[本文]第三席

様子ようすを伺っておられました島津しまづこうが、


薩摩さつま「しかしながら軍師ぐんし、この大役たいやくだれおおせ付けられる考えか存ぜんが、このやく目をつとめる者は先ず後藤ごとう又兵またべ基次もとつぐか、または貴殿きでん御賢息ごけんそく大助だいすけ殿どのより他にない。如何でござる大助だいすけ殿どのをおやりになっては……」


これを聞いて左衛門尉さえもんのじょう幸村ゆきむら殿どのは、もとより我が子をやりたいには相違そういございませんが、親の口から我が子より他にやる者はないと自慢じまん出来できません。


幸村ゆきむら「なかなかどういたしまして、せがれ大助だいすけごときが左様さよう談判だんぱん出来できるべき訳はございません」


薩摩さつま「いやそうではない。大助だいすけ殿どのなればこのやく目、果されるは毛頭もうとう違いはござらぬ。大助だいすけ殿どの是非ぜひおやりをねがいたい」


われる。その尾について数多かずおお御家来ごけらい同意どういして、大助だいすけ殿どの是非ぜひにと勧めますが、左衛門尉さえもんのじょう幸村ゆきむら殿どのこころうちの喜びは一通ひととおりりではございません。


幸村ゆきむらしからばいたし方ござりません」


大助だいすけ幸安ゆきやすに向われて、


幸村ゆきむら「これ大助だいすけ幸安ゆきやす、そのほう江戸えどおもてまかして、この大役たいやくつとめるかどうじゃ」


われました時に大助だいすけ幸安ゆきやす殿どのは、まだお年は一八歳の御若年じゃくねんでございますが、父に似て天晴あっぱ日本にほん大軍たいぐん師でございまする。


大助だいすけ如何いかにも私、江戸えどおもてまいり、見事みごとこのやく目を果すでございましょう」


幸村ゆきむら「うむ。しからばそのほう愈々いよいよまいるか」


大助だいすけ「はい。まいりまする」


幸村ゆきむら「それではただいま荒川あらかわうじに云ったとおり、大阪おおさかじょうはやる事が出来できぬともうせば、大阪おおさかじょうを除いた外にもらうべき城を存じおるか」


大助だいすけ父上ちちうえ、その大助だいすけ、しかと胸中きょうちゅうおさめおりまする」


幸村ゆきむら「うむ。でかした。しからばなんじもうし付ける。しかとつとめる様」


大助だいすけ「ありがとうございまする」


幸村ゆきむら「しかし大助だいすけ大阪おおさかじょう十万石じゅうまんごくててやるとうことなればそれでよし、もし大阪おおさかにてはてぬとような事になれば、再び親父おやじ目通めどおりはさせぬから、左様さよう心得こころえい」


大助だいすけおそれながら父上ちちうえ御墨付おすみつきを頂いて帰りませんければ、再びお目通めどおりはつかまつりません。もし大助だいすけかえりませんければ、江戸えどおもてのおひざひざもとにて生命いのちてたものと思ししくださいまするよう」


幸村ゆきむら「うむよくぞもうした。しからば早速さっそくの事、用意よういに及べ……」


大助だいすけ「はい。かしこまりました」


とここで大助だいすけ幸安ゆきやす談判だんぱんやくうことに相成あいなりました。それから左衛門尉さえもんのじょう幸村ゆきむら殿どのは、荒川あらかわ熊蔵くまぞうをおまねきに相成あいなり、


幸村ゆきむら荒川あらかわうじ


熊蔵くまぞう「はい」


幸村ゆきむら愈々いよいよ江戸えどおもてへの談判だんぱんやく目は、せがれ大助だいすけつとめる次第しだいである。ついてはどくであるが貴殿きでん一人ひとりせがれの供をしてもらいたい」


熊蔵くまぞう「おともでござるか」


幸村ゆきむら左様さようせがれ関東かんとう大名だいみょう相手あいてに取って大阪おおさか十万石じゅうまんごくが立つか立たぬかと談判だんぱんやくに行く。よって貴殿きでんはその供をしてあばれる役に行ってもらいたい」


熊蔵くまぞう「そいつは有難ありがたい。拙者せっしゃ口下手くちべただがあばれる事ならうしろへは寄りもうさん」


幸村ゆきむら「しかし荒川あらかわうじ、これも云っておくが談判だんぱん中にあばれてはいかん。大助だいすけが敵の為にめられ生命いのちの危い際になれば、やむを得んからせがれを助けて一番いちばんあばれてもらいたい」


熊蔵くまぞう「どうも大助だいすけわか軍師ぐんしが敵にめられる気遣きづかいはござらぬから、あばれ役はチッとひまでござる」


幸村ゆきむら「まあとにかく行ってもらいたい」


熊蔵くまぞう「ありがとうございます。おともをいたします」


幸村ゆきむら「そこで名前なまえを一つ変えて行ってもらいたい」


熊蔵くまぞう名前なまえを変えるとは……」


幸村ゆきむら「されば真田さなだ大助だいすけ荒川あらかわ熊蔵くまぞうえば、徳川とくがわ方の大名だいみょうがよく名前なまえを存じておるから、途中とちゅういかなる変があるか相分あいわからぬ。よって首尾しゅびよく江戸えどおもてへ着くまでは名前なまえを変えて云ってもらう」


熊蔵くまぞう「なるほど委細いさいかしこまりました」


幸村ゆきむら「それでせがれの名を佐々木ささき金吾きんごと改める」


熊蔵くまぞう「なるほど。拙者せっしゃの名は……」


幸村ゆきむら貴殿きでん今井いまい駿河するが名乗なのってもらう」


熊蔵くまぞう今井いまい駿河するが……どうも軍師ぐんし今井いまい駿河するがなんてタヨリない名は感心かんしんしません」


幸村ゆきむら「なぜタヨリない」


熊蔵くまぞう「なぜって今井いまい駿河するがうような名は敵が恐がりません。ヤアヤアとおからん者は音にも聞け。ちかくばって目にも見よ。かくいう我は大阪おおさかかた戦大将たたかいたいしょう木村きむら主計頭かずさのかみ郎党ろうとういたして荒川あらかわ熊蔵くまぞうおに清澄きよずみうと強く聞えますが、かくう我は今井いまい駿河するがなんで、まるでチャリ(冗談じょうだん)みたような名で、強く聞えません」


幸村ゆきむら「それは荒川あらかわうじ左様さようい様をするから強く聞えん。い様が下手じゃ。かくう我は大阪おおさかかた戦大将たたかいたいしょう今井いまい駿河するがでござる。ガラガラガッチャアとえば敵が吃驚びっくりする」


熊蔵くまぞう「そりゃ丸で芝居しばいだ。軍師ぐんし中々なかなか芝居しばい上手うまい」


幸村ゆきむら「それは兎もともかく貴殿きでん今井いまい駿河するがで行ってもらいたい」


熊蔵くまぞう如何いかにもかしこまりました」


それから幸村ゆきむら殿どのは、島津しまづこうの方から一人ひとり大助だいすけ後見人こうけんにんとなってお年のいった方を出していただきたいとう事をおたのみになりましたから、島津しまづ薩摩さつまのかみさまだれを出そう、だれかよかろうと御評議ごひょうぎの末、穴森あなもり伊賀いがのかみ入道にゅうどうというみのたけ七尺ななしゃく程もある大入道おおにゅうどうでございます。この人が付くことと相成あいなりました。


そこでその日はこれにてお下りということになりましたが、さて翌日よくじつ相成あいなりますると、真田さなだ大助だいすけ幸安ゆきやす荒川あらかわ熊蔵くまぞう清澄きよずみ穴森あなもり伊賀いがのかみという三名さんめい秀頼ひでよりこうにお目通めどおりをいたしまして、おさかずき頂戴ちょうだいに及びましたが、これが首尾しゅびよく行けば祝の御酒ごしゅ、悪くいけば末期まつごさかずきでございます。とにかく、おわかれのさかずき頂戴ちょうだいに及んだ。


一同いちどうわかれをいたし、井上谷いのうえだに出発しゅっぱついたしました。家中の一部分は薩摩さつま国境くにざかい千代川せんだいがわまで見送みおくりりまして、幸先さいさきを祈る地雷火じらいかみたようなものを放ち、ここに三名さんめいの者は薩摩さつまのくにを後にいたして、出発しゅっぱつに及びました。さて道中どうちゅういそいでやってお出でになりましたのは、六甲山ろっこうさん立花たちばな城主じょうしゅ五七万ごじゅうななまんごく加藤かとう式部しきぶ大輔たゆう藤原ふじわら忠広ただひろ公の領地りょうち肥後ひごのくに熊本くまもとでございますが、加藤かとう忠広ただひろうのは彼の加藤かとう清正きよまさ公の一子でございますが、父清正きよまさのような名将めいしょうではなく、いたって暗君あんくんでございます……


真田さなだ大助だいすけを初め三名さんめい熊本くまもとほんじょうじょうかに入りましたが、長禄ちょうろく元年がんねんに建築になりました長禄ちょうろくばしたもとまでまいりますると、丁度ちょうど昼自分じぶん相成あいなりました。


熊蔵くまぞう軍師ぐんし……軍師ぐんし……お耳は聞えませんか、軍師ぐんし


大助だいすけ軍師ぐんしとはだれだ」


熊蔵くまぞう貴殿きでんの事でござる」


大助だいすけ浪人ろうにんもの軍師ぐんしがいるか。身共みどもの名はチャンと付いてある」


熊蔵くまぞう「なるほど違いない。佐々木ささき金吾きんご殿どのだ。佐々木ささき氏」


大助だいすけ「なんだ」


熊蔵くまぞう「大分腹がったからめしを食うか」


大助だいすけ荒川あらかわうじ、チッと口を慎め。腹がったからめしを食うかとは、あまり無様ぶざまだ。しかし如何いかにも昼食ちゅうじきをいたしても良い時分じぶんだ。どこかちゃみせがあれば入ろう」


熊蔵くまぞう「これはかたじけない」


ふとみると長禄ちょうろくばしたもとおおきなる支度したく所(旅行の準備じゅんびをする場所ばしょ、馬や強力『荷物にもつ持ち』をレンタルしたり食事したりできる)がございますから、これがよかろうと荒川あらかわ熊蔵くまぞう先に立って、ズイと入りみました。


熊蔵くまぞう亭主ていしゅ、許せよ」


亭主ていしゅはヒョイとるとおおきな背の高い人ばかりだから吃驚びっくりしやがった。


亭主ていしゅ「お出で遊ばせ」


大助だいすけ「しばらくのあいだ、そのほう厄介やっかいになるぞ」


亭主ていしゅ「どうぞおやすみをねがいます」


熊蔵くまぞう亭主ていしゅ


亭主ていしゅ「はい」


熊蔵くまぞう「かく我々われわれだれだと思う。ここにござるは勿体もったいなくも日本にほん名高なだか佐々木ささき金吾きんごわれるひとだ」


亭主ていしゅ「ああ左様さようでございまするか」


熊蔵くまぞう「かくおれ今井いまい駿河するがうものだ」


亭主ていしゅ左様さようでございまするか」


熊蔵くまぞう「このうしろにおる奴は薩摩さつま穴森あなもり伊賀いがのかみ入道にゅうどうだ」


伊賀いが「こりゃ荒川あらかわ、人の名前なまえまでわんでもいい。余計よけいなことをう奴だ。亭主ていしゅ許してくれ」


亭主ていしゅ「サアどうぞお上りくださいませ」


三名さんめいはそのまま内に入って床几しょうぎ腰打けました。


熊蔵くまぞう亭主ていしゅはやく酒を持って来い」


亭主ていしゅ「かしこまりました。いくらくらいかんいたしましょう」


熊蔵くまぞう「小さいものでかんをしておっては面倒めんどうだ。一升いっしょう(約1.8L)徳利とっくりの酒をなべにブチ上げて酒を煮ろ」


亭主ていしゅ「そんな事をいたしましたら味が悪うございます」


熊蔵くまぞう「ナニかまわん。酒をかしてまいれ」


亭主ていしゅはドエライ人がんだと呆れてしまいましたが、仕方しかたがございませんから、酒を五升ごしょうほどかんをしてそれに魚をえて持って来ました。


大助だいすけ幸安ゆきやす用心ようじんいたしておりますから、大酒たいしゅいたしませんが、荒川あらかわ熊蔵くまぞう穴森あなもり伊賀いがのかみは、遠慮えんりょがないからおおきな奴でグイグイ飲んでおります。やがて三升ばかりの酒は荒川あらかわ一人ひとりでひっかけててしまいました。それがために普通ふつうでさえあかがお荒川あらかわ熊蔵くまぞうは、酒にぱらってゆでたこのようにになってしまった。目を変に据付すえつけけて四方しほう八方はっぽうにらんでおります折柄おりから当加藤かとう家の若侍わかざむらいと見れますのが十人ばかり、ゾロゾロゾロゾロ表をとおります。これをながめました荒川あらかわ熊蔵くまぞうは、なにかしゃくさわったと見え、


熊蔵くまぞう亭主ていしゅ


亭主ていしゅ「ヘイ」


熊蔵くまぞうただいま表をとおるのは、ありゃ何じゃ」


亭主ていしゅ旦那だんなさま、あれは武士ぶしでございます」


熊蔵くまぞう「どこの武士ぶしだ」


亭主ていしゅ御地頭ごじとうさま御家来ごけらいでございます」


熊蔵くまぞう御地頭ごじとうとは何だ」


亭主ていしゅ「ヘイ。とう熊本くまもとのお殿とのさま加藤かとう式部しきぶ大輔たゆう忠広ただひろ様の御家来ごけらいでございます」


熊蔵くまぞう「フウン。ありゃ何か、加藤かとう忠広ただひろ家来けらいか」


亭主ていしゅ左様さようでございます」


熊蔵くまぞう左様さようか。軍師ぐんし一寸ちょっと失礼しつれいいたします」


大助だいすけ「どこへまいる」


亭主ていしゅ「なにちょっと便所べんじょへ……」


かるこたえておいて熊蔵くまぞう大刀たいとうはそのままにさし置き、小刀しょうとうを前半にいたしますると、表へバラバラッと飛んで出ましたが、とおりかかりまする十余じゅうよ名の武士ぶしの前へ大手おおてを広げた。


熊蔵くまぞう「あいやそれにまいる侍、しばらてッ」


この声に武士ぶしおどろいて、


○「オヤおおきな奴だな。何か御用ごようでござるか」


熊蔵くまぞう如何いかにも用事ようじがある。貴様きさまらは加藤かとう式部しきぶ家来けらいか」


○「左様さようでござる」


熊蔵くまぞう「うむ。加藤かとう家来けらいとあれば容赦ようしゃ相成あいならぬ。なんじ犬同然いぬどうぜんの奴、所謂いわゆる獣物けだもの武士ぶしであるから、つんいになって身共みども股鞍またぐらを這って通れ。さもない時にはそこ一寸ちょっとも動く事は相成あいならぬ」


怒鳴どなり付けた。血気けっきさかんな若侍わかざむらいはこの言葉ことばを聞いてクワッと怒り、


○「ヤア乱暴らんぼうな奴もある者だ。無礼ぶれいな事をうとその分にはかんぞ」


熊蔵くまぞう「なにッ、その分にはかぬ……その分にかねばなんとする」


○「やあおのれッ無礼ぶれいな奴ッ……各々おのおのやってお終い遊ばせ」


△「如何いかにも心得こころえたり。いざものせてくれる」


とてん手てん一刀いっとうさやを払って、ズラリズラリと抜きに及び、熊蔵くまぞう周囲しゅうい四方しほう八方はっぽうを取り囲み、荒川あらかわ臨んでこう微塵みじんと切り下ろす。


所がこちらは、なんと云った所が難波なんば戦記せんきのこりでございます。ヒラリ体をかわして刀の下をくぐりましたその早業はやわざ、右にあるかと思えば左に表われ、前にいるかと思えばうしろに飛ぶ。飛鳥ひちょうのごとくに数多かずおお武士ぶしの刀の下をくぐっておいて、手許てもとへ飛びむがはやいか、肩に担いで五六間投げ付けた。右からる奴左に投げて、左からる奴右にと投げる。うしろからるとは物好ものずきなと、こしひねって振り飛ばした。大投げ小投げ背負せお投げ、牡丹餅ぼたもち投げから碾臼ひきうす投げ、ソンなのはございませんが、またた十余じゅうよ名の武士ぶしを投げ飛ばしましたから、武士ぶしはこりゃかなわんとうので、ドンドン逃げ出してしまいました。荒川あらかわ熊蔵くまぞうこしを打ってなやんでおりまする四名よめい武士ぶし大地だいちし付けましたが、その上に馬乗うまのりに相成あいなって、


熊蔵くまぞう「ウヌ、くそたれッ、サア往生おうじょうしろ」


甲「各々おのおの、どうないつよやつだ。まァなんという奴だろう……どうか助けくだしおかれます様」


熊蔵くまぞう「どうじゃ、往生おうじょうしたか」


甲「まことに早やおそれ入りました」


熊蔵くまぞう「ウウヌ。貴様きさまごときの生命いのちを取るようなの方じゃない。だがしかし坊主ぼうず憎けりゃ袈裟けさまでにくいのたとえ、主人しゅじんが憎ければ家来けらいのそのほうらもにくい。今身共みどももうすることを耳の穴カッポじってよく承れ。かくう我は大阪おおさかかた木村きむら主計頭かずさのかみ郎党ろうとう荒川あらかわ熊蔵くまぞううものだ」


甲「ヤア各々おのおの方、強いのも道理どうり大阪おおさか荒武者あらむしゃだ……」


熊蔵くまぞう貴様きさまらの主人しゅじんにあったらそうえ。大阪おおさか関東かんとうの戦いの時に、生命いのちを取ってやろうと血眼ちまなこになって探したがどうも見当みあたらなかった。貴様きさまらの主人しゅじん人間にんげんか獣か。実に人非人じんぴじんの奴、こりゃなんじになにも罪はないが、いま加藤かとう式部しきぶ父親ちちおや加藤かとう清正きよまさう人は、尾州びしゅう愛知あいち中村なかむらざい加藤かとう五郎左衛門ごろうざえもんのお子といたして、幼名ようめい寅之助とらのすけ様と仰しゃる。幼少ようしょうの時より秀吉ひでよし公がお側にあって、とらとらよとおひざの上に乗せて襁褓むつき(おしめのこと)の頃からお育てに相成あいなり、後豊臣とよとみ三童子どうじと呼ばれ吾人である。だから大阪おおさかじょう加藤かとう清正きよまさ公がお出でに相成あいなる間は、徳川とくがわより指一本ゆびいっぽんさわる事は出来できないのだ。その法華ほっけ一門いちもん清少公せいしょうこう大明神だいみょうじんだれがために生命いのちを取られたと思う。そのほうは存じおるか。よも存じおるまい」


熊蔵くまぞう緒戦しょせん御渡海とかいもなく秀吉ひでよし公は御他界たかいになったを幸い、徳川とくがわ家康いえやすがどうも大阪おおさか加藤かとうがおっては、豊臣とよとみの家を横領おうりょうする事が出来できんとうので、清正きよまさ公をば京都きょうと二条にじょうしろに招いて、饗応きょうおう事寄ことよ毒饅頭まんじゅうらわした。清正きよまさ公はその毒あるを知りつつ、やむを得ずおあがりに相成あいなったが、病気びょうきもとい大阪おおさかじょうにお帰りに相成あいなり、黄金水おうごんすいを飲んで養生ようじょうするといえども、やま益々ますますはげしくなりたるにより、秀頼ひでよりこうより御暇おひま頂戴ちょうだいいたし、本城ほんじょう熊本くまもとにお帰りに相成あいなったが、御病気びょうきいよいよかなわざる時に、坊主ぼうずを招いて五重ごじゅう天守閣てんしゅかくにお祀りに相成あいなったる南無なむ妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょうの七の題目だいもくまくらに持ち来たらし、祈祷きとういたされたがその時、我モウ少し生命いのちがあれば豊臣とよとみ再興さいこうし、徳川とくがわ滅亡めつぼうさせんと思ったが、最早もはやいたし方はない。しかし我れ死ねば必ず共に魂魄こんぱくは長く豊臣とよとみに止まって秀頼ひでよりこう守護しゅごせん。無念むねんながら早やこのの分れであると、大阪おおさかじょう方角ほうがく御覧ごらん相成あいなって死去しきょになられた事をそのほうら存じおるか。してると加藤かとう家は豊臣とよとみ大恩だいおんあって、徳川とくがわは大の敵である」


熊蔵くまぞう家康いえやすのために清正きよまさ公が毒殺どくさつされたとして見れば、当加藤かとう忠広ただひろの為には、徳川とくがわりも直さず親父おやじ仇敵かたきではないか。それもらずいたして徳川とくがわ知行ちぎょうもらおんあるべき豊臣とよとみ歯向はむかうなぞとは、なんたる腰抜こしぬけの奴だ。なんじような奴はこの理屈りくつを存じおるまい。サアはやかえって忠広ただひろ左様さようもうせ。再び徳川とくがわ味方みかたいたすなどあれば、今度こんどこそはあごたぶさけて、生首なまくびき抜いてしまうから、サアはやかえって左様さようもうせ。グズグズいたしておればひねつぶすぞ」


いなが、首筋くびすじを取って投げ出しましたから、四人の武士ぶしひどい奴に出喰わしたものだと、うのていで逃げてしまいました。

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