第10話 傷だらけの帰還
真人の視界は光で真っ白に染まり、まだ正常に作動する眼球センサーが光の具合を調整する。視界はたちまち明瞭になり、時空を越えた先を映しだす。
高い天井の、広い空間だ。倉庫のようであるのに中にはがらんとしていて、真人が乗る舟以外には何もない場所であることは、この空間へ最初に足を踏み入れたときから真人は知っている。
タイムマシンが建造され、政府の目から隠されていた、さる民間の技術集団の工場。そこに、真人を乗せたタイムマシンは到着していた。
真人の耳が、声を拾った。
「真人!
舟から少し離れたところに立っていたはずの西村博士が駆け寄り、倒れている真人の顔を覗き込んだ。遅れて、
「なんてひどい……ああ、セーフモードになってるんだな? すまない、すぐに修理してやるからな」
そう、泣きそうな顔になりながら、西村博士は彰彦の手を借りて真人の上半身を起こした。
「……深雪は? 真人、深雪はどうした?」
「――――っ」
硬い面持ちの彰彦に問われ、真人は喉を震わせた。こみ上げてくる得体の知れない疑似感情の波を抑えつけようと、唇をぎゅっと引き結ぶ。
「…………あい、つは……………」
真人はそれ以上を言おうとするが、言葉にならない。セーフモードだからではなく、紡ぐべき言葉を、思考プログラムが紡いでくれないのだ。真人はこんなに語りたいと思っているのに、語らなければと考えているのに。まだ生存している様々な疑似感情が、思考にノイズを生んでいるからだろうか。――――喉が、胸が苦しい。
こんなところまで人間に似なくていい。こんなときこそアンドロイドらしく、正確に事実を伝えなければならない。
あえぐように息をしながら、真人は必死になって、逃げるときのことを語った。
研究所からの逃走中、襲撃犯たちを見つけて気絶させたこと。気絶させたと思っていたアンドロイドのサブOSが起動したこと。真人はそのアンドロイドを、相討ち覚悟で川へ突き落とそうとしたこと。
しかしその前に、深雪が体当たりしてアンドロイドを突き落としたことも。
それらを真人が語り終えると、彰彦と西村博士は息を飲んだ。目を見開き、言葉を失くす。
「それで、タイムリープはもう始まってて……」
「もういい。わかった」
彰彦は荒っぽい口調で、真人の言葉をさえぎった。悔しくて申し訳なくて二人に目を合わせることができないのに、瞼を伏せることもできない真人の頭に、手をそっと置く。
感覚器官以外の身体機能が停止している真人は、彰彦の顔を見上げることができなかった。降り落ちてくる、感情を抑えた声を聞くことしかできない。
君のせいじゃない、と彰彦は真人に言い聞かせた。
「君はよくやってくれた。襲撃される研究所へ忍び込んでDNAデータを入手してくるなんてことを、軍用アンドロイドでもない君たち二人だけに任せた、私たちのせいだ」
「そんな、ことは……」
「そうなんだよ」
彰彦は強く言いきった。西村博士もそうだ、と声を震わせ同意する。
「君は休みなさい。君を修理している間に、私たちが深雪を探そう」
「でも」
「真人、休むんだ」
言って、西村博士は真人の右耳の裏に手を伸ばす。そこにはアンドロイドの電源があるのだ。電源を落とされれば、身体だけでなくOS「真人」も停止してしまう。
真人がそれを止めることはできなかった。
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