[本文]第七席

藤堂とうどう和泉守いずみのかみ一寸ちょっと思案しあんに暮れましたが、こりゃとても尋常の事をしておっては駄目だめだと思いましたから、


和泉いずみ「だが然し一角いっかく真田さなだ大助だいすけ左様さようなことをいたすのは、そのほうを脅かしたのである。てんほしと話をするようなタワケた事はない。かまわんから矢張毒薬どくやくれッ」


一角いっかく「はい」


和泉いずみ「たってそのほうどくらんとうなら、そのほうこの場を立たさぬ。この場におい手討てうちにしてくれるから……」


とお側にありましたる大刀たいとうさやを払ってふり上げましたから、守屋もりや一角いっかくおどろきました。


一角いっかく「しばらくおくださいます様、最早もはやいたし方はございません。どくります」


和泉いずみ「それではどくるか」


一角いっかく「はい盛ります。嫌とえば貴方あなたの為に殺される。ウンとえば三名さんめいのために殺されてしまいます。いずれない生命いのちでございますから、同じ死ぬのなら君の為に一つどくります」


和泉いずみ左様さようなことをもうして、今晩こんばん逃げるつもりであろう。逃げることは相叶あいかなわぬ……コレだれか、一角いっかくに付いてまいれ」


ハッとこたえて一人ひとり勇士ゆうしらしいのがまいりました。


和泉いずみ「ウム、そのほうまいるか。途中とちゅうで逃げるような気配けはいがあれば、容赦ようしゃはないからブチってしまえ」


武士ぶし承知しょうちいたしました」


守屋もりや一角いっかくもモウ仕方しかたがございません。決心けっしんいたしましてお中屋敷なかやしきへ戻って来ました。それからその晩の中にチャンと毒盛どくもりの用意こしらえいたしてしまい、一角いっかくは心の内で、どうか今晩こんばんは雨が降ってくれれば好いがと空をながめ見ますると、星は一つもていない。夜中よなか相成あいなりますると雨がポツポツ降り出して来ましから一角いっかくは喜んで、


一角いっかく「ヤレ有り難い。星さへてくれねば自分じぶん生命いのちも助かる。どうやら大助だいすけ屋根やねの棟に上がらぬ様だ」


とそのまま休んでしまいましたが、くるはまことに良い日和ひよりでございます。大助だいすけを初め三名さんめいはチャンと起き上がっておりまするから、守屋もりや一角いっかくはおちゃててそれへ持って出ました。


一角いっかく「お早うございまする」


大助だいすけ「ああ一角いっかくか。日々ひび饗応きょうおう苦労くろうじゃの」


一角いっかくまことおそれ入ります。どうぞおちゃ一服いっぷくし上がりくださりまする様」


大助だいすけ左様さようか。御馳走ごちそうに預る」


大助だいすけ幸安ゆきやすはおちゃをとって上りまする湯気をしばらく御覧ごらん相成あいなった後、お上がりに相成あいなります。もっともこれには毒は入っておりません。しばらくいたしますると、膳部ぜんぶがそれへ出ました。まず第一番いちばん真田さなだ大助だいすけ、次に穴森あなもり伊賀いがのかみ、その次に荒川あらかわ熊蔵くまぞうう順でございまするから、いくらちゃもの荒川あらかわでも行儀ぎょうぎ作法さほうは知っております。大助だいすけはしを取るまでははしを取りません。


ひざを置いてひかえております。守屋もりや一角いっかくにおきましては、どうかこのめしを食ってくれる様にと、おぼんを持って待っております。


大助だいすけしからば御馳走ごちそうになる」


一角いっかく「お粗末そまつでございまするが、どうかおし上りを」


大助だいすけ幸安ゆきやすただいまお膳の両縁りょうふちを取ってき寄せまして、はしを取りましたから、荒川あらかわ熊蔵くまぞうはこれをながめて、


熊蔵くまぞう「サアうまいぞ。昨日きのう酒をみすぎて夜食やしょくを食わない。だから今朝は腹がペコペコだ。はやく食ってくれればよいが」


大助だいすけはしを取りましたから、熊蔵くまぞう真似まねをしてはしを取りました。さて大助だいすけは食うからんと見ておりまするが、大助だいすけ幸安ゆきやすはおひら(底の浅いお腕)のフタを取って、おひらの中を加薬かやく諸共もろともクルっとひっくり返しました。熊蔵くまぞうはこれをながめて、


熊蔵くまぞう「オヤ軍師ぐんしは妙なことをするわい。加薬かやくをひっくり返さなくてもよいのに……」


自分じぶんもおひらをとってひっくり返した。すると大助だいすけにおきましては、またぞろおちゃわんをお持ちになってし戴かれたが、はしをもって御飯ごはんを上下にひっくり返した。荒川あらかわ熊蔵くまぞうはこれをながめて、同じくちゃわんを取ってひっくり返して見た。


熊蔵くまぞう「エエイ腹が減ってたまらんのに、軍師ぐんしめしを食わぬとはどうしたことだ。軍師ぐんし膳部ぜんぶに虫でも入っておるのかな。お三どんによく洗わせればよいのに」


とムズムズしております。すると軍師ぐんし大助だいすけちゃわんを下に置きましたから、熊蔵くまぞう仕方しかたがございませんから、ちゃわんを下に置いて見ておりますると、膳部ぜんぶに残っておりまするものは、二汁にじゅう二菜にさいでございます。大助だいすけはそれをば尽くはしにひっけ廻してはしを下に置きますると、お膳の縁にをかけてむこうに突きやりましたから熊蔵くまぞうおどろいた。


熊蔵くまぞう「オヤ軍師ぐんしめしを食ってくれんのからん。軍師ぐんし昨夜さくややしょくっておるから良いかもしれぬが、おれは腹が減ってたまらん。膳部ぜんぶ係りの奴もかない奴だな。軍師ぐんしの気に入らぬようなものを出しやがって……愈々いよいよ軍師ぐんしは食わぬと見えるな」


熊蔵くまぞうは腹が立つから、同じく向こうへ突きやってひざを置きましたが、これをながめて立っても居てもいられぬのが守屋もりや一角いっかくでございます。


一角いっかく「サアえらい事になってきた。食わぬ所をると星め、しゃべりやがったに違いない。それでも夕べは雨が降って星はなかったのに、ははァ夜這よばい星めが話をしやがったのか。こいつは大変たいへんな事になって来た」


と、青くなっておりますると、真田さなだ大助だいすけ幸安ゆきやすはニンマリお笑いに相成あいなり、


大助だいすけ「コレ守屋もりや一角いっかく、この膳部ぜんぶはなにか藤堂とうどう和泉守いずみのかみの方から一々いちいちとどけてるものか。ただしはそのほう手料理りょうり膳部ぜんぶであるか」


一角いっかくおそれながら粗末そまつにございますが、拙者せっしゃが実は献立こんだていたして差し上げておるものに毛頭もうとう相違そういはございません」


大助だいすけ左様さようなれば相訪たずねるが、我々われわれ三人さんにん分の膳部ぜんぶには残らず毒気どくけを含んでおる。苦しゅうないからこの三人さんにん分を、そのほうまえおい毒味どくみに及べ」


一角いっかく「サア大変たいへんだ。毒味どくみをすればおれが先に死んでしまう……エエ、全く左様さようあやしい膳部ぜんぶにはございません」


大助だいすけあやしくなければそのほう毒味どくみいたしてみよ」


一角いっかく「はい……」


大助だいすけ一角いっかく躊躇ちゅうちょしておる所をると、だれかに頼まれて我々われわれどくったものに相違そういあるまい」


一角いっかく「全くって左様さようの事はございません」


大助だいすけ「なければなぜ毒味どくみいたさん。サア、だれに頼まれたのか白状はくじょういたせ……荒川あらかわ


熊蔵くまぞう「はい」


大助だいすけ此奴こやつ不届ふとど至極しごくの奴だ。我々われわれ三名さんめい毒殺どくさついたそうとするにってし捕って糾問きゅうもんに及べ」


荒川あらかわ委細いさいかしこまりました」


うと荒川あらかわ熊蔵くまぞうは、折角せっかくめしを食おうと思っていたに、食われんようになりましたから、腹が立ってたまない。


熊蔵くまぞう「やい守屋もりや一角いっかくなんじはヒドイ奴だ。軍師ぐんしらなかったら我々われわれは死んでしまうところであった。糞垂くそたがッ……」


うと飛びかかってつかまえようとした。守屋もりや一角いっかく最早もはやたまらなく相成あいなりましたから、熊蔵くまぞう袖下そでしたかいくぐっておいて、バラバラッと逃げ出しました。身体からだが小さいだけあって逃げ足は早うございまります。熊蔵くまぞうは逃がしはやらぬとドンドンけます。


守屋もりや一角いっかく一所懸命いっしょけんめい場合ばあいでございますから、あい障子しょうじはずし、玄関げんかんの方から表門おもてもんを出ようといたしますると、ただいま表門おもてもん此方こちらに佇んでおりました黒装束くろしょうぞく覆面ふくめん頭巾ずきんいたしました一人ひとり立派りっぱ武士ぶしが、ニュッと立ち上がりましたから、守屋もりや一角いっかくは思わず体をその武士ぶしにドン……とてました。一角いっかくは眼がくらんでヒョロヒョロっとする奴をかの武士ぶしは、


武士ぶし無礼ぶれいものッ」


うがはやいか一刀いっとうつかけてぬきちにっててましたから、あわれや守屋もりや一角いっかく血煙ちけむりってあいてました。ところへけ来たりました荒川あらかわ熊蔵くまぞうは、ヒョイとると一角いっかくの首が飛んでおりますから、


熊蔵くまぞう「オヤ、ころしてしまいやがった……コリャそのほうは何れの武士ぶしらぬが、拙者せっしゃがこれなる奴をって糾明きゅうめいいたさねばならぬのに、首をってしまうとはどうだ。そのほう一体いったい何者なにものだ。なにがために首をった」


言葉ことばを聞いて彼の武士ぶし覆面ふくめん頭巾ずきんを取り、ニッコリ笑います。


武士ぶし「ヤアめずらしや貴殿きでん荒川あらかわ熊蔵くまぞう殿どの……」


熊蔵くまぞうヒョイとると紀伊きい大納言だいなごん頼宣よりのぶでございますから、


熊蔵くまぞう「やア御手前てまえ紀伊きい大納言だいなごん殿どのか」


頼宣よりのぶ左様さよう


熊蔵くまぞう紀伊公きいこう貴殿きでんはなにが為にこれなる守屋もりや一角いっかくをお斬りに相成あいなった」


頼宣よりのぶ「なにが為と云って門を入ろうとすればこれなる一角いっかくが身にたり、無礼ぶれいいたしたからてにしいたした。熊蔵くまぞうどの、それが如何いかがいたした」


熊蔵くまぞう無礼ぶれいをしたと云って、身共みどもの方にし捕らねばならぬ人間にんげん、それをてにするとは甚だ不都合ふつごうでござる」


頼宣よりのぶ熊蔵くまぞう殿どの、なにが不都合ふつごうである。身共みどもの方では貴公きこうの方に用事ようじがあるかないか、左様さようなことは存じもうさん。ただ身共みどもたって無礼ぶれいいたしたゆえ、てにいたしたが、なにか言分いいぶんござるか」


熊蔵くまぞう「ううん、そりゃあるが……むむおれ理屈りくつが下手だから……」


うておるところへ、大助だいすけ幸安ゆきやす、提げ刀でお出でに相成あいなりました。


大助だいすけ荒川あらかわどうした。し捕ったか」


熊蔵くまぞう軍師ぐんし身共みどもけて来ましたなれば、紀伊きい頼宣よりのぶってしまいましたので……」


大助だいすけ「なにッ紀伊公きいこうが首をった。して何か云ったか」


熊蔵くまぞう「なぜったといますと、身にたって無礼ぶれいをしたからてにした。言分いいぶんがあるかといます」


大助だいすけ「それでそのほうはなんと云った」


熊蔵くまぞう口下手くちべたでござるから、どうも……」


大助だいすけ左様さようなことでどうする。それにひかえておれ。やァおめずらしや、貴殿きでん紀伊きい殿どのでござるか」


頼宣よりのぶ「いやこれは大助だいすけ幸安ゆきやす殿どのか。ご機嫌きげんよく……」


大助だいすけ「まずご挨拶あいさつは兎もともかくただいま守屋もりや一角いっかくをお手討てうちに相成あいなったそうでござるが」


頼宣よりのぶ「いかにも身共みども手討てうちにした」


大助だいすけ「なぜ御手討おてうちになされた」


頼宣よりのぶ身共みどもって無礼ぶれいいたしたから手討てうちにいたしたが、なにか言分いいぶんがござるか」


大助だいすけ言分いいぶん沢山たくさんござる。紀伊公きいこうただいま無礼ぶれいいたしたから手討てうちにしたとわるるが、もんうちより逃げる者なれば、後よりる者がある事はご承知しょうちでござろう。されば逃げる者をおし捕りに相成あいなってお渡しくださるのが人情にんじょうである。それになんぞや自分じぶん一人ひとり無礼ぶれいいたしたかのごとくにてるとは何事なにごとでござる……ハハアさては相解あいわかった。貴殿きでんの姿をるにこの者に頼んで我々われわれ三名さんめい毒殺どくさつせんといたした悪人あくにん張本ちょうほんだな」


頼宣よりのぶ「全くって左様さような事は……」


大助だいすけ「いやそれに相違そういない。察するに守屋もりや一角いっかくがやりそこなえば逃げてる。それをし捕られては自分じぶん名前なまえが解るとうのでくちふさがんためにお手討てうちになったものに相違そういあるまい」


頼宣よりのぶ「なに左様さようの事は……」


大助だいすけ「違わばなぜに御手討おてうちになった。それも貴殿きでんが五十二石の行列をててお歩きなる所を無礼ぶれいいたしたものがあれば、お手討てうちになるも差し支えないが、目許めばか頭巾ずきんの忍び姿である貴殿きでんへ、しかも門内もんないより逃げる者がたったからとて、切捨てにするとは如何いかなる理由わけでござる。紀伊きい大納言だいなごんともあるべき者が、如何いかに忍びであるとはえ、家来けらい一人ひとりも連れずにお出でになるとは、これまた不思議ふしぎの一つ、全くふか事情じじょうがあるに相違そういござるまい。拙者せっしゃ推察すいさつとお毒殺どくさつ張本ちょうほんにんでござろうがな」


頼宣よりのぶ「いや決して左様さようおぼえはない」


大助だいすけ「なれば何故なぜにお手討てうちに相成あいなった。またその姿すがた如何いかなる理由わけでござるか。御返答ごへんとうに及ばれよ」


頼宣よりのぶ「むむ大助だいすけ殿どの、決して左様さようふか理由わけはない」


大助だいすけ「なくばなんとわるる」


大助だいすけ幸安ゆきやすはトッけヒッおさけまするから、紀伊きい大納言だいなごんはグウの音も出ない。これを見て荒川あらかわ熊蔵くまぞうは喜びました。


熊蔵くまぞう「ザマ見ろ。おれだと口下手くちべただからすぐめやがるが、どうだ軍師ぐんしにかかればグウの音も出まいが糞垂くそたれめッ。どうだ返答へんとうに及べ、かすと容赦ようしゃはせんぞ」


力味りきみ返っておりましたが、いよいよ紀伊きい大納言だいなごん返答へんとうって、再び千代田城ちよだじょうないむとう、大阪おおさか十万石じゅうまんごくくれるかくれぬかとう、本編ほんぺん大眼目だいがんもくの所に移って、追々おいおいと弁じ上げまする。


マアおちゃでもし上がりませ。

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