳は男が二人と女が一人。

 こちらのほうが分が悪い。それにさきほどの喧嘩で体も悲鳴を上げていた。俺はしかたなく、懐からコルト・パイソン銃を取り出した。


「フフフ、馬鹿どもめ。残念だが、脅しのつもりじゃない。嘘だと思うなら、マグナム弾、おまえらの頭にぶっ放してやろうか」

 俺は両手で銃身を握ると、銃口をそいつらに向けた。

 彼らは、本物の拳銃を見るのは初めてのようで、あんぐりと口を開けたまま、俺のほうを見つめている。


「撃ってみろよ」

 さいとうのぶたかが言った。

「ピストルなんか持ってないくせに。おまえがバカだ」

 年長組のあらきまことが言った。

「わたちも打つ。バーン」

 ふゆきみゆが言った。

 園児たちは、扉が開いていることをいいことに、中に入り、事務所に侵入し荒らしていた。


「早く出ていって」

 響子は彼らを追い払ったが、あきらめが悪いようで、扉の向こうから、バカ、バカという声が聞こえてくる。

 俺は扉越しにそいつらに、

「いつまでもバカなことしてないで親孝行でもしたらどうだ。早く仕事見つけて、真人間になって出直してきな」

 と声をかけた。これも親心からしたことで、本心から彼らの行く末を案じていた。


 突然の珍事で、響子は俺とのディナーをあきらめたようで、「帰るとき、ドアの鍵忘れないでね」と言い残し、俺のもとを去っていった。

 その後、俺はお気に入りのジャズを聴きながら、ホットヨガに打ち込んだ。

 愛車に乗って自宅に向かう間も、「おまえがバカだ」というあらきまことの声が、頭の中で反芻していた。


 おまえがバカだ……俺のどこがバカだというのだ。ひらがなもろくに書けないようなガキに馬鹿と言われるほど、知能は低くないし、腕力だってあいつに負けるとも思えない。あらきはたしかに年長組の中でもガタイが良く、俺より若いし、運動神経もいい。

 だが、俺は長年に渡る武者修行を経て、独自の棒術を編み出した男だ。その棒は、ただの棒ではない。用途に応じて伸縮する、「スズメバチでお困りなら」でおなじみの長岡害虫駆除が開発した最強兵器だ。人呼んでバベルの棒。いい歳こいて両親のもとに居候している、あらきまことなんか、一撃でお陀仏だ。


 俺が情けをかけなければ、今頃は、棺桶の中だということがわかってないようだ。危うく命拾いしたくせに、おまえがバカだ、などという台詞は百年早い。


 しかし、俺の目にはあらきの真剣な表情が焼き付いたままだった。きっと彼は、あの七文字に何かのメッセージを込めたに違いない。

 何故、俺は馬鹿なのだろう。原点に戻って考察してみよう。


 依頼人松村千佳が俺のもとを訪れ、ストーカー被害を訴えた。

 同日、松村は姿を消し、俺はストーカーを張った。

 ストーカーは、松村が自分の恋人だと言い張る。

 松村が見つかり、事件は解決した。


 これのどこに問題があると言うのだ。完璧ではないか。しかし、心のどこかで、何かがおかしいという気がしてしかたがない。


 俺はIQ230の頭脳を駆使して、この謎に挑む。

 小卒のくせに理工系で、物理学者パスカルにちなんでパスカルと呼ばれた俺だ。

「どんな謎も、適切な公式に当てはめれば、必ず解ける」

 俺がそう唱えると、俺の周りに、数学や物理の公式がランダムに浮かび上がる。

 しかし、どの公式もこの謎には当てはまらない。


 そうだ! あの公式だ。


………… ¢▽∂∬Å♂℃※⊆〒↑⇒∞∧∃≒‰♪¶%∴±¥☆£◎§★ゑグヰヰΨζΘΔΦυπЮЁЙ┿┻㌢㏄㍑㌘㈲℡㍼欝 …………



 わかった!

 たしかに俺は、あらきの言うように、とんでもない馬鹿だった。いや、あらきの思っている以上の馬鹿だった。


 俺は、事件の顛末を、まだ響子から聞いていなかったのだ。

 しかし、もう、午後九時だ。これから帰って、連続ドラマを見なければならない。事件のことは明日にしよう。


 俺が自宅リビングでくつろいでテレビを観ているときに、大人の隠れ家的BAR「JACKKNIFE」のマスターは、グラスを拭きながら、カウンター越しに俺にウィンクを投げかけた。


「よしてくれよ。いくら俺が男が惚れる男でも、中年おやじにはこれっぽっちも興味がないんだ」

 俺はテレビ画面を見ながらそう言った。

「あんたにウィンクしたんじゃないよ。そちらの女優さんにだよ」

 と、マスターは24畳のリビングにふさわしい、60インチのHDR対応4Kテレビにきらびやかに映る大人気女優(名前は忘れた)を見ていった。

「マスター、あんたがいくらアピールしようと、テレビの中から彼女(名前は忘れた)が出てくるわけないから、無駄なことだ」

「さっきから、かっこ名前は忘れたかっことじるって、言ってるけど、それ何かのおまじないかい」

 どうやら秘密をマスターに話すときがきた。

「マスター、驚かないで聞いてくれよ。(名前は忘れた)という言葉は、その名前を忘れた人物を召喚するときの呪文さ。そのことはネクロノミコンという書物の裏書きに記されているけど、このことを知る者は、世界に俺ひとりしかいないのさ」

「またいつものほら話かい」

 マスターはそう言ったが、数秒後、奇跡を目撃することになる。

 一、二、三、四、五、このくらいで数秒後かな。とにかく数秒が経った。

 俺が町内福引き会で当てた大画面テレビの中から、(名前は忘れた)女優は、「失礼します」といって、遠慮がちに出てきて、一流ホテルを思わせる我がリビングの床を踏みしめた。

「ようこそ、ハニー」

 俺は平常心で彼女(名前は忘れた)を迎えたが、マスターは「ぶったまげた。こんなことが本当に起こるとは」とあっけにとられていた。

 しかし、ヒロイン役の女優(名前は忘れた)は、

「なんで、あなた、私の名前知らないの」と俺に文句を言ってきた。

「それは、君があまりに魅力的すぎて、いくら名前を覚えても、どこかへ消えてしまうのさ」

 彼女(名前は忘れた)を傷つけまいと、俺は嘘を吐いた。

 そんな夢のような時間も、まもなく終わりを告げることになる。

「せっかくあえたのに、もうお別れね」

 その女優(名前は忘れた)はそう言い残し、姿を消した。


 突然のにわか雨だった。俺がこの最高級マンションを三億円のキャッシュで購入したのは、高層から見下ろす夜景が気に入ったからだった。しかし、この最新マンションにも致命的な欠点があった。

 アンテナレベルが低く、風が強かったり、雨が降ったりすると、テレビ画像が乱れたり、映らなくなるのだ。

 業者に頼んでブースターを交換すれば対応できるそうだが、数万円はかかるという。このテレビ離れの時代、アンテナレベルを上げるなどという時代錯誤なことに、虎の子の貯金を使うのは、ドブに金を捨てるようなものだ。だから、俺はそのままにしてある。


 俺の唯一の趣味はテレビ鑑賞だった。その生き甲斐が奪われたのは、全部地デジ化のせいだ。俺はアナログで十分満足していた。だから、地上派テレビがデジタルに変わっても、外付けチューナーを中古屋で購入して、23インチのアナログテレビを使い続けてきた。今の時代には23インチは随分小さいが、番組が映らなければ、奥行きのある無駄にデカイ箱だった。


 テレビが見られないと、家にいてもすることがない。地デジ難民である俺は、管轄省庁である総務省に呪いの言葉をはきかけながら、大都会の夜をあてどもなくさまようことになった。


 たどり着いたのは遅くまで営業しているラーメン屋だった。屋号が「閉店間際」なのに、一向に閉店する気配がない繁盛店だ。その日もカウンター席は客で一杯で、仕方なく、若いカップルが向かい合って座っているテーブル席に相席した。


 俺は女の隣に座った。女が魅力的だからそうしたのではなく、その逆だから顔を見ずにすむよう、あえて女の隣に座ったのだ。もちろん、乙女心を傷つけないよう、

「お美しいお嬢さん、お隣に座れて光栄です」

 と、顔をみずにお世辞をいっておいた。


「それってブスってこと」といって、向かい側の若い男がなぜか笑っている。

 女は、「失礼ね」と俺に言ったが、美しいと言われて失礼とはどういうことだろう。

 さらに女は、「すいませ~ん」と厨房に向かって「この客、帰らせてくださ~い」と注文をつけた。

 店主がこちらを見たので、俺もついでに、「今夜限りの豚骨大盛り」と注文した。

 顔なじみの店主は、相手が俺だとかわると、

「あ、実績と信頼の便利屋さんだ。ちょうどいい。バイトが休んで困ってたんだ。こっちきて手伝ってよ。隣のお客さんもあんたがいると迷惑だって言ってるし」

 と、実績と信頼のラーチャー&スミスバーニー探偵社に仕事の依頼を持ちかけた。

 食通で名の通っている俺は、

「俺が、湯切りのラーチャーって見抜いたのはあんたが初めてだ。だけど、残念ながら五年前に引退したよ」と断った。


 しかし、目先のことしか考えない店主は、

「何でもするってチラシに書いてあったよな」と俺に喧嘩をふっかけた。

 売られた喧嘩は買わねばならぬ。俺はあっさりと負けを認めて、厨房に入った。それから閉店まで働き、五千円の報酬を得た。

 店主は俺に五千円札を渡すと、「ラー油とチャーシューでラーチャーだな」と面白くない冗談を言って笑った。俺は、「大将、さすが」とほめておいた。

 相手は気をよくし、「そうだ。ラー油とチャーシュー普通の二倍入りで、ラーチャー麺っていう新メニュー作ろう」といって、早速試作を試みている。

 俺は権利関係については目をつぶることにし、

「また何かありましたら、実績と信頼の便利屋ラーチャー&スミスバーニー探偵社へご連絡ください」と言い残し、眠い目をこすりながら、そのラーメン屋を後にした。



 翌日、響子がオフィスに出勤したときには、時計の針が九時を回っていた。

 彼女はいつものように、ドアを壊さんばかりの勢いで開け、大声で「おっはよう」と怒鳴り、俺のほうに、ハンドバッグを放り投げてきた。

 俺は、革の痛んだバッグを両手でキャッチすると、

「ベイビー、あまりの遅さに、お天道様もあくびしてるぜ。ところで、こんな風に俺がプレゼントした大切なバッグを粗末に扱うのは、俺にまた新しいのを買うように催促してると考えていいのかな」

「さすがは名探偵さん。響子、もう、この鞄飽きちゃった。もっと高級なのが欲しい」

 と、彼女は甘えた声でねだった。

「いつでも好きなだけ買ってやるけど、モノは粗末に扱っちゃだめって、田舎にいるとき、村長さんから教えてもらわなかったかな。中古屋に売るとき、査定価格が下がるんだぜ」

「おらの村の村長さん、隣村と掛け持ちやけん。だって、二つの村合わせて人口が百人しかいないんだから」

 そういって、彼女はボロボロと涙を流し始めた。普段、強がってるだけに、彼女のそんな様子を見るのは意外だった。

 人には誰も隠しておきたい秘密というものがある。彼女がそれほどまで出身地コンプレックスに悩まされているとは知らなかった。

 上司として、彼女の気持ちを理解してあげたいが、気の毒だが、ニューヨーク育ちの俺にはさっぱりわからなかった。


「自分が遅刻したのを、私が遅刻したみたいに語るのはよしてよ。それに、都会育ちの私が田舎者で、行ったこともないくせに自分がニューヨーク育ち。大体、いつ、あなたにバッグ買ってもらったのよ」

 寝坊して九時すぎに出社した俺は、後ろ手にドアを閉めた。彼女はかなり前からいたらしく、阿修羅のごとき形相で、自らの怒りを表現している。


 阿修羅のごとき形相だ。

 だから、阿修羅のごとき形相って言ってるだろう。

「笑顔が素敵なこの私が、阿修羅の顔なんかできるわけないでしょ」

 彼女はそう言って、無理に微笑んだ。やはり相当不機嫌なようだ。


 俺のほうが遅れると、必ず、彼女の機嫌が悪くなるのはどうしてだろう。

 そんなとき、俺にはとっておきの秘策があった。俺は、渾身の力を振り絞り、

「あ、あんなところに、アオアシカツオドリが」といって、窓の外を指さした。


 ガラパゴス諸島にいるはずの珍鳥が、笠松ビルの近くにいるとは驚いた。響子は、まるで天使にでも遭遇したかのような表情で窓に近づいた。

「近づいちゃ駄目だ。そいつにとって食われるぞ」

 彼女は俺の忠告を無視して、サッシ窓を開けた。珍鳥はにやりと笑うと、「馬鹿な人間め。自分から俺様の餌になるとは」といって、オフィスに侵入してきた。

「どうしよう。そうだ、こんなときは、スズメバチでお困りならでおなじみの長岡害虫駆除に頼めばいい」

 俺は早速、長岡義男代表に連絡した。

 すると長岡は、

「なに? 仕事くれって? それはこっちの台詞だろう。あんたのところが便利屋だから、害虫駆除の仕事とってきてもらって、うちが実際に仕事して、そんときあんたが暇だったら、手伝ってもらってるけど、こっちがとった仕事をそちらに回せるほど忙しくないもんでね」

 と、俺の親切心を土足で踏みにじるような発言をした。俺は涙ながらに電話をきった。


 害虫駆除業界がどれだけ大変かしらない響子は、開けた窓からのんきそうに外を眺めている。

「所長が格好つけて、タバコ吸うから、たまには空気入れ替えないと」

 伏流煙で迷惑をかけていることには謝りたいが、断じて俺は、格好をつけてタバコを吸っているわけではない。


「そうそう、昨日の松村さんの件だけど、まだ話してなかったわよね」

 命にかけて、俺は、格好をつけてタバコを吸っているわけではない。

「松村さん、最近疎遠気味の彼氏が浮気してるか気になってて」

 誰がなんと言おうと、俺は、格好をつけてタバコを吸っているわけではない。

「だけど、自分が浮気されていると思うこと自体、認めたくなくて、探偵に頼むのも、なかなかふんぎりがつかなかったみたい。要するに、証拠写真とか見せられたり、具体的な浮気相手の名前知るとかが怖かったということ」

 たとえこの世が終わろうとも、俺は、格好をつけてタバコを吸っているわけではない。

「そんなとき、所長の噂を聞いて、この事務所なら、彼氏のことストーカーってことにして、自分がいなくなれば、必然的に彼氏のほうを調べることになるから、浮気してるかしてないか、曖昧な感じでわかるかもって考えて。自分が傷つきたくないから、はっきりしたことは知りたくなくて、緩い調査を期待したってこと。微妙な女心のなせる業ってとこかしら」


 あえて、もう一度だけ言わせてもらう。俺は、格好をつけてタバコを吸っているわけではない。

「もう、わかりました。あなたがタバコを吸うのは、格好をつけるためではありません」

「わかればいいんだ、わかれば。君が僕を理解してくれた記念に、二丁目の花屋さんでバラの花束を買ってくるから、しばらくの間だけ、待って欲しい」

 俺はそう言い残し、オフィスを出た。


 薄暗い廊下を歩いていると、園児達の歌声が聞こえてきた。


 ~ぼくはうんちがひとりでできるんだ~だってもうあかちゃんじゃないんだもん~

 ~だけど、あかちゃんだってひとりでうんちしてるよ~それならぼくは、あかちゃんなのかな~


 園児のひとりが俺に気づくと、天使の歌声は止まった。

「あ、ラーチャーだ。どこ行くの?」

 窓越しにそう聞かれた。

「風の吹くまま、気の向くままさ」

 俺はそう答えた。

 その言葉が彼らには理解できないようで、

「あ、わかった。うんちしに行くんだ」

「うんちだ」

「うんち男だ」

 彼らの推測は当たらずと雖も遠からずだ。俺はWCという看板を掲げた空間に入った。そこの個室は内側から鍵をかけることができ、いわば一種の密室といえる。密室の謎は、俺の十八番だ。これからじっくりと考え、謎を解き明かし、世間をあっと言わせるつもりだ。



 多少はアシスタントの助力があったものの、ほとんど俺一人の力で事件は解決した。これまで俺の手がけた数々の難事件の中でベスト5に入るほど、不可解なものだったが、圧倒的な頭脳と緻密な論理の前には解けぬ謎は存在しないのだ。なお、俺の手足となって、地道な聞き込みをあきらめることなく続けてくれた、警視庁捜査一課のメンバーにはここに感謝の意を述べたい。


 かつて俺の部下だった男は、いまでは、警察庁長官にまで出世していた。ときどき、彼は俺のオフィスを訪ねてくる。彼は揉み手をしながら、

「比由先生のおかげで、犯罪検挙率がうなぎのぼりで、このままだと、後二年もすれば、百パーセントを超えてしまいます」とお世辞をいってくる。

「それが何か問題なのか?」

「問題なんてもんじゃありませんよ。分子のほうが分母より大きいんですよ。どう、世間にわかるように説明していいのか、困ってます」

「100パーセントを越えた部分が、俺の存在ということでいいじゃないか」

 俺は、遠くを見るような目をして、そういった。

「おっしゃる通りです」


 彼だけでない。多くの各界セレブが俺の力を必要とし、やたらと依頼を持ちかけるものだから、ラーチャー&スミスバーニー探偵社は、いつもてんてこ舞いの状態だ。そんな彼らに俺は、

「俺だって、プライベートというものがあるんだから、いい加減にして欲しいぜ。自分の不始末を人様にどうにかしてもらおうなんて、甘い考えで来られちゃ、お天道様に顔向けができねえってもんだ。わかったら、ぼけっとしてないで、そこの灰皿でも片づけな、唐変木」と諭すのだった。


 それで、いまでは世間は、俺のことをこう呼ぶ。


 粋でいなせな、サイケでサイコで最高のタフガイ探偵、その名も、Mr.ハードボイルド。

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