エピローグ
エピローグ
春の季節は苦手だった。
山の斜面には桜がいっぱいに咲いて、小さな花びらを散らせつつある。陽の光が、雨粒のように輝いていた。風はもうだいぶ、柔らかさを含んでいる。
霊園は相変わらずの静けさに包まれていた。死者はもう、何も語らないのだ。そこにあるのは、ただ清澄な穏やかさばかりだった。
ハルは母親の墓の前にかがんで、ぼんやりとしている。
いつもなら、ハルはここに一人でやって来ていた。誰にも何も言わず、一人で。何故かそうすべきなような気が、いつもしていた。
けれど今日、ハルは一人ではない。
その辺を、アキが散歩しているはずだった。といって、彼女が無理矢理ついてきたというのではない。ハルが彼女に、ついてきてもらったのである。
どうしてだろう――?
ハルは自分でも、よくわからない。けれど誰かにいて欲しかったのだ。そしてこの一年を巡る時間のあいだ、水奈瀬陽はずっとハルのそばについてくれていた。
「…………」
アキはあれから、ほとんど何の質問もしていない。
母親のことも、結城季早のことも、魔法のことも――
「君のことを知りたい」
そう、アキは言った。
けれど、聞かなくてもいいことは、たぶんあるのだ。
「……くしゅん」
近くで、くしゃみをする音が聞こえた。
見ると、アキが向こうに立って鼻をこすっている。季節の変わりめで調子が悪いのか、彼女はしきりにくしゃみをしていた。
ハルはしばらくして、おもむろに立ちあがっている。
「そろそろ、行こうか――」
「うん」
二人は墓をあとにして、歩きだしている。砂利を踏む音だけが、奇妙に虚ろな感じに響いていた。それはたぶん、死者のための音なのだろう。
歩きながら、ハルはふと考えている。
自分はこれからも、折にふれてはここに来ることになるだろう。
それは、何故だろう――
失われたもののために、だろうか。
いや、たぶんそれは――
「……くしゅん」
その時、アキが隣でくしゃみをした。
ハルは彼女の様子に、少しだけ子供っぽく笑っている。
不完全世界と魔法使いたち① ~ハルと永遠の魔法使い~ 安路 海途 @alones
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