[本文]第十二席

程の良い頃を見計みはかららい大助だいすけ幸安ゆきやす殿どのが、


大助だいすけ「時に大学だいがく殿どの、おねがいとうのは他でもございません。我々われわれ島津しまづ薩摩さつまのかみ家来けらいでございますが、殿とのさんの御用ごよう江戸えどおもてまいり、このたび用を果して本国ほんごくへ帰る者でございまする。ところがこの江戸えどおもてまいりまする時、この箱根はこねむこうに三島みしま宿しゅくうのがございます」


大学だいがく「うむ。ある」


大助だいすけ「その三島みしま宿しゅくである侠客きょうかくらしい者に喧嘩けんかを吹っけられました。そこで主用しゅようを帯びての道中どうちゅうでございますから、やむを得ず五六名の者を一刀いっとうの下に手討てうちにいたしました」


大学だいがく「なるほど」


大助だいすけ「ところが承れば我々われわれかえみちをどういう次第しだいで聞いたのか、元の喧嘩けんか仕直しなおしだとかうので、大勢おおぜいち受けておるそうでございます」


大学だいがく「うむなるほど」


大助だいすけ「そこで我々われわれはもとより生命いのちてるのは構いませんが、何分なにぶん御用ごようを帯びている。この主命しゅめいを果した上なら兎もともかく主用しゅようを果さないで侠客きょうかくの為に生命いのちてるのはまこと残念ざんねん、それで親分おやぶんのお心をうけたまわりまして、一つこの場を救っていただこうとう考えでございます。親分おやぶんまことにおどくでございますが、我々われわれ三名さんめいを助けるとうお心持ちで、我々われわれ三名さんめい名代みょうだいとなって、三島みしま宿しゅくんでいただきたいのでございますが……」


大学だいがく「フウン、それではなにか、三島みしま侠客きょうかくがお前方まえがた喧嘩けんかの仕返しをしようとうのか」


大助だいすけ左様さようでございます」


大学だいがく「ベラボウめ、箱根はこねやま一つした当りでなんだかプンプン云っていやがるとはかねてからき及んでいる。何れおそいかはやいか喧嘩けんかをしようと思っていた所だ。モッケの幸い、すぐんでやるから安心あんしんしなさい」


大助だいすけ早速さっそくのご承知しょうち有難ありがとう存じます。それではどうか三名さんめいでおみをねがいます」


大学だいがく「うむ。一人ひとりでも沢山たくさんだが、子分を両人りょうにんれてく事にしよう」


大助だいすけ「それではご足労そくろうでございますが、明朝みょうちょう宿までお出でくださいます様、全てもの用意よういなどいたしておきますから、こちらのものでおしをねがいとうございます」


大学だいがく左様さようか。金を使わしてすまぬな」


大助だいすけ「どういたしまして……」


大学だいがく「それではモウ帰る。エライ馳走ちそうになった」


朝比奈あさひな大学だいがくはそのままかえってしまいました。そこで此方こちら三名さんめいはその晩おやすみに相成あいなりましたが、さてその翌日よくじつ相成あいなりまして、大助だいすけ幸安ゆきやす殿どのは、駕籠かご用意よういなどして待っておられますところへ、朝比奈あさひな大学だいがくは二名の分を連れて、チャンと装束しょうぞくを着てやって来ました。


大助だいすけ「オイ薩摩さつまッポウ、支度したく出来できているかい」


大助だいすけ「いやこれはご苦労くろうに存じます。支度したく出来できております」


うので駕籠かごを三挺おもてに並べました。一番いちばん先の駕籠かごには荒川あらかわ熊蔵くまぞうおに清澄きよずみという絵符えふだ駕籠かごの前に付けました。二番にばん目の駕籠かごには真田さなだ大助だいすけ幸安ゆきやすうしろの駕籠かごには穴森あなもり伊賀いがのかみう、チャント絵符えふだてました。朝比奈あさひな大学だいがくを初め子分二人ふたりは字が読めないからソンな事には気が付きません。あわ死出しで山路やまじ門出かどでする様、今や生命いのちを取られるとは露知つゆしらず、三名さんめいの者は駕籠かごみました所から、小田原おだわら城下じょうか出発しゅっぱつに及びました……


後で荒川あらかわ熊蔵くまぞう真田さなだ大助だいすけ幸安ゆきやすむかって、


熊蔵くまぞう軍師ぐんし何時いつそんな喧嘩けんかをしました。侠客きょうかく如きに後れを取ったと思われては面白おもしろくありません」


大助だいすけ荒川あらかわ其方そのほうはなにもらぬが、ただいま実際じっさいうて聞かしてやる。身共みども天文てんもんって考えたが、関東かんとうおいてはこの墨付すみつきって大阪おおさかじょう入城にゅうじょうされてはならぬとうので、大久保おおくぼ彦左ひこざ衛門えもん小田原おだわら城主じょうしゅ稲葉いなば丹後たんごのかみもうし付けて、同勢どうぜい三千人さんぜんにんに、小銃じゅう千梃せんちょうを持たせ、大砲たいほう三門さんもんって箱根はこね関所せきしょを固めさせておる。我々われわれ三名さんめい首尾しゅび好くこの大砲たいほうを免れるとした所で、もし怪我けが過失かしつあっては相成あいならぬ。計略けいりゃくって上手うま奴等やつら三名さんめいだまいたして討たせておき、大阪おおさか入城にゅうじょうしようとう考えである。人玉ひとだま大学だいがくとはいい名前なまえを付けたものだ。モウ大砲たいほう玉に当って死んでしまうという奴だ。それを思うと可哀想かわいそうにもなる。だから少々しょうしょう悪口わるぐちを云った腹をてておるが、我々われわれ身代みがわりになるのかと思えば腹は立たぬ。許してやれ」


熊蔵くまぞう「いや軍師ぐんし、よく分りました。それにしてもにくい奴は大久保おおくぼ禿はげちゃびんでございます。我々われわれ生命いのちを取ろうなんて不届ふとどきな奴、これから江戸えどんで行って、禿はげちゃびんの素っ首引き抜いてくれましょう」


大助だいすけ「なにそれには及ばぬ。大久保おおくぼ如きが何百人いたって恐るる事はない。うっちゃって置け」


熊蔵くまぞう「はい。それでは可哀想かわいそうなのは三名さんめい侠客きょうかく、今に討たれるでございましょう」


大助だいすけ「まァ宿で見ておれ。今に解るから……」


と話をしておいでに相成あいなりましたが、おはなし変りまして此方こちら三名さんめいの者、何事なにごとらないでドンドン箱根はこねやまを登ってまいりましたが、やがて関所せきしょ手前てまえまでまいりました。するとりをいたしておりました者が、望遠鏡のようなものを取ってながめて見ますと、三挺の駕籠かごがドンドンと登ってまいりまするから、早速さっそくこの手の大将に聞くと、大将らしい奴が、


大将「うむそこ退けい」


うので、遠眼鏡とうめがねを取って見ますると、絵符えふだにチャンと名前なまえが書いてある。


大将「そりゃこそせたぞ。皆の者、大砲たいほう用意よういいたせ」


うので、大砲たいほう三門さんもんを並べてち兼ねておりまする。よい頃を見計みはかららって、


大将「そりゃ打てッ」


号令ごうれいをかけましたから、火蓋ひぶたを切って撃って放しました大砲たいほう玉、三貫五百目の弾丸だんがんくらってなんぞ堪りましょうや、可哀想かわいそう人玉ひとだま大学だいがくも子分も、駕籠かごかきも、駕籠かご諸共もろとも粉微塵みじんでございます。影も形もない様に散ってしまいましたから、確かに撃ったとう事を見届とどけておいて、一同いちどうの者は万歳ばんざいを祝してき上げました。ところがその大砲たいほうの響きが泊っておりまする宿まで聞えて来ましたから荒川あらかわ熊蔵くまぞうが、


熊蔵くまぞう軍師ぐんしいまの響きは確かに大砲たいほうの音でございましょう」


大助だいすけ「うむ確かに大砲たいほうの音だ。すれば奴等やつら三名さんめいったに毛頭もうとう違いはない。必ず心配しんぱいするでない。サアはや出立しゅったつする事にいたそう」


うので早々そうそう支度したくに及びまして、小田原おだわら出立しゅったつに及びましたが、箱根はこねやま本当ほんとうの街道を通っては相成あいならぬとうので、間道となっておりまするかの坂田さかた金時きんときがおったと金時きんときやま裏手うらてとおりまして、伊豆いずの国に出ました。それから道中どうちゅうを急ぎましたが、なるべく人目にかからぬ様にいたして京都きょうとに入りましたが、こちらは稲葉いなば丹後たんごのかみ首尾しゅびよく三名さんめい微塵みじんいたしたとう事を将軍しょうぐん報告ほうこくに及びましたから、大久保おおくぼ彦左ひこざ衛門えもんはそれを聞いて喜びました。


彦左ひこざ「これで安心あんしんだ。まずまくらを高くしてねむることが出来できる」


安心あんしんいたしておりました……。


しかるに此方こちら三名さんめい無事ぶじ京都きょうとに着きました所から、三条さんじょうとお中島なかじまおお三右衛門さんえもん宿屋やどやへお泊りに相成あいなりましたが、早速さっそくの事で所司代しょしだいだれかと聞いて見ますると、板倉いたくら伊賀いがのかみうのが二条にじょうしろに入っているとう事でございますから、そこで大助だいすけ幸安ゆきやす殿どのは、このたび江戸えどおもてまか将軍しょうぐんに願った所、秀頼ひでより大阪おおさかにて十万石じゅうまんごくにおくだされました。ついては御所ごしょおいてもおゆるくだされかれます様、はからいをねがうと、墨付すみつきの写しをえて願書がんしょを認め、これをば板倉いたくら伊賀いがのかみねがいを上げました。板倉いたくら伊賀いがのかみおいては、箱根はこねやまられたと聞いた三名さんめいが生きておるのでございますから、不思議ふしぎに思いましたががぬ訳にはまいりません。それを持って公家くげさんの方へおねがい出しになりました。


公家くげさんだから公平であるかとうに、決してそうではございません。寛政かんせい夢物語ものがたり中山なかやま問答もんどうにもありまするとおり、賄賂わいろを取って己が腹を肥やそうと如何いかもの公家くげしゅうもあるのでございます。


然れば雲井くもい近き公家くげ方にも関東かんとう贔屓びいきの人もあれば、関西かんさい贔屓びいきの人もありますが、まず大抵たいてい関東かんとう贔屓びいきの人がおおい。まず第一番いちばん近衛このえ関白かんぱく種家たねいえきょう二条にじょう左大臣さだいじん難波なんば中納言ちゅうなごん西洞院にしのとういん少納言しょうなごんような人は関東かんとう贔屓びいきの甚しい方でございまして、大阪おおさかかた贔屓びいきな人と来てはわずかに一条いちじょうさきの関白かんぱく道友みちともきょうくらいでございまする。よってこの願面がんめん一条いちじょうさんの手許てもとに行けばよかったのでございまするが、運も悪けれ関東かんとう贔屓びいきの随一なる難波なんば中納言ちゅうなごん所司代しょしだい板倉いたくら伊賀いがのかみからねがい出しました。難波なんば中納言ちゅうなごんはこの墨付すみつききの下写し《したうつし》を御覧ごらん相成あいなって、


難波なんば「こりゃいかぬ。我々われわれって関東かんとう天下てんかててやったのに、豊臣とよとみ秀頼ひでより大阪おおさか十万石じゅうまんごくててやったなれば、天下てんかは再び動乱どうらんだ。これは具合ぐあいよく反古ほごにしてしまって、奴等やつらをば薩摩さつまポイ帰してしまえば、また関東かんとうから褒美ほうび金子きんすをくれよう」


野心やしんを起しましたる所から、えず所司代しょしだい板倉いたくら伊賀いがのかみまでお使者ししゃがありました。その口上こうじょううのは右三名さんめいの者、えず明日あす学昌院がしょういんまで参殿どのに及べとうのでございます。そこで早速さっそく伊賀いがのかみからおお三右衛門さんえもん方に滞在たいざいちゅう中なる大助だいすけ幸安ゆきやすへこのよしを通知に及びましたから、大助だいすけ幸安ゆきやす殿どのはこれを聞かれて大いにお喜びに相成あいなりました。


大助だいすけ「ありがたい。しかし荒川あらかわ穴森あなもり明日あす三名さんめい同道どうどうで行きたいが、ここは大名だいみょうと違っておそれ多くも一天いってん万乗ばんじょう聖上せいじょうのござる所、無礼ぶれいがあっては相成あいならぬ。そのほう両人りょうにんは宿に残っておれ」


このとき荒川あらかわ熊蔵くまぞうが、


熊蔵くまぞう軍師ぐんしそれは殺生せっしょうでございます。我々われわれ御所ごしょの内を拝見はいけんした事がございません。一度いちど御所ごしょの内を拝見はいけんしとうございますから、是非ぜひお伴をねがいます」


大助だいすけ左様さようか。しからば付いてまいれ。だか必ず共に無礼ぶれい出来できぬぞ」


熊蔵くまぞう「かしこまりました。決して御無礼ごぶれいなことはいたしません」


大助だいすけ「それでは用意よういをしろ」


そこで三名さんめいはここに用意よういに及びまして、その翌日よくじつ正四しょうよつ(今の10時)に学昌院がしょういんむかって参殿どのとなりましたが、位がないから殿中でんちゅうへ上る訳にはまいりません。学昌院がしょういんの庭》ていじょうに来ますると、庭》ていじょうむしろが三枚敷いてございまいます。


雑仕役ぞうしやくが来まして、


雑仕「コレ三名さんめい、ここにひかえておれ」


うので、三名さんめいは頭を上げてひかえておりましたが、すると荒川あらかわ熊蔵くまぞう


熊蔵くまぞう軍師ぐんし


大助だいすけ「なんだ」


熊蔵くまぞう「どうもあまりじゃございませんか。日本にほん名代みょうだい軍師ぐんしをかようなむしろの上に座らすとは。せめて縁側えんがわへなりとも……」


大助だいすけ「こりゃタワケた事をもうすな。円座えんざくだかれるのは我々われわれ勇士ゆうしと思いくだしおかるればこそである。黙ってひかえおるがいい」


うておりまするところへ、鉄漿おはぐろ黒黒くろぐろとお付けに相成あいなりまして、お装束しょうぞくを改めしゃくを取ってお出ましに相成あいなりましたは、当日とうじつ難波なんば中納言ちゅうなごん殿どのでございます。荒川あらかわ熊蔵くまぞう公家くげさんなどをるのは生れてから初めてでございますから、キョロキョロながめておりまする。


熊蔵くまぞう軍師ぐんし


大助だいすけ「なんだ」


熊蔵くまぞう「今出た人はなんといます」


大助だいすけ「あれは難波なんば中納言ちゅうなごんわれる方だ」


熊蔵くまぞう「男でございますか女でございますか」


大助だいすけ無論むろん男とさだまってるじゃないか」


熊蔵くまぞう「それでも鉄漿おはぐろをつけておりますな」


大助だいすけ馬鹿ばかな事をもうすでない。全て御所ごしょの方はあれだ。お冠のひもって位が判る。お前達はらぬであろうが、大名だいみょうと違って文武ぶんぶ百官ひゃっかんのお役は中々なかなか難しいものだ」


熊蔵くまぞう「ヘエ、左様さようでございますか」


大助だいすけ「ちょっとした話が、公家くげ方が御参殿どのになる途中とちゅうむこうから公卿くぎょうが見える。するとご挨拶あいさつはない。無言むごんだ」


熊蔵くまぞう無言むごん挨拶あいさつ出来できますか」


大助だいすけ「それが出来できる様になっておる」


熊蔵くまぞう「ヘエ、どんな挨拶あいさつでございまする」


大助だいすけ「お冠にえいというベラベラしたものが付いている。そのえいをお振りになると横にえいが動く」


熊蔵くまぞう「なるほど」


大助だいすけ「おたがいにおかしらり合う拍子ひょうしえいがカチンと行き合う。そうしてたがいにしゃくいたしに及ばれる。そこでえいであってしゃくで合うから会釈えしゃくうのだ。人に逢って挨拶あいさつするのを会釈えしゃくうのはここから始まったものだ」


熊蔵くまぞう「なるほど中々なかなか難しいものでございますな。するとかぶっておるのがお冠で、彼奴あいつほほっぺたへずるとほほっ被りで……」


大助だいすけ「こりゃ馬鹿ばかなことをもうすな」


いつつひかえておりまする中に、難波なんば中納言ちゅうなごんはおもむろに声を正し、


中納「こりゃそれにひかえたるは豊臣とよとみ秀頼ひでより家臣かしん真田さなだ左衛門尉さえもんのじょう海野うんの幸村ゆきむら一子大助だいすけ幸安ゆきやすとはそちか、面を上げい。麿まろ難波なんば中納言ちゅうなごんである。見知みしりおく様」


大助だいすけ「ははッ……」


中納「そのほう参殿どのをさせたる義は外ではない。なんじ日本にほんにて高名こうめいなる軍師ぐんしうけたまわる。ついては麿まろがそちに尋ね問うべき次第しだいがあるが、何事なにごとによらず即答そくとう出来できるや。この如何いかに……」


大助だいすけおそれながらありがたきお言葉ことば大助だいすけ身に取りまして如何《》ばかりかかたじけなく存じまする。御訪たずねの如何いかなる事か存じませぬが、天地てんち間にある事なれば如何いかなる事にてももうし上げまする」


これを後で聞いておりました荒川あらかわ熊蔵くまぞう吃驚びっくりいたしました。


熊蔵くまぞう軍師ぐんし


大助だいすけ「なんだ」


熊蔵くまぞう「そんなおおきな山師やましを云ってどういたします。むこうは貴方あなた日本にほん高名こうめいえら軍師ぐんしだと誉めております。それに天地てんち間にある事なれば如何いかなる事でもとはあま法螺ほらが大きい事ではございませんか」


大助だいすけ荒川あらかわ、それは大丈夫だいじょうぶだよ。お前とは大分人間にんげんが違う。若年じゃくねんなれど大助だいすけ幸安ゆきやす五十年早はやく産まれれば確かに天下てんかを取ってせる。身共みどもの眼は一寸ちょっと頭を上げれば四十里向むこうが見える。五寸頭を上げたなれば五百里向むこうが見える」


熊蔵くまぞう「オヤオヤ大変たいへんに当てられました」


大助だいすけ「なに実際じっさいだ。どんな事でも返答へんとういたすからひかえておれ」


と云っておりますと、難波なんば中納言ちゅうなごん殿どのは前の言葉ことばをおきに相成あいなり、


中納「ウム、よくもうした……だれぞあらん。あれを持てい」


う声にハッと応えて雑仕役ぞうしやく人が持ち出でましたのは台の上に乗せてありまする一つの箱でございまする。長さ三尺幅一尺くらいな黒塗くろぬりの箱、上をむらさき打紐ひもで結びましたが、箱には十六桐きりの紋が散らしてありまする。それをば雑仕役ぞうしやく人が捧げまして、大助だいすけ幸安ゆきやすひかえて居りまする前二間程のところへ蓋を置いてその上に載せました。その後、難波なんば中納言ちゅうなごん殿どのが、


大助だいすけ「あいや大助だいすけ幸安ゆきやす、そこに置いたる箱の中に一品忍ばせある。苦しゅうない。なにが忍ばせあるかそのほう天文てんもんって判断はんだんいたしてみよ」


とお言葉ことばでございまする。サア大助だいすけ幸安ゆきやす如何いかにしてこれをい当て得まするや。京都きょうとにおける一騒動そうどう出来の端緒にございまする。

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